映画評「バルカン超特急」
☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1938年イギリス映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック長編第22作で、「三十九夜」と並ぶ英国時代の傑作だが、日本で公開されるのは製作の38年後1976年のことである。
舞台は東欧の某国。雪に閉じ込められた宿屋で老婦人ミス・フロイ(メイ・ホィッティ)やアメリカの富豪令嬢アイリス(マーガレット・ロックウッド)など主要な登場人物が紹介された後、一同はロンドン行きの列車に乗り込むが、アイリスがうとうとしている間に同室になったミス・フロイが姿をくらます。他の乗客は彼女の存在を否定し、精神科医(ポール・ルーカス)は序盤で植木鉢を頭に受けた後遺症と決め付けるが、民謡研究の青年(マイケル・レッドグレーヴ)だけはアイリスを信じ、二人で車内を探すうちに、英国諜報活動を阻止しようと企むナチス・ドイツの脅威に晒されることになる。
ミステリー仕立ての巻き込まれ型サスペンスだが、ヒッチの諸作品の中でも細工の面白さが目立つ。老婦人が口すざむメロディーの使い方、ミス・フロイを狙ったのにアイリスに当たる植木鉢、列車の窓ガラスに書かれたミス・フロイの名前の扱い、窓に張り付くティーバッグ、突然飛び出す看板など、枚挙にいとまない。
それらが一体となってスリル、サスペンス、ユーモアを醸成し、我々を興奮へと誘う。
しかし、この作品の最もヒッチらしい部分はどこかと言えば、ラスト5分であろう。ドラマ構成上のハイライトと言うべき銃撃戦の後に繋ぎの短い場面を加えるのが定石だが、彼は次にいきなり大団円に持っていく。こうした特徴は後の傑作「北北西に進路を取れ」でも見られたが、省略の芸術家ヒッチコックの真価ここに極まる、と言って良い。こうした思い切った省略は勿論、小さな省略の積み重ねが展開をスピードアップし、含みを生む。ヒッチコックに関しては今さら言わずもがなである。
余談。
この作品は池袋で初めて見た。ヒッチコックが健在だった79年5月のことだが、何しろ貧乏学生でTVもなく娯楽に飢えている時にこれだけ充実した作品を観てしまったのである、映画館から帰ろうとしたが興奮の余り足が震えて立ち上がれなかった。家に何とか帰着し映画評を書き始めた時最初に浮かんだ言葉が文字通り【血湧き肉躍る】であったのは、むべなるかな。
そんな経験をしたものだから、冷静に判断すれば「三十九夜」「海外特派員」や「疑惑の影」の方が上かもしれないと思いつつ、この作品が常に僕にとってヒッチコックNo.1作品になってしまうのだ。
1938年イギリス映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック長編第22作で、「三十九夜」と並ぶ英国時代の傑作だが、日本で公開されるのは製作の38年後1976年のことである。
舞台は東欧の某国。雪に閉じ込められた宿屋で老婦人ミス・フロイ(メイ・ホィッティ)やアメリカの富豪令嬢アイリス(マーガレット・ロックウッド)など主要な登場人物が紹介された後、一同はロンドン行きの列車に乗り込むが、アイリスがうとうとしている間に同室になったミス・フロイが姿をくらます。他の乗客は彼女の存在を否定し、精神科医(ポール・ルーカス)は序盤で植木鉢を頭に受けた後遺症と決め付けるが、民謡研究の青年(マイケル・レッドグレーヴ)だけはアイリスを信じ、二人で車内を探すうちに、英国諜報活動を阻止しようと企むナチス・ドイツの脅威に晒されることになる。
ミステリー仕立ての巻き込まれ型サスペンスだが、ヒッチの諸作品の中でも細工の面白さが目立つ。老婦人が口すざむメロディーの使い方、ミス・フロイを狙ったのにアイリスに当たる植木鉢、列車の窓ガラスに書かれたミス・フロイの名前の扱い、窓に張り付くティーバッグ、突然飛び出す看板など、枚挙にいとまない。
それらが一体となってスリル、サスペンス、ユーモアを醸成し、我々を興奮へと誘う。
しかし、この作品の最もヒッチらしい部分はどこかと言えば、ラスト5分であろう。ドラマ構成上のハイライトと言うべき銃撃戦の後に繋ぎの短い場面を加えるのが定石だが、彼は次にいきなり大団円に持っていく。こうした特徴は後の傑作「北北西に進路を取れ」でも見られたが、省略の芸術家ヒッチコックの真価ここに極まる、と言って良い。こうした思い切った省略は勿論、小さな省略の積み重ねが展開をスピードアップし、含みを生む。ヒッチコックに関しては今さら言わずもがなである。
