映画評「サイコ」
☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1960年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック第47作。
12歳の時初めて観て外に出られなくなるほど恐い思いをした。それから現在に至る三十余年の間に何度か観ているが、今では怖さよりテクニックに惚れ惚れする事が多い。特に同じ脚本で作られたリメイク・カラー版「サイコ」と比較すると、演出テクニックの差を感じずにはいられない。
本作以前は、こうした精神病や神経症を扱った作品をニューロティック・スリラーと呼んでいたが、以降はサイコ・スリラーやサイコ・ホラーと呼称されることになった。それ程影響力があった作品であることは言わずもがな。
アリゾナ州フェニックスのOLマリオン(ジャネット・リー)がサンフランシスコに住んでいる恋人サム(ジョン・ギャヴィン)との生活を築く為に、社長から預けられた四万ドルをネコババするが、大雨を避けるべく立ち寄ったベイツ・モーテルで無残にも殺されてしまう。
ここまで50分足らずでヒロインと思われていたマリオンが呆気なく殺されてしまうことに当時の観客は驚いた。ヒッチコックは脇役に過ぎない彼女をヒロインのように扱って観客を本当のテーマから逸らしたわけだが、このような手法を業界用語で<薫製にしん>と呼ぶ。
もう一つ驚いたのは出演者の中でトップ・スターだったジャネット・リーを途中で<消してしまった>ことである。そもそもハリウッドでは、人が次々と死んでいく場合、給料の安い順に死んでいくので最後に誰が生き残るか分ってしまうという馬鹿げた時代もあり、「悪の花園」という典型的な例がある。
マリオンが殺される有名シーンは70カットくらいあるそうだが、ヒッチコックの華麗なカット構成に圧倒される。説明には及ぶまい。
また、後半の主たる舞台となるゴシック風建物の様式美もムード醸成に貢献すること大である。
この作品の後半は、出世作「下宿人」や「疑惑の影」「フレンジー」と同じ系列に属する精神異常者(サイコ)の末路を描いているわけだが、観客の心情を最も自由自在に操っているのはこの「サイコ」ということになろう。
何となれば、マリオンに注がれていた観客の気持ちはいざ彼女が死ぬと、彼女の死体を処理するノーマン・ベイツ(アンソニー・パーキンズ)へと節操もなく移り、死体を乗せた車がなかなか沈まないとドキドキしてしまう。尤もこの時点ではノーマンの正体は誰にも判っていないので当然でもあるが、ノーマンが怪しいとなればまたフラフラしだす。
真相及び詳細については念の為伏せておくが、トリックがインチキもしくはインチキ臭くならないように工夫を巡らしたカメラワークが大変素晴らしい。
一個所だけ注文を出すとしたら、足が見えないようにノーマンの母親には長いスカートを穿かせるべきだったであろう。
ヒッチコックの慧眼には驚かされることが多いが、トリュフォーが「マリオンの妹(ヴェラ・マイルズ)が保安官を訪れる場面だけが緊張感を失っている」と指摘すると、「(観客は、何故登場人物が警察に逃げ込まないのかと疑問を呈するが)登場人物が警察へ逃げ込むと映画がだらけるだけだと証明したのだ」と答えたことは「ヒッチ畏るべし」の感を強くする。
1960年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック第47作。
12歳の時初めて観て外に出られなくなるほど恐い思いをした。それから現在に至る三十余年の間に何度か観ているが、今では怖さよりテクニックに惚れ惚れする事が多い。特に同じ脚本で作られたリメイク・カラー版「サイコ」と比較すると、演出テクニックの差を感じずにはいられない。
本作以前は、こうした精神病や神経症を扱った作品をニューロティック・スリラーと呼んでいたが、以降はサイコ・スリラーやサイコ・ホラーと呼称されることになった。それ程影響力があった作品であることは言わずもがな。
アリゾナ州フェニックスのOLマリオン(ジャネット・リー)がサンフランシスコに住んでいる恋人サム(ジョン・ギャヴィン)との生活を築く為に、社長から預けられた四万ドルをネコババするが、大雨を避けるべく立ち寄ったベイツ・モーテルで無残にも殺されてしまう。
ここまで50分足らずでヒロインと思われていたマリオンが呆気なく殺されてしまうことに当時の観客は驚いた。ヒッチコックは脇役に過ぎない彼女をヒロインのように扱って観客を本当のテーマから逸らしたわけだが、このような手法を業界用語で<薫製にしん>と呼ぶ。
