映画評「北北西に進路を取れ」
☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1959年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック第46作。
これも「鳥」と同じくらい繰り返し観た作品だが、その割に忘れている部分が多いのは不思議。
広告代理店を経営するケイリー・グラントが何者かに誘拐され、ある住宅で大酒を飲まされた挙句に車を運転させられ、命は助かったものの警察の御用となる。
というのが発端となるサスペンスで、35年の「三十九夜」と42年の「逃走迷路」を掛け合わせたような内容を含んだ<巻き込まれ型>の集大成的作品となっている。
この男は合衆国情報部が敵スパイの目を欺く為にでっちあげたスパイと間違えられたわけだが、いもしないスパイを探しながら、いつぞやスパイ宜しく活躍していくことになる。
列車の中で知り合う女性エヴァ・マリー・セイントは「三十九夜」のマデリーン・キャロルよりぐっと謎めいていて、グラントが彼女の指示通りに出かけたインディアナ州の片田舎で複葉機に襲われる、有名な<バス停留所の場面>に繋がる。
だだっ広いとうもろこし畑の傍らにあるバス停留所で男を待っている。車が通りすぎ人も通りすぎるが目的の人物は現れない。遠くで複葉機が農薬を撒いている-但し何もない場所に-。
この後深く考える間もなく複葉機は襲ってくるのだが、実に悪夢的な場面と言いたい。観客が通り過ぎる車や人に目を凝らしている時複葉機はずっと遠くの空を舞っていたのだが、誰も複葉機などに関心を払っていないから予想外のショックを受けるのだ。
こういうアイデアは模倣(ジョン・ブーアマン「ポイント・ブランク」)を別にするとヒッチコック以外にまずお目にかかったことがなく、本作で最もお気に入りの場面である。
序盤からアイデア満載だが、注目したいのは、情報部の代表レオ・G・キャロルがグラントと出会って背景を説明する場面。何故ならこれがヒッチコック映画を語る時に欠かせないマクガフィン(仕掛け)を説明するのに格好だからである。土偶もマクガフィンであるが、それは肩透かしを食らわす手段としてのマクガフィンである。
キャロルは「敵スパイが<ある機密>を奪おうとしている」と説明するが、その機密の中味には一切触れられない。<ある機密>はこの映画において永遠に<ある機密>に留まり、土偶を含めてこの設定全体がヒッチコックが盛んに言っている【マクガフィン】なのである。
世の作者たちは純娯楽映画であっても、否、純娯楽映画だからこそもっともらしく具体的な説明に走ろうとするが、一般的にそれは映画の展開速度を遅くするだけであり、純然たるサスペンスなら弊害にしかならないのだ。
ヒッチコックは「脚本家はマクガフィンという考え方が理解出来ないので、よくもめる」と嘆いている。マクガフィンを理解しないのは、少なからぬ批評家、多くの観客も同じだ。
原題North by Northwestは未だに意味不明であるが、少なくとも正規の英語<北北西Northwest by North>ではない。大統領の顔が彫られた有名なラシュモア山に向う時に使う航空機がノースウェスト航空なのはジョークなのかもしれぬ。
「逃走迷路」の幕切れと似たラシュモア山での挌闘、そして幕切れへの驚くべき省略は、ヒッチコックならではの超絶技巧。
全編【マクガフィン】だらけでこれほど意味がなく、かつ、これほど面白い映画は他にないだろう。
1959年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック第46作。
これも「鳥」と同じくらい繰り返し観た作品だが、その割に忘れている部分が多いのは不思議。
広告代理店を経営するケイリー・グラントが何者かに誘拐され、ある住宅で大酒を飲まされた挙句に車を運転させられ、命は助かったものの警察の御用となる。
というのが発端となるサスペンスで、35年の「三十九夜」と42年の「逃走迷路」を掛け合わせたような内容を含んだ<巻き込まれ型>の集大成的作品となっている。
この男は合衆国情報部が敵スパイの目を欺く為にでっちあげたスパイと間違えられたわけだが、いもしないスパイを探しながら、いつぞやスパイ宜しく活躍していくことになる。
列車の中で知り合う女性エヴァ・マリー・セイントは「三十九夜」のマデリーン・キャロルよりぐっと謎めいていて、グラントが彼女の指示通りに出かけたインディアナ州の片田舎で複葉機に襲われる、有名な<バス停留所の場面>に繋がる。
だだっ広いとうもろこし畑の傍らにあるバス停留所で男を待っている。車が通りすぎ人も通りすぎるが目的の人物は現れない。遠くで複葉機が農薬を撒いている-但し何もない場所に-。
この後深く考える間もなく複葉機は襲ってくるのだが、実に悪夢的な場面と言いたい。観客が通り過ぎる車や人に目を凝らしている時複葉機はずっと遠くの空を舞っていたのだが、誰も複葉機などに関心を払っていないから予想外のショックを受けるのだ。
