映画評「シシリアン」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
1969年フランス映画 監督アンリ・ヴェルヌイユ
ネタバレあり
アラン・ドロン主演作としては中期の代表作に数えたい作品であるが、今回鑑賞したものは、残念ながら米国公開版。相当声質の近い人を使っているので違和感は少ないが、やはり英語では気分が出ないので、★一つ分少なくした。
シシリー生れのジャン・ギャバン一家が、裁判中の殺人犯で宝石の情報を持つアラン・ドロンを護送車から脱走させる。警部リノ・ヴァンチュラの捜査をかいくぐり、一味は宝石を輸送する旅客機をハイジャックしてしまう。
というところまでは通常の犯罪アクションだが、最後にギャバンがシシリー気質を出すという一幕はフィルム・ノワールらしい味わい。
アンリ・ヴェルヌイユの演出はハリウッドのスピード感とは全く逆の方法で進められている。これが長い間、良くも悪しくもフランス製フィルム・ノワールの持ち味だった。
ギャバン、ドロン、ヴァンチュラという当時フランスの誇った大俳優3人の重量感溢れるアンサンブルも楽しめる。
1969年フランス映画 監督アンリ・ヴェルヌイユ
ネタバレあり
アラン・ドロン主演作としては中期の代表作に数えたい作品であるが、今回鑑賞したものは、残念ながら米国公開版。相当声質の近い人を使っているので違和感は少ないが、やはり英語では気分が出ないので、★一つ分少なくした。
シシリー生れのジャン・ギャバン一家が、裁判中の殺人犯で宝石の情報を持つアラン・ドロンを護送車から脱走させる。警部リノ・ヴァンチュラの捜査をかいくぐり、一味は宝石を輸送する旅客機をハイジャックしてしまう。
というところまでは通常の犯罪アクションだが、最後にギャバンがシシリー気質を出すという一幕はフィルム・ノワールらしい味わい。
アンリ・ヴェルヌイユの演出はハリウッドのスピード感とは全く逆の方法で進められている。これが長い間、良くも悪しくもフランス製フィルム・ノワールの持ち味だった。
ギャバン、ドロン、ヴァンチュラという当時フランスの誇った大俳優3人の重量感溢れるアンサンブルも楽しめる。
この記事へのコメント
TBさせていただきました。わたしも、ずっとアメリカ版じゃ気分が出ないと思っていたのですが、実は世界市場向けに製作された20世紀フォックスの作品らしいです(フランス版も、もちろんあるようですが)。
>最後にギャバンがシシリー気質を出すという一幕はフィルム・ノワールらしい味わい。
わたしも全く同意見です。ギャバンがでてくると、フランス映画の戦前から50年代が、画面に復活するような気がします。
「ダーティ・ハリー」、マックイーン、ブロンソンものも良いんですけど、やっぱりフランスの作品は味わい深いですね。
私は映画としては結構買っています。終盤までアメリカナイズされた物語が続きますが、ヴェルヌイユの演出は従来のフレンチ・スタイルで、そこに些かの齟齬感があるかもしれませんが、私は決して失敗作とは思いません。英語版では気分が出ませんが・・・。フランス語版のほかにイタリア語版もあるようです。
ジョゼ・ジョヴァンニは低回趣味の傾向がありますから、そればかりでもつまらない、というのが私の考えです。
ジョヴァンニの低回趣味は犯罪者としての実体験からのものかもしれませんね。センセーショナルではあっても華がない(美しさがない)のかもしれません。本当のヤクザの雰囲気が生々しすぎるのでしょうか?
では、また。
影響という意味では、お互い様という感じがなくもなく、「望郷」のムードがまた「カサブランカ」に繋がっていったのかとも思いますし、ネタ不足が深刻な現在のハリウッドはフランスや日本にネタを求めています。
>ジョヴァンニ
勿論服役上がりという過去がその低回趣味の原因であることは間違いないででしょう。しかし、ロベール・アンリコという異彩はジョヴァンニ原作の「冒険者たち」を素晴らしい友情の物語に仕上げましたね。彼自身が映像化したら、申し訳ないですが、花も実もない作品になったかもしれません。
種々のお考えの影響を受け、『シシリアン』②の記事、若干の整理・訂正を試みてみました。よろしければ、ご一読を。
なお、文中でオカピーさんのTBとコメントの紹介部分を記しましたが、よろしかったでしょうか?、訂正はいつでも何度でもできますので。
良かったどころか、光栄であります。
最近脚本家の方とブログを通して会話したり、現役撮影監督の方から「疑惑の影」でTB戴いたり、嬉しいこと続きです。
ありがとうございました。今後もご紹介の機会があるかもしれませんが、そのときは、またよろしくお願いいたします。
専門家の方との会話・TB、ブロガー冥利につきますね。
ただ、残念なことに今回も英語バージョンでした。これって何とかならないものでしょうかね。フランス版やイタリア版も購入しようと思えばできないこともないんですが、やはり字幕が無いと・・・。それからリージョンが異なり、PCでしか観ることができませんしね。
オカピーさんの意見も再確認したいんですが、言語の問題として、例えば『レッド・サン』のような西部劇はフランス資本であっても、ドロンが吹き替えであってもわたしは英語版を支持します。大島の『愛のコリーダ』や『愛の亡霊』も日本語が当たり前。
もっというとヴィスコンティのドイツ3部作はドイツ語吹替えでも良いとまで思います。『山猫』の20世紀フォックス版の英語バージョンは論外。
『ゾロ』なんてスペイン語で創って欲しかったとまで思っているんですよ。
その舞台のその言葉で映画を創って欲しい。
でも、そうなると『太陽がいっぱい』が英語の吹替になっちゃいますね。これは例外ですけれど・・・。
どう思われます。
チャップリンが『モダン・タイムス』でトーキーに抵抗して「ティティナ」を歌ったこととの素晴らしさが実感できる『シシリアン』の英語バージョンでした(笑)。
では、また。
大いに支持致します。
役者と製作国ではなく、舞台の土地の言葉で観たいものですね。
「SAYURI」は日本語風英語で雰囲気を出そうとしていましたが、英語は英語。しかも後半本物の英語スピーカーが現れるから変なことになってしまう。そういう混乱を避ける為にも土地の言葉で喋るのが原則としてもらいたいですね。戦争映画で米独両軍が同じ言語を喋っているなんて最低ですよね(笑)。
「カビリアの夜」や「家族日誌」といったイタリア名作の英語版にがっくりしたことを思い出します。「カビリア」は映画館でイタリア語で観ていましたし、イタリア語の保存版も持っていましたからまだしも、「家族日誌」はイタリアが舞台なのにマストロヤンニが英語を喋るのが気分が出ずがっかり。映画の感動は物語や撮影だけではないです。
3年前のNHK-BSでしたけど、映画じゃなかったような気がするんですが。
で、お薦め度は★★★★です(笑)
>☆☆☆★★★
僕のような双葉ファンは、これや☆☆☆☆を観ると見たくてたまらなくなるんですよね。
若い頃は夢の中に☆や★が出てきたものです^^;
これはTVでしか観ていないなあ。
しかも、最初は日本語吹き替え版、この映画評を書いたのは英語版(英語用に撮られているけど話しているのはアメリカ人であろうから事実上の吹き替え版)ですから、ドロンの生の声でこの作品を観たことはないのであります。