映画評「めまい」
☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1958年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック第45作。原作はフランスの有名な推理作家コンビ、ボワロー=ナルスジャックの「死者の中から」。
初公開以降長い間TV放映を含めて封印されていたこの作品が、同じく封印されていた「裏窓」「ハリーの災難」「知りすぎていた男」と共に久しぶりにリバイバルされたのは1984年。我々ヒッチコック・ファンには垂涎の的だったわけだが、実際に観ても予想以上に素晴らしく興奮して家路についた。それ以来何度も観ているが、印象は全く変わらない。
サンフランシスコ、高所恐怖症の為警察を辞めた元刑事スコッティ(ジェームズ・スチュワート)が、旧友エルスター(トム・ヘルモア)から毎日外をふらふらする若い妻マデリーン(キム・ノヴァク)の監視を頼まれる。彼女は祖母の霊に憑依されたように奇妙な言動が目立ち、自殺願望が見られるという。
この尾行場面の圧倒的な優美さ。サンフランシスコならではの坂道の効果と右折・左折の繰り返しに酔わされる。マデリーンが自殺を図る金門橋、教会へと続く海岸道路の美しさも目を引く。
高所恐怖症の彼は教会でマデリンの自殺を止めきれずに神経衰弱に陥るが、まともになったと思ったのも束の間マデリーンに似た黒髪の女性ジュディを観たことから再びおかしくなっていく。
ヒッチコックには恋愛映画の要素が多分にあるが、この作品は最も耽美的な趣味が発揮された傑作だと思う。
彼を健気に思い続ける昔のガールフレンドのミッジ(バーバラ・ベル・ゲデス)が実に良いが、彼女を含めた<三人>の女性と一人の男性の恋愛感情の交錯を描いた作品でもあるのだ。
本作の大きな問題としてよく指摘されるのは、後半がスタートして程なくジュディの回想により、<マデリーンの自殺=殺人事件>という秘密を明かしてしまうことだ。これにより二人が同一人物であることも判明するわけだが、ヒッチコックが作りたかったのがミステリーではなくサスペンスであることを考えれば当然の作劇である。
ヒッチコックも述べているように、例えば、観客がスコッティの知らない事実を知ることにより<彼が事実を知ったらどういうことになるか>といったサスペンスが生まれるわけである。「主人公は死姦に夢中になっている」とヒッチコックは言うが、そうした刺激的な言葉はさておいて、事実を知らない彼がジュディをマデリーンそっくりに変えていく場面は男のフェティシズムと恋愛感情が交錯し、たまらなくスリリングである。
同時に、変えられる側の<恋する女性>のデリケートな心理もうまく描き込まれている。演じるキム・ノヴァクも彼女の芸歴の中では圧倒的に良い。グレース・ケリーを彷彿とする金髪時代の洗練された美しさと、ラテン美人のような野生美を発揮する彼女は、グレース、イングリッド・バーグマン、ジョーン・フォンテーンに伍して見劣りしないだろう。
以上、あらゆる面から全く興味の尽きない、正に観客に<めまい>を起こさせる傑作である。「ヒッチコックのベストは?」と訊かれても答えに窮すが、「好きな作品」ならベスト5に入れて良い。
1958年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック第45作。原作はフランスの有名な推理作家コンビ、ボワロー=ナルスジャックの「死者の中から」。
初公開以降長い間TV放映を含めて封印されていたこの作品が、同じく封印されていた「裏窓」「ハリーの災難」「知りすぎていた男」と共に久しぶりにリバイバルされたのは1984年。我々ヒッチコック・ファンには垂涎の的だったわけだが、実際に観ても予想以上に素晴らしく興奮して家路についた。それ以来何度も観ているが、印象は全く変わらない。
サンフランシスコ、高所恐怖症の為警察を辞めた元刑事スコッティ(ジェームズ・スチュワート)が、旧友エルスター(トム・ヘルモア)から毎日外をふらふらする若い妻マデリーン(キム・ノヴァク)の監視を頼まれる。彼女は祖母の霊に憑依されたように奇妙な言動が目立ち、自殺願望が見られるという。
この尾行場面の圧倒的な優美さ。サンフランシスコならではの坂道の効果と右折・左折の繰り返しに酔わされる。マデリーンが自殺を図る金門橋、教会へと続く海岸道路の美しさも目を引く。
高所恐怖症の彼は教会でマデリンの自殺を止めきれずに神経衰弱に陥るが、まともになったと思ったのも束の間マデリーンに似た黒髪の女性ジュディを観たことから再びおかしくなっていく。
ヒッチコックには恋愛映画の要素が多分にあるが、この作品は最も耽美的な趣味が発揮された傑作だと思う。