余談。
この作品は池袋で初めて見た。ヒッチコックが健在だった79年5月のことだが、何しろ貧乏学生でTVもなく娯楽に飢えている時にこれだけ充実した作品を観てしまったのである、映画館から帰ろうとしたが興奮の余り足が震えて立ち上がれなかった。家に何とか帰着し映画評を書き始めた時最初に浮かんだ言葉が文字通り【血湧き肉躍る】であったのは、むべなるかな。
そんな経験をしたものだから、冷静に判断すれば「三十九夜」「海外特派員」や「疑惑の影」の方が上かもしれないと思いつつ、この作品が常に僕にとってヒッチコックNo.1作品になってしまうのだ。
この記事へのコメント
私もヒッチコックの作品の中で「バルカン超特急」が一番好きです。
イギリス人のように何度もお茶の時間があったら大変でしょうね。
既にご承知のように僕のヒッチコックNo.1作品なのですが、ヒッチコック自身の貢献度は他の傑作よりは低いのではないかという気もします。二人組の脚本の力が強いわけですが、最も僕が最もヒッチコックらしいと思った終盤はヒッチコックの独創ということです。
ヒッチコック2週目で本作の前後の映画も見ていますが、改めてバルカン超特急の傑作ぶりがわかりますね。ラスト5分の見方はそういうことですか。同感です。”省略の芸術家”という表現に納得。
いえいえ、お構いなく。自分のブログの更新だけでもなかなか大変ですから、TBしっぱなしということもよくやっています。特に管理人の返事がないところはそうなりがちですね。
この作品についてはヒッチコック自身の貢献度という意味で一考が必要なのですが、断然面白い映画であることには変わりはありません。
わたしとしては不倫カップルの男性の最期が納得いきました。
面白かったでしょう。
>不倫カップル
余り個人的に名っても困りますなあ(笑)。
この商品の評価については、いろいろな声があるようですね。買う前に調べてみた方がいいかも。私は自分で買った「バルカン超特急」については淀川先生の名解説付きで楽しめたのですが、DVDについてはくわしくないので。
オカピーさんがお書きになっているように、はじまりから終わりまで細工がちりばめられているので、うかつに語れないですよね。ひとつ印象に残ったのは、劇中ではBGMがないことでしょうか。劇中内の登場人物が音楽を奏でる場面はあるのですが、BGMはなくて、そのかわりに列車が進むときにたてる音がずーっと聞こえているんですね。それがどきどき感を高めていた。
昔の蒸気機関車のスピードと、窓を開けたりできる仕様が、ドラマに活かされていて、いまでは超特急というと新幹線みたいな列車になってしまうんで、このスリリングだけどユーモラスな雰囲気は出せないんじゃないかと思ってしまいました。
>BGM
この時代の映画は概してBGMは少ないですが、全くないのはさすがに少ないかもですね。
>淀川先生の名解説
やはり映画の話をさせたらこの人が一番面白い。
昔ラジオで一番組番組を持っていて、大概の映画は先生の話の方が面白いくらいで、実物を観るとこの程度かというのも何本もありました。
>超特急
速い列車というより、止まらない列車ということで、水野晴郎さんが命名したのではないかな。水野さんが主宰したIPが輸入したと記憶しています。
仰る通り窓も開けられない新幹線ではお話になりません^^;
私の場合はなんだろう…とパッと思い浮かばないのは、さみしいものが…。
スピーディな切り替えエンディングは、私も「北北西に進路を取れ」の感想で、“あっけにとられて”、“鮮やかな「まとめ方」には、鳥肌が立つ”などと書いています。こういう映画が楽しいですよね。
>映画館でそういう経験を受けた映画は、特別なものになりますね。
この作品のインパクトは凄かったなあ。
冷静に考えると、映画芸術的に本作を上回るものが幾つもありますが、本作は子供心を打つ面白さと、大人の精神性を満足させる両方があったような気がします。
>スピーディな切り替えエンディングは、私も「北北西に進路を取れ」の感想で、“あっけにとられて”、“鮮やかな「まとめ方」には、鳥肌が立つ”などと
自分が言っているので何ですが、あの映画や本作に関してそこに言及できること自体が、これらの映画の本質を理解していることになるような気がしますね。
【ネタバレ注意】
この映画「バルカン超特急」は、列車内で消えた婦人の謎、走っている列車の外づたいに、窓から窓への移動とか、ラストの引き込み線でも撃ちあい、狭い車内での格闘、敵の内部での仲間割れ、等々のエッセンスは、後の列車が舞台となる無数のアクション映画(「007ロシアより愛をこめて」、「カサンドラ・クロス」、列車ではないが「エアフォースワン」もここに入れていい)に、直接、間接の影響を与えた作品だと思います。