もう一つ驚いたのは出演者の中でトップ・スターだったジャネット・リーを途中で<消してしまった>ことである。そもそもハリウッドでは、人が次々と死んでいく場合、給料の安い順に死んでいくので最後に誰が生き残るか分ってしまうという馬鹿げた時代もあり、「悪の花園」という典型的な例がある。
マリオンが殺される有名シーンは70カットくらいあるそうだが、ヒッチコックの華麗なカット構成に圧倒される。説明には及ぶまい。
また、後半の主たる舞台となるゴシック風建物の様式美もムード醸成に貢献すること大である。
この作品の後半は、出世作「下宿人」や「疑惑の影」「フレンジー」と同じ系列に属する精神異常者(サイコ)の末路を描いているわけだが、観客の心情を最も自由自在に操っているのはこの「サイコ」ということになろう。
何となれば、マリオンに注がれていた観客の気持ちはいざ彼女が死ぬと、彼女の死体を処理するノーマン・ベイツ(アンソニー・パーキンズ)へと節操もなく移り、死体を乗せた車がなかなか沈まないとドキドキしてしまう。尤もこの時点ではノーマンの正体は誰にも判っていないので当然でもあるが、ノーマンが怪しいとなればまたフラフラしだす。
真相及び詳細については念の為伏せておくが、トリックがインチキもしくはインチキ臭くならないように工夫を巡らしたカメラワークが大変素晴らしい。
一個所だけ注文を出すとしたら、足が見えないようにノーマンの母親には長いスカートを穿かせるべきだったであろう。
ヒッチコックの慧眼には驚かされることが多いが、トリュフォーが「マリオンの妹(ヴェラ・マイルズ)が保安官を訪れる場面だけが緊張感を失っている」と指摘すると、「(観客は、何故登場人物が警察に逃げ込まないのかと疑問を呈するが)登場人物が警察へ逃げ込むと映画がだらけるだけだと証明したのだ」と答えたことは「ヒッチ畏るべし」の感を強くする。
この記事へのコメント
(マイナス1はやっぱり母親のスカートの件ですか?)
スカートの件は実際にはそう大きな問題ではないと思います。
私の9点と10点は実質的には同じ評価で、個人的に特別のお気に入りだけに10点を進呈しております。「サイコ」は映画の作り方に全く問題はないのですが、余裕綽々で遊び心いっぱいの「鳥」を満点とすると、多少差を付けないと付けないといけないと思いましてね。
しかし、何度観ても退屈している暇はありませんね。同じ脚本でも、ヴァン・サントがやるとまあまあの映画になってしまう。
因みに、8点に到達すれば、映画史に残してよい名作クラスという判断です。
死体の役で「目を動かすな」って無理じゃんって思いましたがやってのけてすごい!!と思いました。
そういえば、最初のマリオンの同僚で娘が出ていますねー、そっくりです。
>目を動かすな
瞳孔が開いているだの開いていないだの、問題となった場面でもあります。わたしにはどうでも良い問題ですけどね。映画の出来栄えには関係ないですもん。
>娘
パトリシアですね。「見知らぬ乗客」では眼鏡娘役で出ていました。
>せっかく5つ星あるのにひとつ二つはほとんどつけることができません
私は、秀作も凡作もそれほどの差がないというスタンスで点をつけています。余りに<比熱の低い>採点(つまり多少良いと思うと満点、ちょっとひどいなと思うと最低点といった)には感心致しません。
自分用には100点満点で付けているのですが、実際には40点から80点で99%の映画をカバーしているので、ブログでは10点満点方に翻訳しています。40点(以下)が1点、60点(=水準的作品)が5点、80点が9/10点に相当するのですが、今まで見た最悪の映画には15点をつけました。どんなひどい映画でもゼロということはないでしょう。
<薫製にしん>って・・。
どうしてそのように言うんでしょうね。
気になります。
<薫製にしん>の由来は、マルクス兄弟の作品の中で、密航した兄弟が薫製にしんの入った樽の中で隠れて暮していて、ばれるや否や逃げ出してバンドに成りすます、というエピソードから来ているらしいです。
そうすると「密航兄弟」とか「樽の中のバンドマン」とかでも良かったわけですね(^^)
素晴しい映画というのをあまり見ていないせいか、文句ナシと思った映画はベタ褒めしてしまいます(笑)
シャワーシーンでノックアウトされてしまいそのまま悪夢のベイツモーテルで母親と息を呑むように対峙していた気分でした。
振り返った時まで、母親は生きていると信じ込んでましたもん(^o^;←ある意味素直な観客?(笑)
ノーマン・ベイツってアンソニー・ホプキンズがやっていたんですか??若い頃ってあんな顔していたんだ・・・なんか全然雰囲気が違うのでわからなかったです。
素直な観客ですねえ(笑)。
でも、トリックにインチキはなかったでしょう? 窓ガラスに母と息子は一緒に映らない、二人が一緒に喋ることはない、母親を撮る時は俯瞰撮影・・・とね。最近のスリラーはこれ(映像トリックを使わない)を守らない。
