映画評「出来ごころ」

☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1933年日本映画 監督・小津安二郎
ネタバレあり

この作品は1982年9月以来再鑑賞していないので、当時の甚だおぼつかない文章を転載する次第であります。<喜八もの>第1作に当たりますが、当時は<喜八もの>という言葉を知らずに観ていたことが伺われます。

小津安二郎の戦前の名作。ここでは未だプロレタリアの生活に焦点が当てられており、後の作品群とは趣を異にするが、非常に完成度が高い。

小学校三年の一人息子(突貫小僧)を持つ男やもめ・喜八(坂本武)は、ビール工場で働く同僚・次郎(大日方伝)と浪曲から帰る途中、身寄りのないらしい若い娘・春江(伏見信子)を見つけ、近所の飲み屋の女将(飯田蝶子)に世話を頼む。翌日から住み込みで働くことになった彼女に男心の動いた喜八はしきりに接近を図るが、彼女は若くてハンサムな次郎に惹かれている。が、次郎は何故か彼女を避ける、てなわけで世の中ままならない。
そんな時喜八の息子が急性腸カタルで寝込み、医療費の払えない喜八の代わりに次郎が床屋から金を借り、その借金を早く返すべく喜八は北海道に渡ると言い出す。

この騒動が元で春江と次郎の心が結ばれ合うが、喜八が次郎を殴り倒して船に乗り格好良いところを見せたと思ったら、突然息子を思い出して船から飛び降りて引き返す、というラストで庶民親子の情愛を謳い上げる演出の妙。
若い二人の心のすれ違いなどメロドラマ的な部分も見出せるが、焦点が当てられているのはやはり喜八親子で、「(工場に行くのが)嫌なのを行くから金が貰える」といった喜八の奇妙な理屈は、プロレタリアの生活感情を一言で代弁するような名台詞ではないか。
親子の絆を軸に、下層階級の優しさ、他人への思いやりといったテーマが浮び上がり、その辺りの心の交流を描いた演出の歯切れ良さは天下一品、名人芸である。(1982年9月記す)

この記事へのコメント

カカト
2005年12月17日 15:13
オカピーさんの映画評を読んでいたら、また「出来ごころ」が観たくなりました。
私はこの映画を観てると、映画の世界に入って行きたくなります。そして物陰からみんなのやり取りをこっそり見てみたくてたまらなくなるんですよね。なぜだかわかりませんが(^^)他の小津映画ではそう思った事はありません。 なので、「喜八もの」の中で私が一番好きなのは「出来ごころ」なんです。

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  • 「出来ごころ」を観ました

    Excerpt: 「出来ごころ」1933年日本 監督 小津安二郎 出演 坂本武     伏見信子 あらすじ  喜八はビール工場で働いている労働者。 小学生の息子がおり、次郎という青年と長屋で隣同士で住んでいた。 あ.. Weblog: 私が観た映画 racked: 2005-12-17 15:06