こういうアイデアは模倣(ジョン・ブーアマン「ポイント・ブランク」)を別にするとヒッチコック以外にまずお目にかかったことがなく、本作で最もお気に入りの場面である。
序盤からアイデア満載だが、注目したいのは、情報部の代表レオ・G・キャロルがグラントと出会って背景を説明する場面。何故ならこれがヒッチコック映画を語る時に欠かせないマクガフィン(仕掛け)を説明するのに格好だからである。土偶もマクガフィンであるが、それは肩透かしを食らわす手段としてのマクガフィンである。
キャロルは「敵スパイが<ある機密>を奪おうとしている」と説明するが、その機密の中味には一切触れられない。<ある機密>はこの映画において永遠に<ある機密>に留まり、土偶を含めてこの設定全体がヒッチコックが盛んに言っている【マクガフィン】なのである。
世の作者たちは純娯楽映画であっても、否、純娯楽映画だからこそもっともらしく具体的な説明に走ろうとするが、一般的にそれは映画の展開速度を遅くするだけであり、純然たるサスペンスなら弊害にしかならないのだ。
ヒッチコックは「脚本家はマクガフィンという考え方が理解出来ないので、よくもめる」と嘆いている。マクガフィンを理解しないのは、少なからぬ批評家、多くの観客も同じだ。
原題North by Northwestは未だに意味不明であるが、少なくとも正規の英語<北北西Northwest by North>ではない。大統領の顔が彫られた有名なラシュモア山に向う時に使う航空機がノースウェスト航空なのはジョークなのかもしれぬ。
「逃走迷路」の幕切れと似たラシュモア山での挌闘、そして幕切れへの驚くべき省略は、ヒッチコックならではの超絶技巧。
全編【マクガフィン】だらけでこれほど意味がなく、かつ、これほど面白い映画は他にないだろう。
この記事へのコメント
やっぱり忘れてしまう作品でしたか...よかった。
大変勉強になりました。
ではまた。
同じようなコメントだったので笑ってしまいました。物語に全く意味がないのできっと覚えられないのでしょう。そこが「鳥」や「サイコ」などとは違いますね。
>武田さん
TBも相性があるようですね。これに懲りずにまたお越しください。
>用心棒さん
題名自体がジョークなのでしょうが、あれほど大きくNorthwestと出ますと、気になりました。
不思議と細かいところをすぐに忘れてしまうので、新鮮な気持ちで楽しめます。バス停留所の場面はヒッチコック名場面の中でも白眉ですね。
>FROSTさん
最初TBしようとしましたら、メンテ中でした。20日にこちらもメンテがあるそうなので、早めに新記事をアップしようっと。
エヴァ・マリー・セイントはグレース・ケリーのベールに被ったセクシーさとは違う、もっと直に迫る感じで良かったですね。その後出演作品がなかったのは、ヒッチにとっては既に老けていたのかな、なんて思ってしまいます。
なんだかハラハラドキドキさせられっぱなしの作品でした(^o^;
あの歴代大統領の顔の岩山のシーンは幼心によく覚えてましたが、それ以外は全然覚えてなかったことに愕然としちゃいました。
ジェームズ・ボンドばりの大活躍は凄かったです。
この作品は、chibisaruさんだけでなく観た人が内容を忘れる映画です。というのも話に連続性のない、考えかたによっては、非常にシュールな作品だからですね。
ジェームズ・ボンド・シリーズ(初期)は寧ろ、ヒッチコック映画の影響を受けているんです、実際には。
「北北西に進路を取れ」のはこのモンタージュ作品ともいえる映画史で何度も畑を逃げるシーンが章をまたい出登場するし、他に「断崖」「鳥」の映像も何度か。タイトルだけの登場も含めヒッチコック作品はほとんどゴダールは映画史で登場させてると思う。
用心棒さんがたくさんTB下さって、コメントでヒッチコックならオカピーさんにTBお願いしたらって勧めてくださったので、あつかましくもこちらにTBの催促に参りました。
「ゴダールの映画史」は見るほどに凄い濃密で、はまってしまうけれどmいざ語れといわれたら、何をどう語ればいいんだろうと足が止まってしまう。まずはゴダールがいうように映画は見ること!それから感じることができればいいかと、ともかくも感想文書いたのをTBしますね。
「映画史」は一応観ましたし、デジタルビデオに録画してありますが、今は希少価値になったデジタルビデオが壊れたら見られなくなります。
用心棒さんやトムさん、シュエットさんには金を出してもDVDを購入しろ(出ていますよね?)と言われそうですが。
しかし、「映画史」にヒッチコックのコーナーもあったっけ。
僕の記憶も相当いい加減だなあ。^^;
本日はそちらにコメントする余裕がありませんので、
後でお邪魔します。
今日はもう寝ます。
でも、ラストも鮮やかさは鳥肌ものでした!
こんなに楽しませてくれるんですから、文句なしです。
>話の筋
大枠では結構憶えていても詳細は全く忘れてしまうというけったいな作品です。^^
その場を楽しませるのがヒッチコックですから、それで良いと思います。