映画評「天国と地獄」
☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1963年日本映画 監督・黒澤明
ネタバレあり
黒澤明通算第21作(オムニバスの1編を除く)、戦後第17作。
世界に誘拐ドラマは数多いと言えど、これほど重厚な演出で見せ切った作品は例がないのではないか。原作は有名なエド・マクベインの犯罪小説で、「悪い奴ほどよく眠る」とほぼ同じ脚本メンバーである黒澤明、小国英雄、久板栄二郎、橋本忍の4人が見事に翻案した。<船頭多くして船が山に登らない>ところがこのメンバーの凄いところだ。
全財産を投げ打って会社の株の占拠を狙う靴会社の常務(三船敏郎)の息子が誘拐され、多額の身代金を要求される。実際に誘拐されたのは運転手の息子だが、彼は野望と人命の板ばさみに苦しむ。
完璧な室内劇に徹した前半は見事である。緩む部分は全くない。
後半、犯人(山崎努)が徐々に姿を現し、警察の罠に犯人が嵌っていく。
モノクロ映画にあって犯人探しの糸口となる赤い煙の鮮やかさ。犯人が東京の裏町を歩き続ける場面は些か冗長に見えるかもしれないが、必要な長さと言って良いだろう。彼が獲物を探す最下層地区(麻薬街)の描写は黒澤の得意としたところで、独自の凄みがある。とても日本とは思えない。
犯人は医師の家に生まれた人物だから、貧困を<地獄>と主張する彼の立場は説得力不足気味と言えないこともないのだが、犯罪映画として申し分ないと言って良い出来。
1963年日本映画 監督・黒澤明
ネタバレあり
黒澤明通算第21作(オムニバスの1編を除く)、戦後第17作。
世界に誘拐ドラマは数多いと言えど、これほど重厚な演出で見せ切った作品は例がないのではないか。原作は有名なエド・マクベインの犯罪小説で、「悪い奴ほどよく眠る」とほぼ同じ脚本メンバーである黒澤明、小国英雄、久板栄二郎、橋本忍の4人が見事に翻案した。<船頭多くして船が山に登らない>ところがこのメンバーの凄いところだ。
全財産を投げ打って会社の株の占拠を狙う靴会社の常務(三船敏郎)の息子が誘拐され、多額の身代金を要求される。実際に誘拐されたのは運転手の息子だが、彼は野望と人命の板ばさみに苦しむ。
完璧な室内劇に徹した前半は見事である。緩む部分は全くない。
後半、犯人(山崎努)が徐々に姿を現し、警察の罠に犯人が嵌っていく。
モノクロ映画にあって犯人探しの糸口となる赤い煙の鮮やかさ。犯人が東京の裏町を歩き続ける場面は些か冗長に見えるかもしれないが、必要な長さと言って良いだろう。彼が獲物を探す最下層地区(麻薬街)の描写は黒澤の得意としたところで、独自の凄みがある。とても日本とは思えない。
犯人は医師の家に生まれた人物だから、貧困を<地獄>と主張する彼の立場は説得力不足気味と言えないこともないのだが、犯罪映画として申し分ないと言って良い出来。
この記事へのコメント
犯人はインターンですが、「医師の家に生まれた」という設定はありません。それから、インターンは信じられないぐらいの薄給です。
(最近はすこしは改善されたようですが)
>医師の家
残念ながら、犯人は医者の次男で、継ぐ医院がないという設定だったはずです。これについては次郎さんの勘違いと思われます。
インターンが薄給かどうかで異論を差し挟む余地もありません。少なくともそのまま真面目に研修していけば、高収入が望める医師になれるわけでしょう? その彼が大したところとは言えないまでも現在の環境を地獄と言えるだろうか、という気持ちが鑑賞者に起こらないと誰が言えましょうか?
私の子供時代は、一つの卵を五人家族で分けて食べたほど貧乏だったんですよ。初めて一つの卵を丸ごとかけた時のご飯のおいしさは忘れられませんよ。贅沢ですよ、この犯人は。
>贅沢ですよ、この犯人は。
わたしも、ずっとそう思ってきました。何故なら、わたしも、かなり貧困な生活を送った経験があるからです。そういう意味ではわたしも-1点、そして、わざわざ犯人を泳がせ罪状を重くしようとする意図的な犯罪検挙を描いた黒澤監督にさらに-1点。映画の出来は10点ですが・・・。
用心棒さんとオカピーさんの記事を拝見して、ふと思ったのは、このインターン学生の精神的貧困についてでした。現代、わりと豊かなはずのこの社会に暗い事件が多いことは、ありきたりですが心の貧しさが原因ではないでしょうか?
わたしは、逆にオカピーさんの暖かいご家族の様子を想像してしまいましたよ。
では、また。
バナナ一本を三人兄弟で分けたり、小さなケーキを1年に1度5人で食べたり。雷が終った後何故か母親が買ってきてくれたコーヒー牛乳の味も忘れられない。滅多に飲めないものでしたから。
私の家からは、いじめも非行もまして犯罪など生まれることはない自信がありますよ。次の世代は分りませんが。
そう、彼は精神的に貧しかったと言うべきでしょう。主人公たる靴屋にしても下から這い上がってきた人物で、環境的にはインターンより悪いくらいでしょう。しかし、結果的に人間として立派になりえた。その伏線を心理劇として描いた前半の面白味が分らねば、二人の後半の対峙など意味を成しません。
映画を観るにしても、相手を理解するにしても、ゲーム脳に付ける薬なしですか。
>高速度撮影
は使っていなかったはずです。
「姿三四郎」ではストップモーションと特撮を利用した黒澤御大も、この作品ではリアリズム、即ち、観客も列車に乗っている感覚を重視したのでしょう。
御大の気持ちも解らないではないです。