>アンソニー・ホプキンズ
あちゃ~、大間違いです。ミスです。うっかりしたなあ。今まで誰も指摘しなかったところを見ると、皆気付かなかったのかも。
どうも有難うございました。
因みに、ホプキンズも若い時は可愛かったですよ。
再開後ようやくヒッチコックに戻ってまいりましてサイコにたどり着きました。この頃の作品はホントに良く出来てますねぇ。改めて感心する事しきりです。バスルームのシーンのカット構成、もう一度確認してみましたが、おっしゃるとおりのすばらしさ。惨殺後の排水溝のカットを見ながら「あああ~」と嘆息している自分を発見しました。
本当に長い間中断していたので心配しておりました。
昨日二回もコメントを打ったのにメンテナンス中につき無駄になってしまいまして、これが三度目の正直。何を書こうとしたのかすっかり忘れてしまいました。
「めまい」のUPを楽しみにしております。
「私は告白する」でこのサイトを知り、
オカピーさんの評を少し読ませて頂いて、感服致しました。
すごいですー。
ヒッチコックは好きで、サイレントの頃からの殆どの作品を観たのですが、
「サイコ」は未見でした。
怖い評判で敬遠していたのです。
本来怖いのが苦手なのに、ヒッチコックが好きって変ですね(笑)
ヒッチコックを沢山見続けていたら、
怖いという以外の技術とかセンスとか天才的な演出の方に興味が出てきました。
そうとう免疫が出来たし、最初に避けてしまっていたのですが、
オカピーさんの評を読んで、思い切って「サイコ」を観てみました。
オカピーさんの評を頭に入れて観たので、見所をあますことなく味わえました。
ありがとうございました。
恐れ入ります。
ヒッチコックに関しては評価という以上にヒッチコック映画の観方という観点も考慮して書いてみました。ご参考の一助になれば幸いです。
ヒッチコックの怖さは、昨今の血の量、死体の数、殺され方の酸鼻さで勝負する作品と違って、ガラスを擦る音の様な、心理学的な怖さと言うべきではないかと思いますが、ユーモアもありますし、観客の心をよく知った映画作りの達人と思います。実際には他のジャンルも凄く巧いのですが、何しろ本人が全く興味がなかったらしいです。
またお越しくださいね。
> 特に、低予算云々のところはある意味映画作りの基本ではないかと思う故に、非常に大切なコメントですね。
> 「制限あるところに良い映画が生まれる余地あり」というのが持説です。CGで何でもできるようになって映画作家は甘え放題で碌なものを作らなくなりましたよ。
まさにそこが映画の醍醐味ですね。潤沢な予算を湯水のごとく使えば、それなりに面白い絵ができて当たり前なんです。
冒険家の植村直己氏の言葉で、西田敏行氏の「植村直己物語」にも紹介されていますが、「十分な装備と多勢の人間でかかったら、登れない山なんてないよ!」と怒鳴ってしまう。映画でもそれは言えます。
それから、大掛かりな映画だと、多くのスポンサーが関わっていますから実験的な冒険ができないという事情もありそうですね。確実にそこそこ大衆にウケて元が取れるといいますか。だから私はB級が好きなんです。ハズレも多いが、想定外の傑作にもめぐり会える。
体調はまずまずです。
膵炎という病気の為、物が好き勝手に食べられないのですが、それ以外は入院前と余り変わらない状態です。
僕の場合はアルコールは永久に禁止だそうです。
そう、お金をかければ絵づらがよくなるのは当たり前なのですが、最近は構成力の伴っていない作家が多くて空しくなることもしばしば。
>大掛かりな映画だと、多くのスポンサーが関わっていますから実験的な冒険ができない
昔は映画会社からの制約が多かったのですが、最近は多くの会社が協力して作ることが多く、制約は益々多そうですね。
さて、件のシャワーシーンですが、サイコのタイトルシークェンスも監督しているソウル・バス氏のコンテが存在すると、七年前に雑誌で読んだのですが…。
タイトルデザイナーが居ること事態知らなかったので、記事を読んで茫然自失の覚えがあります。
ヒッチは否定したとか、実際はどうなんでしょうね。カットやアングル、人物の動きを音楽と相乗効果させたこと。映画史上初と言われるトイレなど。分かっていても息を呑むシーンには、短さと反比例して多くのものが詰め込まれていて。ヒッチ映画は汲めども尽きぬ泉であります。
>タイトル・デザイナー
ソウル・バスのタイトルは格好良くて、痺れます。
ソウル・バス以外では「007」シリーズも良いですね。
シャワー・シーンのコンテはどうなんでしょうか。これは僕もトリュフォーも解らないです(笑)
いずれにしてもあのシャワー・シーンは凄いですね!
