映画評「ハウルの動く城」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2004年日本映画 監督・宮崎駿
ネタバレあり
宮崎駿は今では最も新作が待たれる、かつての黒澤明のような存在になっていると言っても過言ではない。
父の残した帽子屋を18歳という若き身で営んでいるソフィーは妹を訪ねた際出征する兵隊にからかわれるが、その窮地を美青年に救われ、楽しい空中散歩に心をときめかせる。
しかし、その晩突然店に侵入してきた<荒地の魔女>に呪いをかけられ90歳の老婆に変えられたソフィーは翌朝力強く荒地に旅立ち、奇妙な案山子と知り合いになったことで悪名高き<ハウルの動く城>の住人になる。
そこには小さな魔法使いマルクル、火の悪魔カルシファー、そして彼らの主人である青年魔法使いハウルが共同で暮らし、ハウルこそ空中散歩の青年だったのだが、彼は世界の為に魔物に変身して戦う日々。しかし、彼は戦いを重ねるにつれて完全な魔物に変身する運命を背負い、彼を思慕するソフィーは複雑な思いを抱くのである。
この作品は3作ぶりの西洋ものであるが、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの童話をベースにした原作ものということが足枷になったか、彼の作品としては余り見通しが良くない。言い換えればこれまでに比べ観念的で一度では解り難い部分が多いのである。テーマの高さ・複雑さに比して描写が具体的で解り易いのが彼を高く評価する所以だが、その意味でやや失望した。
内容について少し言及してみよう。
今までの作品から何が一番違うかと言えば、<愛>と対を成す二大テーマ<生命>の象徴が日本的な【水】から西洋的な【火】に変わったことである。カルシファーはその名が示すように(火の)悪魔であるが、当然ファウストならぬハウルと秘密の契約をしていて、ソフィーがその秘密を解くべく冒険を繰り広げるという展開と余りにも密接な関係があるので、がらっと変わったと思われる人もいるだろう。たかが水と火の違いで、好みの問題に過ぎないが、水のイメージのほうが広がりがあり好ましい。
もう一つは、ソフィーが時々若くなったり元に戻ったりする設定の解りにくさ。これは<荒地の魔女>か宮崎監督にでも訊かないと正確には分からないが、眠っている時を除けば、彼女がハウルに対して(若しくは関して)何かしら激しい感情、即ち思慕、心配、怒りをぶつける時に若くなるようである。そして彼女は徐々に若くなっていく。
といった次第で、パラレル・ワールドなど種々の要素があり、人物もなかなか魅力的、楽しめる2時間であることは確かだが、多くの方が感じているように哲学的で難解であると言って支障あるまい。
最後に、倍賞千恵子が一人で全年齢のソフィーの声をカバーしたことを賞賛したい。
TBが反映されない十瑠さん(SCREEN)の記事はこちら↓
http://blog.goo.ne.jp/8seasons/e/609d95d978f2d237b6ceb9b775f324ed
2004年日本映画 監督・宮崎駿
ネタバレあり
宮崎駿は今では最も新作が待たれる、かつての黒澤明のような存在になっていると言っても過言ではない。
父の残した帽子屋を18歳という若き身で営んでいるソフィーは妹を訪ねた際出征する兵隊にからかわれるが、その窮地を美青年に救われ、楽しい空中散歩に心をときめかせる。
しかし、その晩突然店に侵入してきた<荒地の魔女>に呪いをかけられ90歳の老婆に変えられたソフィーは翌朝力強く荒地に旅立ち、奇妙な案山子と知り合いになったことで悪名高き<ハウルの動く城>の住人になる。
そこには小さな魔法使いマルクル、火の悪魔カルシファー、そして彼らの主人である青年魔法使いハウルが共同で暮らし、ハウルこそ空中散歩の青年だったのだが、彼は世界の為に魔物に変身して戦う日々。しかし、彼は戦いを重ねるにつれて完全な魔物に変身する運命を背負い、彼を思慕するソフィーは複雑な思いを抱くのである。