彼を健気に思い続ける昔のガールフレンドのミッジ(バーバラ・ベル・ゲデス)が実に良いが、彼女を含めた<三人>の女性と一人の男性の恋愛感情の交錯を描いた作品でもあるのだ。
本作の大きな問題としてよく指摘されるのは、後半がスタートして程なくジュディの回想により、<マデリーンの自殺=殺人事件>という秘密を明かしてしまうことだ。これにより二人が同一人物であることも判明するわけだが、ヒッチコックが作りたかったのがミステリーではなくサスペンスであることを考えれば当然の作劇である。
ヒッチコックも述べているように、例えば、観客がスコッティの知らない事実を知ることにより<彼が事実を知ったらどういうことになるか>といったサスペンスが生まれるわけである。「主人公は死姦に夢中になっている」とヒッチコックは言うが、そうした刺激的な言葉はさておいて、事実を知らない彼がジュディをマデリーンそっくりに変えていく場面は男のフェティシズムと恋愛感情が交錯し、たまらなくスリリングである。
同時に、変えられる側の<恋する女性>のデリケートな心理もうまく描き込まれている。演じるキム・ノヴァクも彼女の芸歴の中では圧倒的に良い。グレース・ケリーを彷彿とする金髪時代の洗練された美しさと、ラテン美人のような野生美を発揮する彼女は、グレース、イングリッド・バーグマン、ジョーン・フォンテーンに伍して見劣りしないだろう。
以上、あらゆる面から全く興味の尽きない、正に観客に<めまい>を起こさせる傑作である。「ヒッチコックのベストは?」と訊かれても答えに窮すが、「好きな作品」ならベスト5に入れて良い。
この記事へのコメント
個人的には、ジュディをマデリーンそっくりに変えようとするスコッティを腹立たしく感じました(^^)
ああいう感情って男性特有のもののような気がします。
オカピーさんはどう思いますか?
男性の意見を聞かせてください(^^)
【良い映画を褒める会】の用心棒さんは<サディズム>と表現されていますが、そうかもしれませんね。男性を代表して謝罪申し上げます(笑)。
しかし、特に片思いの場合は、殆どストーカーとばかりに対象を追い続けるという気持ちになりますよね。スコッティのこともちょっと解ってくださいね。
♪好きだよと言えずに初恋は ふりこ細工の心 放課後の校庭を走る君がいた 遠くて僕はいつでも君を探してた♪てな感じですよ。思い出すなあ、30年前。
おっと、話が逸れてしまいましたが、爽やかな初恋も濃密な大人の恋もその点では大して変わらないのではないかなどと・・・
僕は「スクリーン」をいまだにとっています。今年で35年目に入りました。昔は勿論映画スターの顔を見たり名前を覚える為でしたが、いつぞや双葉十三郎氏の映画評から映画の見方を勉強する為の購読となり、現在は資料として利用しています。
男でも男に惚れ、女も女に惚れる。必ずしもホモっ気やレズっ気というわけでもないでしょう。美しいものは美しいのですから。
僕の映画評はクラシックな純然たる映画評なので、余り面白くないのですが、今後とも宜しくお願い致します。
ヒッチコックってやっぱり巨匠だと思いました。
この映画が撮られた頃は、あの手法は決して古くなかったんですよ。カメラをバックさせながらズームアップするという手法をヒッチコックが思いついて<めまい>を表現しましたが、これはスコセッシなどの後輩たちが別の場面で使っています。
ただそうした技術はすぐに古くなります。しかし、この作品の持つトータルの素晴らしさはより輝くでしょう。
キム・ノヴァクばっかり観ていたこの作品ですが、確かにサンフランシスコの景観も秀逸。ビスタビジョンを活かすということなのか、横方向のスペースを意識した画面構成が多用されていたような。
映画館で観た時は本当に色彩が素晴らしくて、圧倒されました。その後数回に及ぶTV放送ではその面がどうも物足りない。
>ヴィスタビジョン
当然横の意識も強くなっていますね。ゴールデンゲイト・ブリッジでの描写とか。
今となっては当たり前なので余り指摘するコメントが見られませんが、トラックバックしながらズームアップすることによるめまいの表現はこの作品が初めてではないでしょうか。それも評価したいですね。
子どもの頃ヒッチコック劇場を毎週見ていて、淀川さん解説なんかの洋画劇場でも何回もヒッチコック作品って子どもの頃に観ていて、馴染みが深すぎて逆におざなりになっている。今シネフィルでヒッチコック特集を毎月2本10ヶ月放映されるから性根入れて観てみようかと思ってます。
でもヒッチコック作品のファンって、ヒッチコックの面白さを分かるのは男性が多いんじゃないかしらって気がするわ。私の性格判断による「根拠のない直感」だけど(笑)
本作とか「裏窓」なんかが好きな作品だわ。
また頑張ってTBもってきま~す!