ソウル・バスは『ピクトリアル・コンサルタント』、つまりは本編のビジュアル・アドバイスを務めたそうです。
007は大好きです!!モーリス・ビンダー、ロバート・ブラウンジョン、やられましたね~♪
教授の批評を読みますに、映画は沢山の人が関わっている。我々は色々なアプローチで楽しめば良い、ということですね。
シャワーシーンには映画の魔法が掛かっているんじゃないかな~と思います。
>『Pen』
貴重な情報を有難うございます。
>007
良いでしょう。痺れますね♪
>我々は色々なアプローチで楽しめば良い
僕は、そう思って映画を観てきました。
やはりヒッチコック・・・すばらしい 100点です。
>業界用語で<薫製にしん>
wikipeで見ましたが いまひとつ意味が複雑で飲み込めませんでしたが サイコの内容見てて スター女優がいきなり 一種の<おとり>として殺されたってコトしか理解できませんでしいたね。
>特に同じ脚本で作られたリメイク・カラー版「サイコ」と比較すると、演出テクニックの差を感じずにはいられない。
映画評はボクは甘口ですが それでも 先ほど書いた「悪魔のような女」のリメイク
同様 "味が落ちてる"と認めざるをえませんでした。
たしかに「サイコ」はサスペンスの名作ですが ヒッチコックでも奇跡の作品とも言われてるんですよ。リンク先は 「悪魔のような女」について書かれてたサイトのサイコについて書かれた感想リンク先です
http://www5b.biglobe.ne.jp/madison/worst/sequel/psycho3.html
ヒッチコックは「悪魔のような女」の監督のアンリ=ジョルジュ・クルーゾーの才能のすごさに対抗意識を燃やして本作「サイコ」を作ったというエピソードを聞いたコトがあります。
ってコトは逆に考えたら 「悪魔の~」のクルーゾー監督がヒッチコックの「サイコ」を見てたら そのヒッチコックの監督としてのすごさに「ううむ~」と思ったかもしれませんね。
僕の求めるヒッチコックは少し違うので、★一つマイナスにしてあります。
しかし、傑作。
【薫製ニシン】とも関連がありますが、観客の感情をこれほど自在に操った作品は映画史でもまれと思いますね。
どちらのリメイクもやはり俳優の差。特に「サイコ」の役者はミスキャストでダメでした。ジャネット・リーやアンソニー・パーキンズの驚きがなかった。
>ヒッチコック、クルーゾー
この二作品以外にもよく比較される二人です。
1958年に日本のあるお堅い評論家が、リアリズムのクルーゾー作「スパイ」こそ後世に残るだろうと言いましたが、実際に残ったのは良い意味で中味のないヒッチコックのスパイ映画「北北西に進路を取れ」(本来の意味のスパイ映画ではないですが)。
フランスの映画人はアメリカ映画をよく観ますから、クルーゾーは「サイコ」を観て感心したでしょうね。
でも某所の映画レヴューから若い人にはこういう表現がもう通じなくなっているのかもしれないとのさびしさを感じました。それで、私なりに賛辞を書いておくことにしました。
どういうレビューだったか想像ができませんが、映画はアトラクションになってはもういけない、というのが僕の思いです。
1990年代以降VFXの発達で少なくともジャンル映画の大半はアトラクションになってしまったようです。今の若い人にはカット割りとか映画的表現とか、そんなことはどうでも良いんでしょう。
僕等の世代でも、若い時、サイレント映画に関心のない映画マニアが結構いましたから、そういう感覚に近いんでしょうね。