この作品は3作ぶりの西洋ものであるが、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの童話をベースにした原作ものということが足枷になったか、彼の作品としては余り見通しが良くない。言い換えればこれまでに比べ観念的で一度では解り難い部分が多いのである。テーマの高さ・複雑さに比して描写が具体的で解り易いのが彼を高く評価する所以だが、その意味でやや失望した。
内容について少し言及してみよう。
今までの作品から何が一番違うかと言えば、<愛>と対を成す二大テーマ<生命>の象徴が日本的な【水】から西洋的な【火】に変わったことである。カルシファーはその名が示すように(火の)悪魔であるが、当然ファウストならぬハウルと秘密の契約をしていて、ソフィーがその秘密を解くべく冒険を繰り広げるという展開と余りにも密接な関係があるので、がらっと変わったと思われる人もいるだろう。たかが水と火の違いで、好みの問題に過ぎないが、水のイメージのほうが広がりがあり好ましい。
もう一つは、ソフィーが時々若くなったり元に戻ったりする設定の解りにくさ。これは<荒地の魔女>か宮崎監督にでも訊かないと正確には分からないが、眠っている時を除けば、彼女がハウルに対して(若しくは関して)何かしら激しい感情、即ち思慕、心配、怒りをぶつける時に若くなるようである。そして彼女は徐々に若くなっていく。
といった次第で、パラレル・ワールドなど種々の要素があり、人物もなかなか魅力的、楽しめる2時間であることは確かだが、多くの方が感じているように哲学的で難解であると言って支障あるまい。
最後に、倍賞千恵子が一人で全年齢のソフィーの声をカバーしたことを賞賛したい。
TBが反映されない十瑠さん(SCREEN)の記事はこちら↓
http://blog.goo.ne.jp/8seasons/e/609d95d978f2d237b6ceb9b775f324ed
この記事へのコメント
実はこの映画は書きにくかったのです。その辺の躊躇が文章にも見られて、どうも面白くない映画評になりました。
(僕の考える)映画評は極力客観的になる必要があるので無機質でつまらないものになりがちですから、人に読ませるなら主観的な感想文のほうが宜しいと思います。その意味で、Lisaさんの文章のほうが遥かに楽しい。
感想文的に言えば、ソフィーは老婆になった瞬間帽子屋の営みといったしがらみから解放されるのだと思います。だからあれほど強く荒地に立てるのでしょう。妹が序盤に姉さんにそのことについて意見していて、それが展開の伏線になっていますね。ソフィーを若くする要素が恋情であり、責任感であることは間違いなさそうですね。
<倍賞千恵子の声
ソフィーの優しいキャラとマッチしてて良かったですねー。
本文で述べたように、火は生命の象徴と思いました。勿論火器という言葉があるくらいで火は戦争の象徴にもなりえますが、宮崎氏のことですから色々な意味を込めていると思います。
ソフィーにはもっと少女らしい声が良いという意見も有りますが、独りで全てをカバーしたのが凄いですね。よっ、さくら(笑)。
私のようなボンクラには、これが一番です。アニメ以外の映画もこうして欲しいですネ。難しく表現されると頭が痛くなります。
気分の良いときにはチャレンジしますが、文章にすると恥かくことも多々ありです。
私の記事、『分からない』の連発ですが、載っけてもらって大丈夫かなぁ?
簡単な話を難しく描いたり構成したりするのが最近の映画の悪い癖。作者のハッタリやゴマカシも見えずに高く評価する批評家の数の多さよ。
娯楽映画は解りやすく作って面白いのが一番ですよ。
この作品は一回やそこらでは解らないのが普通なので宜しいのではないでしょうか。逆に宮崎駿らしくないなあとは思いますが。
>いつものフェティッシュなエロスをこえることにあったのではないか
宮崎監督がそれまで専ら水を根源とする作品を作り続け、この原作もので火を根源とするお話を作った、という僕の考えに通ずるところでしょうか(笑)。
少女を老女にするというところが、人によっては“萌える”要素のようですね。
何を言っているか自分でもよく解らなくなったので、この辺で(笑)。