>作品そのものが「眩暈」
僕も記事の最後にそう書いておりますが、本当に素晴らしい。
これはリバイバル時にどでかいスクリーンで観て色にも魅了されましたね。TVで観ると古臭い色彩なんですが。
>ヒッチコックの面白さを分かるのは男性が多い
恐らくそうですね。
ヒッチコックはお話そのものもさることながら、構成とテクニックが物凄いでしょ。しかし、そういうことに興味を覚える女性はブログなんか拝読していても非常に少ない。
>「裏窓」
も素晴らしい恋愛映画としての側面もあるので、女性にもファンが多いですね。
しかも、満点ですか!
私は後半の彼女の気持ちが切なくて、改めて、この映画はすごいと感服です。
好きなヒッチ映画では「北北西~」「ダイヤルM~」「めまい」は今のところ決定です!
「めまい」は異色の恋愛映画でもあり、何度見てもこの異色ぶりは堪能できますねえ。ヒッチコッキアンのブライアン・デ・パルマがオマージュをささげた「ボディ・ダブル」を作ったのもよく解る傑作だと思います。
僕は「鳥」「海外特派員」「疑惑の影」「北北西」「裏窓」「三十九夜」「バルカン超特急」辺りも好きなので、なかなかベスト3を決めかねますね。
このキム・ノヴァクを使って描かれる、主人公の女への思い入れの仕方は、ヒッチコックが自嘲的に自分の金髪美女への執着を解き明かしたように見えました。
淀川長治先生がこの映画について「あれはキム・ノヴァク、よかったねえ、まああの芝居のできない人がねえ」とおっしゃっていたのを思い出します。
14~15日の大雪の影響でネットが使えない状態でしたが、先ほど復活しました。
レスが遅れたこと、ご容赦ください。
>尾行
個人的にはこのシークエンスが一番好きです。
特にサンフランシスコの坂と車の動きを利用したカメラの素晴らしさ。観ていて胸がワクワクするこういう撮影はありそうでなかなかないものですよね。
>ヒッチコックが自嘲的に
そういう風に捉えることもできそうです。
その意味では「マーニー」のヒロインの髪の色も面白い扱いと思います。
>淀川長治先生
僕も聞いた憶えが・・・ラジオでだったかな。
在京時代に通っていた「映画友の会」は新作の話が中心だったからヒッチの話は聞いていないと思います。
あの尾行のシーンはほんとうにすばらしい、また、キム・ノヴァクがスコティの要望に応えてマデリン風の姿に変わっていくところもスリリングでした。
こういう映画がもう作りにくくなってるんですね。見る側も、映画だと思って楽しむことが昔よりできにくくなっているようですし。
最近、ネット上の一部で「ラスト・タンゴ・イン・パリ」が顰蹙かっていた模様ですが、70年代の頃を記憶している人はかなりいる筈でそれこそ文化人がそれを説明しなければならないと思うのですが、どうもそれはできないらしい。あのせいで「ラスト…」が観られなくなったりしたら、マリア・シュナイダーは代表作が消えることになるのですけどね。そこまでにはならないだろうと思いますが、心配です。
「めまい」は追跡シーンと変身強要のスリルに痺れますね。
映画館で見たら、まさにめまいを起こすなあ。
>「ラスト・タンゴ・イン・パリ」
マリア・シュナイダーは「さすらいの二人」というのもありますけれど、やはり「ラスト・タンゴ」なしに語れませんね。
問題というのはレイプ云々ですか。
勿論レイプは大問題で、それが事実あったとして彼女にとってどの程度の苦痛だったのか解りませんが。
今は、とにかく社会でも映画製作においても過剰に人権が扱われすぎて息苦しいですよね。
映画製作はもっと自由でした。
さて、この映画「めまい」。マデリーン(キム・ノヴァク)にそっくりな女性ジュディが現れる。金髪と黒髪の違いはあるけども。そのあたりから映画にどんどん引き込まれていきますね。そして飛び降りたのがマデリーンかと思ったら・・・。
双葉師匠の採点は75点です。
>ジョンソンにとっては正に天国と地獄!