やはり、走る列車というのは、極めて映画的な素材なんでしょうね。
ゴトンゴトンというスピード感を常に表現する音、狭い空間という敵味方とも自由に動けない枷、あと何分で駅(またはどこか)に着くというタイムリミット。
これらの要素は、映画的サスペンスを盛り上げるセオリーであり、いくらCGとかの技術が発展しようとも、これらの基本的セオリーは普遍のものだと思います。
ヒッチコックたちのような映画界の先駆者たちは、これらのセオリーを確立したんですね。
映像技術はいくら発展しようとも、これらの映画的セオリーが変わらない限り、古い作品だって、いつになっても観直す価値があると思います。
いや見習う素材はいくらでもあるので、現代風にアレンジして、もう一度リメイクしても十分、今でも通用する作品だと思います。(実際リメイクされていますね)
この映画の中で、「食堂車へ行ってお茶を飲みましょう」とミス・フロイがアイリスを誘う場面があります。
フロイが、「私がフロイです」と自己紹介すると、汽笛が鳴り続け、「フロイト?」と聞き返す、主人公のアイリス。
イギリスやアメリカにおいて、第一次世界大戦後、フロイトの翻訳本が出回りたくさん売れたそうです。
したがって、"精神分析"が当時のイギリスやアメリカでは大流行したというのが、アイリスのような若い娘にまで影響していたのかもしれませんが、ミス・フロイが、曇った車窓に"FROY"と書いてみせたりするあたりも、ヒッチコック流のフロイト解釈の一端で、なんでもない行動が、実は謎を解くカギを秘めていて、この"FROY"も、後で重要な役割を果たすことになるんですね。
そして、お話は急転直下、列車から忽然と消えてしまったミス・フロイの姿を探して、イギリス人の音楽研究家である青年とアイリスは、列車の中で唯一信頼できるハルツ医師に、相談を持ち掛けるのだが、このハルツこそ、ナチスを想わせる組織の片棒を担いでいる、フロイ誘拐の張本人なんですね。
なのに、二人が邪魔をするものだから、彼らを眠らせるべく、食堂車でしきりに、薬入りのブランデーを飲ませようとする。
テーブルの上のブランデー・グラスが、画面の半分くらいも占領しているほどの大きさに映っているんですね。
そしてその向こうに、ハルツの顔があり、時折、視線がグラスに走る。
別の車の揺れでこぼれそうになるのを、ひどく押さえたりするんですね。
こういうところが、やっぱりヒッチコックはうまいな、職人だなと思わせるし、グラスにも仕掛けがあるんですね。
このグラスは常に人物の手前に大きく映り続け、この映画を観る者の神経は、いやが上にもグラスに向けられる仕組みになっているんですね。
同じやり方が、「白い恐怖」にも、拳銃を持つ巨大な手として描かれていましたね。
ヒッチコック監督はイギリス人なのだから、彼の作品のどこかに、シャーロック・ホームズが出ていて欲しいなと思っていたら、ちゃんとこの「バルカン超特急」にあるんですね。
作曲家の青年とアイリスが、貨物車両にミス・フロイトを探しに行くと、そこには誘拐犯の手先のドッポ(実は手品師)の小道具があって、青年はまず鹿打帽をかぶり、例のパイプをくわえ、「五里霧中だね、ワトソン君」とアイリスとふざけるんですね。
この青年役のマイケル・レッドグレーヴは、「ジュリア」「裸足のイサドラ」のイギリスの名女優ヴァネッサ・レッドグレーヴの父親で、後に"サー"の称号を受けた、イギリスきっての舞台俳優なんですね。
この貨物車両でのドッポとの大格闘は、可笑しいほどのズッコケぶりで、ヒッチコックは、本当はコメディ専門の監督ではないかと思いましたね。
この映画は大傑作ですが、初めてTVで見てしまうと、“面白い映画”くらいの印象に終わってしまうかもしれません。こういう映画こそ映画館で観たいものですね。興奮できた僕は幸福でした。
>やはり、走る列車というのは、極めて映画的な素材なんでしょうね。
動く密室というのが、ミステリーやサスペンス的に、非常に魅力的なんですね。
今年の前半観た伊坂幸太郎原作の日米合作映画「ブレット・トレイン」もこれでした。
>(実際リメイクされていますね)
「レディ・バニッシュ」。これも面白かったです。
「バルカン超特急」の飛行機版と言える「フライトプラン」というのもありました。話はつまらなくないですが、映画としては感心できませんでした。