映画評「赤目四十八瀧心中未遂」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2003年日本映画 監督・荒戸源次郎
ネタバレあり

製作者として魅力的な作品を発表してきた荒戸源次郎が自ら監督して発表した作品で、原作は直木賞受賞の車谷長吉の同名小説。

現状に閉塞感を覚え無力感に苛まれる元作家志望の青年・大西滝次郎が東より尼崎に流れ着いて、串に贓物を刺すという焼き鳥屋の前作業をこつこつとアパートの室内でこなす。アパートには彫物師・内田裕也や売笑婦や在日ヤクザの妹・寺島しのぶなどがいて、彼に仕事を頼んでいる焼き鳥屋のおばちゃん・大楠道代などがこれに絡み、線の細い青年とは好対照の図太く奇妙な人々が鮮やかに点出される。

これらの人物や数多いエピソードは、ストーリーではなく強烈なムード醸成の為に用意されているようなものだが、次第にその鋭敏な映像感覚と独自のリズム感に酔わされていく。シャープでリアリスティックなタッチがいつの間にか幻想を生み出す。25年程前にこんな映画があった。荒戸が製作した鈴木清順の「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎座」である。演出をするに当って彼の頭にはその映像が頭にあっただろうと思う。

後半はストーリーらしきものが現れ、組織の金を使い込んだ兄により博多に売られた寺島が彼を連れ立って赤目四十八瀧へ心中の道行きとなるのだが、結局諦めて博多へと向かう。
 この後青年が尼崎へ戻るか、他の場所へ行くかは重要ではないのだろう。主人公の青年は大正時代の作家・葛西善蔵みたいな貧乏臭いところがあって面白いが、主人公なのに狂言回し的で、終盤兄の為に諦めの境地に達するヒロインの引き立て役のようになって終わる。

ヒロインを演じた寺島しのぶは見事だが、適役とは言いにくい。主役の大西滝次郎は些か心もとないが、内容ゆえにさほどまずさは目立たない。

新人監督と言って良い荒戸監督の映像への執念は、鈴木清順に留まらず、エイゼンシュタインすら感じさせると言ったら大げさになろうか。

この記事へのコメント

viva jiji
2006年08月11日 07:50
かつて黒澤さんがおっしゃったように「役者の顔も時代に添った顔になる」という至言をあらためて昨今の内外映画を観るたびに感じます。この暗く生臭い行間から饐えた臭いが漂うような作品に「現代顔」の女優が出る。化粧の最後の仕上げを左右するルージュ、特に本作であれば真っ赤なそれが不可欠だったはず。寺島だけを責められない。いざ顔がよければ演技力が無い。演技面では寺島は確実に力をつけてきていると思う。いかんせん顔が「普通過ぎる」。TBさせていただきました。
オカピー
2006年08月11日 14:56
viva jijiさん
私は長年の習慣から映画の作り方ばかり気になって、そこを重点に掘り下げることになりますから、viva jijiさんの指摘する化粧のようなことに気付かないこともままありますが、そう言われてみると、その通りだなあという気がします。
荒戸さんが自分で映画作っちゃったあ、それも鈴木清順ばりだあ、といった感慨が私には強くありました。役者には難点もありますが、適材適所の役者といってもなかなか良いオプションもいませんね。
演技に関してはかなり淡白なので、viva jijiさんの役者評は鋭いので勉強になります。

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