映画評「丹下左膳餘話 百万両の壺」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1935年日本 監督・山中貞雄
ネタバレあり

山中貞雄の傑作だが、先日リメイクを観たので、再鑑賞した。

リメイクと殆どお話は同じであるが、幕切れが違う。
 リメイクでは左膳とその妻が引き取った子供が殿様の子供と判明し、百万両のこけ壺も割れてしまうのだが、オリジナルは子供が壺を売りにいくのを門手前でぎりぎり制止に成功、殿様の弟もご機嫌というところで終了する。
 二分欠落しているというのが些か気になるのだが、そんな幕切れはついていなかったと信じたい。リメイクの通りのお話では、弟がいかにも哀れすぎる。市井に放り出された弟がそこで左膳などと交わり、壺を大事にしてこそ心に残るような気がするのである。

山中貞雄は、カットとカット、場面と場面間の呼吸を頗る大事にしながら、落語のようなとぼけたお笑いを展開して感心させられる。リメイクでこれを感じる部分は余りなかった。

省略も巧い。例えば、子供が(内縁)夫婦の喧嘩を目にして家出をする場面では、餅を映して時間の経過を表現し、二人が子供がいないことに気づき、飛び出していく。呼吸が誠に鮮やかで、この場面を印象深いものにしている。

弟の奥方が遠眼鏡で夫君のいちゃいちゃぶりを見るのも、リメイクのように町の中で見かけるより良い。実際的な扱いとしたのだろうが、笑いを生むズレをリメイクは無視してしまっているのである。

この記事へのコメント

ジューベ
2006年05月19日 22:39
コメントとTBいただきありがとうございました。
最近のリメイク版は観ていないのですが,この1935年版のほうは素晴らしい出来ですね。カットのつなぎの呼吸などはセンスの問題ではないかと思うのですが,これ1本だけでも山中貞雄の才能を感じることができました。
『人情紙風船』とともに,この作品が今日まで残っているのは幸運なことだと思います。
オカピー
2006年05月20日 17:24
ジューベさん、こんにちは。
小異を除けば殆ど同じですから敢えて観なくても良いのですが、映画的なセンスが違うのは歴然。若い人は古いモノクロ映画などは観ませんから、作り直した価値がないとは言いませんが。
彼と共に伊丹万作の古い時代劇に観られないものがありますね。「国士無双」は観られないのでリメイク版で我慢しました。
その他、溝口、小津にも見られない作品は多数、伊藤大輔の「忠治旅日記」も観られない。日本の映画会社は何をやっていたのか、と怒ってもしようがありませんが、悔しいですよね。
ジューベさんのようになかなか前向きにはなれません(苦笑)。
シュエット
2007年11月07日 23:01
山中貞夫さん。数年前、上映時間間違えて時間が余って、たまたま「人情紙風船」が直ぐ上映だったので時間つぶし(すみません)に観たんです。邦画をあまり観ない私がましてや時代劇!観て驚きました。こんなテンポでこんな斬新というかスタイリッシュ(ホントそう思った)こんな時代劇あったんだ!って新鮮でした。でも召集された戦死されて作ったのはたった3作かなんですよね。惜しい!彼が生きていたらどんな作品作っていただろうなって思います。本作はすでに前の日に上映が終わっていて後悔仕切りでした。「人情紙風船」も時代劇によくある下町の人情物なんですけど「カットとカット、場面と場面間の呼吸を頗る大事にしながら」その間なんでしょうね。映像は邦画なんですけど、雰囲気というかテンポが洋画のような切れの良さを感じました。やっぱり新鮮だった!
オカピー
2007年11月08日 14:31
シュエットさん、こんにちは

30年代日本は間違いなく映画先進国でした。呼吸、テンポ、話術で欧米に伍する力がありました。
戦争で失われた最大の損失は山中貞夫であり、伊丹万作でしょう(形としては戦後病死)。「人情紙風船」も素晴らしかったですねえ。
それと日本は文化、特に映画という文化を大事にしなかったので、大事な作品が尽く消失しているんですよね。火事ではなく、セルロイドによる自然発火で。

テンポという意味では実は昔の作品の方が概して良いと思います。昨今はショットを細切れにして誤魔化している作品が多いと思いますね。
呼吸に関しては昔の作品に太刀打ちできません。

邦画を余り見ていらっしゃらないということですが、小津安二郎のサイレント映画「生まれてはみたけれど」も絶対面白いと思いますよ。
シュエット
2008年05月03日 23:17
昨年にお邪魔しているではありませんか!
確かP様のブログにあったよなって記憶があったのですが、「は行」で探してまして。無断でP様のブログの記事を引用させていただいてます。事後承諾となってしまいましたがご容赦!(ペコリ)
昨晩CSで見まして、この映像感覚!28歳で戦死、惜しい!
拙記事ですが、TBさせていただきます。
オカピー
2008年05月04日 02:12
シュエットさん、こんばんは!

あははは。
僕も忘れていました。
これ一応【た行】にしました。
古い映画の場合INDEXのオールド・ムービーに当って下さいませ。
これもまだるっこいんですけどね。

>引用
ご遠慮無用。全然気にしませんよ。
うれしくなっちゃいます。

>28歳で戦死
そうなんです。全く惜しいことをしました。
しかも戦前の日本映画は大半が焼失しているので、戦後活躍してほしかった才能ですね。

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  • 『丹下左膳餘話 百萬兩の壷』 ~省略の美学と大河内の技量~

    Excerpt: 1935年 日本/日活太秦 監督:山中貞雄 原作:林不忘 脚本:三村伸太郎 撮影:安本淳 出演: 大河内傳次郎(丹下左膳 Weblog: キネマじゅんぽお racked: 2006-05-19 22:21
  • 「丹下左膳餘話・百萬兩の壺」

    Excerpt: 1935年/日本/92分 2004年に豊川悦司が丹下左膳役でリメイクされているけれど、リメイク版は観ていない。 邦画には全く疎く、山中貞雄と言う監督を知ったのは全くの偶然から。 観たい作品の上映時.. Weblog: 寄り道カフェ racked: 2008-05-03 23:11