映画評「トパーズ」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
1969年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック長編第51作。
1962年。ソ連の高官一家が米国政府筋のジョン・フォーサイスの手引きでコペンハーゲンを脱出、米国に亡命する、というのが物語の発端であるが、10分に渡るこの一幕は適切なカット割りにより緊張感いっぱいで断然素晴らしい。
フランス商務官フレデリック・スタフォードが手先を使ってキューバ代表の書類を盗写させる一幕もテクニカルで面白いが、キューバへ飛んで地下組織と協力し合ってきな臭いを動きを写真に収めて帰米してからは一向にヒッチコックらしくなくなる。
そんなわけで恐らく一番つまらないヒッチコックのカラー作品という自他共に認める定評は否定のしようもないが、それだけで終えたら自称ヒッチコック研究家の名がすたる。
そもそも冗長でさして面白くもないと言われる原作の作者レオン・ユリスが脚色を担当するという、ヒッチコックにとっては悪夢のような素材だった(最終的にサミュエル・テイラーに落ち着いて最悪の事態は回避した)わけだが、彼好みにアダプトすることもできるところを敢えてしなかったのではないかという印象がある。
愚見では、これだけ雑多の人物が入れ替わり立ち代わり登場し、スタフォードにしても凡そ主人公というには出番が少ない。いっそのこと人間を小道具にして<スパイ活動>そのものを主人公にしようとしたのではないかという気がするのだが、如何であろうか。
いずれにしても、出来るだけ省略することを映画作りの基本としてきたヒッチとしては丸っきり逆の素材を与えられ、大嫌いなメッセージ色すらあるスパイ映画に仕立てる羽目になったのは不本意であっただろうが、この作品を観て「ヒッチ老いたり」としか評価出来なかった批評家には見る目がなかったということを次作「フレンジー」が見事に証明した。
良いと思われる場面は前述部分の他に、二つある。
一つは、軍人が奇妙なものを咥えたカモメ二匹が相次いで飛んでいくのを見、やってきた方を見ると鳥を操っている人間がいる。銃撃。追っていくと車が停まっているが、車の外にいた女の前の石に血が付いていて逃げた人間と気付く一連の場面である。大した事がないように見えるが、非常に巧い。
もう一つは反カストロ派のリーダーでスタフォードの愛人カリン・ドールが銃殺され崩れ落ちる俯瞰カット。広がるスカートの美しさが際立つ名カットである。
キューバ危機回避を空想的に描いたもう一つの「13デイズ」とでも言うべき本作はヒッチコックの考えなどを色々想像しながら観ると、結構興味深い映画なのでした。
1969年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック長編第51作。
1962年。ソ連の高官一家が米国政府筋のジョン・フォーサイスの手引きでコペンハーゲンを脱出、米国に亡命する、というのが物語の発端であるが、10分に渡るこの一幕は適切なカット割りにより緊張感いっぱいで断然素晴らしい。
フランス商務官フレデリック・スタフォードが手先を使ってキューバ代表の書類を盗写させる一幕もテクニカルで面白いが、キューバへ飛んで地下組織と協力し合ってきな臭いを動きを写真に収めて帰米してからは一向にヒッチコックらしくなくなる。
そんなわけで恐らく一番つまらないヒッチコックのカラー作品という自他共に認める定評は否定のしようもないが、それだけで終えたら自称ヒッチコック研究家の名がすたる。
そもそも冗長でさして面白くもないと言われる原作の作者レオン・ユリスが脚色を担当するという、ヒッチコックにとっては悪夢のような素材だった(最終的にサミュエル・テイラーに落ち着いて最悪の事態は回避した)わけだが、彼好みにアダプトすることもできるところを敢えてしなかったのではないかという印象がある。
愚見では、これだけ雑多の人物が入れ替わり立ち代わり登場し、スタフォードにしても凡そ主人公というには出番が少ない。いっそのこと人間を小道具にして<スパイ活動>そのものを主人公にしようとしたのではないかという気がするのだが、如何であろうか。
いずれにしても、出来るだけ省略することを映画作りの基本としてきたヒッチとしては丸っきり逆の素材を与えられ、大嫌いなメッセージ色すらあるスパイ映画に仕立てる羽目になったのは不本意であっただろうが、この作品を観て「ヒッチ老いたり」としか評価出来なかった批評家には見る目がなかったということを次作「フレンジー」が見事に証明した。
良いと思われる場面は前述部分の他に、二つある。
一つは、軍人が奇妙なものを咥えたカモメ二匹が相次いで飛んでいくのを見、やってきた方を見ると鳥を操っている人間がいる。銃撃。追っていくと車が停まっているが、車の外にいた女の前の石に血が付いていて逃げた人間と気付く一連の場面である。大した事がないように見えるが、非常に巧い。
もう一つは反カストロ派のリーダーでスタフォードの愛人カリン・ドールが銃殺され崩れ落ちる俯瞰カット。広がるスカートの美しさが際立つ名カットである。
キューバ危機回避を空想的に描いたもう一つの「13デイズ」とでも言うべき本作はヒッチコックの考えなどを色々想像しながら観ると、結構興味深い映画なのでした。
この記事へのコメント
キューバ危機がわからないからかな~とか「13デイズ」観たけど記憶がさっぱりないからでしょうか。(というか観たという事実さえ忘れていました。)
「13デイズ」の方が映画としては面白いですが、相当つまらない脚本をここまで見せることができたのは結局ヒッチコックの腕前が断然素晴らしいから。それを「ヒッチ老いたり」とは全くけしからん言葉でしたよ。尤も、この作品を観たのは製作から10年くらい経ってからですけど。
ヒッチコックは,もともと人が大勢登場する群像劇みたいなのは苦手だったのではないかと思いますが,特に脚本がダメだと演出でいくら頑張っても名作にはならないのでしょうね。
おっしゃる通り,『フレンジー』で見事に汚名返上しましたし,個人的には『ファミリー・プロット』もけっこう面白かった印象があります。
昔から映画界では「駄目な脚本からは駄目な映画しか出来ない」と言われているようですが、その典型です。しかし、ヒッチコックだからここまで楽しめたと言えないこともありません。凡監が撮ったら目も当てられなかったでしょう。
「フレンジー」と「ファミリー・プロット」は既にUP済みですので、お読み戴ければ幸いです。「ファミリー・プロット」は私もお気に入り。
原作者が脚色を担当するという最悪の事態は避けられたようですが、「麗しのサブリナ」「めまい」のサミュエル・テイラーでもこの複雑なお話はどうにもならなかったようですね。