今から8年前、西宮神社での「福男選び」。ベン・ジョンソン(当時50歳)が優勝して福男に。でも、ドーピング疑惑の声も上がって、西宮神社側が彼にドーピング検査の為の尿提出を求めるかどうか見当した。そんな記事が載ってますね(汗)。
>今日ジョージ・シドニー監督「愛情物語」を見ました。
何度か観ていますが、今回も録画し保存版を作りました。僕が子供の頃昼間も夜もジョージ・シドニーの映画はよく放映されていました。隔世の感あり。
>飛び降りたのがマデリーンかと思ったら・・・。
>双葉師匠の採点は75点です。
市川の崑ちゃん(市川崑監督)はこの部分の早めの種明かしが良くないと述べていますが、ヒッチコックは謎解きミステリーとして作りたくないという意思の表明をしているわけで、それは好き嫌いの問題でしょう。
師匠の評価は厳しい。【ぼくの採点表)では詳しい欠点に触れていないので、☆☆☆☆若しくは☆☆☆☆★ でない理由が、双葉研究に勤しむ僕にも理解できなましぇんTT
>今から8年前、西宮神社での「福男選び」。
ジョークでしょうね^^;
>モーリン・オハラは例によって別居中の妻。
ジョン・ウェインと名コンビですね。
>ロシアになっても変わらず、プーチンから別の人間が大統領になっても変わらないだろう。
中学時代。同級生(女子)が「一人の独裁者の為にたくさんの人たちが犠牲になった」と言う内容の作文を書いて表彰されました。すると同級生(男子)が「そうじゃない!その国の主義・体制・法律などいろいろな要因でああいう事が起きるのだ!」と(その女子がいないところで)批判していました。
>吉川英治の「新・平家物語」を読んでその辺りを十分堪能しました。
頼朝の息子頼家や実朝の最期も悲劇です。
>「素晴らしき哉、人生!」を見ました。
一昨年再鑑賞してUPしてありますので、よろしかったらどうぞ。
https://okapi.at.webry.info/202004/article_23.html
素晴らしき哉、映画!と言うべき作品で、双葉師匠は☆☆☆☆ながら、満足していないことが伺えますね。戦前のキャプラは断トツの傑作というのが幾つもありますので、そういう結果になったのでしょう。僕も賛同するしかないと思いましたね。
但し、キャプラの作品では、アメリカでは一番人気です。
>「そうじゃない!その国の主義・体制・法律などいろいろな要因でああいう事が起きるのだ!」
確かに、国家というものは複雑ですよ。
残念ながら、日本にも独裁的な政権ができる余地がまだありますね。安倍政権以降に作られた法律にそれをしやすくしそうな余地を残したものがチラホラあります。まだ時間的余裕はありますが、一番国民が賛同している憲法の緊急事態条項もそうですね。議員の任期を伸ばすくらいは問題ないと思いますけど。僕は、9条よりそちらのほうを心配しております。
法律を作る人間は“そんなことをしない”と言いますが、そんなものは当てにならない。すぐに起きないにしても、何十年後のことなど誰にも解りません。そういう余地を残す法律を通してはいけないのですが。