映画評「鳥」
☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1963年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック長編第48作。
彼の作品で一番観た回数が多いのはこの作品である。ヒッチコック・ファンならずとも物語のあらましはご存知だろう。
ストーリーは単純明解で、サンフランシスコから100kmほど離れたボデガ湾で鳥の大軍が人を襲い、取り残されたミッチ(ロッド・テイラー)一家(母と娘)と彼に興味を覚えたが為に事件に巻き込まれるヒロイン、メラニー(ティッピ・ヘドレン)が何とか鳥に囲まれた湾から逃げ出す。
ネタの元になったのは「レベッカ」の原作者として知られるダフネ・デュ=モーリアの短編であるが、例によって着想だけ戴いて後は勝手に作り上げている。
まず、鳥が人間を襲うという発想が断然優れ、それも猛禽類ではなく、一般的な中小型の留鳥とした点が振り子の原理で恐怖の大きさを演出する。
この異常事態が本格化するまでヒッチコックは50分とたっぷり時間を掛けているが、何度も観てくると、環境説明と伏線にあてた最初の25分(メラニーが初めてカモメの一撃を食らう瞬間まで)が実は一番面白い。
タイトルが終ってすぐにメラニーは鳥の大群を見る。犬を連れたヒッチコック御大とすれ違って入ったのは小鳥店。
まず、彼女がお客として入ってきたミッチに店員のふりをして逆に騙される時の台詞「君も金ピカの鳥籠に戻してやろうか、メラニー・ダニエルズ」が素晴らしい。彼女が上流階級の出身であることを示すばかりか、1時間後に彼女は電話ボックスに閉じ込められる伏線ともなるのだが、この時電話ボックスが<人間用鳥籠>となる皮肉が強烈である。
英語が理解出来ると面白い台詞(脚本は小説家としても知名度の高いエヴァン・ハンター)が多い。例えば、鳥を鳥籠に入れる理由を「種(feather)の保存」とメラニーが答えると、ミッチが「羽(feather)の生え替り時が大変だ」とジョークで返すが、字幕では可笑しさが伝わらない。ボタンインコ(lovebird)が全編に渡り重要な役を果たすが、<lovebird(恋人の俗語)>だから意味があるのであり、字幕の<インコ>では意味を成さない。
次の25分は2、3度鳥が小出しに扱われるだけという「嵐の前の静けさ」的に推移、そしてその後怒涛の1時間10分が始まる。その強弱の巧さ。
メラニーが校庭でミッチの妹を待っているとジャングルジムにカラスがどっと押し寄せる、という場面がハイライト(編集の素晴らしさは言葉では説明しにくい)であり、次に素晴らしいのはガソリンスタンドの火災を捉えた鳥の視点によるロングショットである。ヒッチ自身は次のカットへの準備と言うが、自ずと神の視点にもなり、どこか人間喜劇的な様相を帯びてくる。忍び足で湾を去る幕切れではヒッチコックの皮肉な笑いが見えるほどである。
結局鳥が襲ってきた理由は誰にも分からないというのが広がりと奥行きを生み出す。作品全体がマクガフィン(仕掛け)と言うべきや。
マクガフィンとは「意味のない仕掛け」という意味に解されることが多いが、ヒッチコックの場合は寧ろ「仕掛けに意味を与えない」と解した方が良い場合が多い。
最後に、CGに見慣れた現在の若者にはカラスが生徒を襲う場面の特殊撮影に不満を覚えるだろうが、僕は手作りのアナログの素晴らしさを感じる。
CGは、動きのあるものに関して未だに不完全であるだけでなく、<打ち出の小槌>と信ずる浅はかな監督と撮影監督を怠惰にする。アナログ的な創意工夫なくして、「鳥」のようなエモーション(ヒッチコックの好きな言葉)のある芸術的娯楽作品が作れるはずもない。それがCGが席巻している映画界の現状である。
1963年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック長編第48作。
彼の作品で一番観た回数が多いのはこの作品である。ヒッチコック・ファンならずとも物語のあらましはご存知だろう。
ストーリーは単純明解で、サンフランシスコから100kmほど離れたボデガ湾で鳥の大軍が人を襲い、取り残されたミッチ(ロッド・テイラー)一家(母と娘)と彼に興味を覚えたが為に事件に巻き込まれるヒロイン、メラニー(ティッピ・ヘドレン)が何とか鳥に囲まれた湾から逃げ出す。
ネタの元になったのは「レベッカ」の原作者として知られるダフネ・デュ=モーリアの短編であるが、例によって着想だけ戴いて後は勝手に作り上げている。
まず、鳥が人間を襲うという発想が断然優れ、それも猛禽類ではなく、一般的な中小型の留鳥とした点が振り子の原理で恐怖の大きさを演出する。
この異常事態が本格化するまでヒッチコックは50分とたっぷり時間を掛けているが、何度も観てくると、環境説明と伏線にあてた最初の25分(メラニーが初めてカモメの一撃を食らう瞬間まで)が実は一番面白い。
タイトルが終ってすぐにメラニーは鳥の大群を見る。犬を連れたヒッチコック御大とすれ違って入ったのは小鳥店。
まず、彼女がお客として入ってきたミッチに店員のふりをして逆に騙される時の台詞「君も金ピカの鳥籠に戻してやろうか、メラニー・ダニエルズ」が素晴らしい。彼女が上流階級の出身であることを示すばかりか、1時間後に彼女は電話ボックスに閉じ込められる伏線ともなるのだが、この時電話ボックスが<人間用鳥籠>となる皮肉が強烈である。
英語が理解出来ると面白い台詞(脚本は小説家としても知名度の高いエヴァン・ハンター)が多い。例えば、鳥を鳥籠に入れる理由を「種(feather)の保存」とメラニーが答えると、ミッチが「羽(feather)の生え替り時が大変だ」とジョークで返すが、字幕では可笑しさが伝わらない。ボタンインコ(lovebird)が全編に渡り重要な役を果たすが、<lovebird(恋人の俗語)>だから意味があるのであり、字幕の<インコ>では意味を成さない。
次の25分は2、3度鳥が小出しに扱われるだけという「嵐の前の静けさ」的に推移、そしてその後怒涛の1時間10分が始まる。その強弱の巧さ。
メラニーが校庭でミッチの妹を待っているとジャングルジムにカラスがどっと押し寄せる、という場面がハイライト(編集の素晴らしさは言葉では説明しにくい)であり、次に素晴らしいのはガソリンスタンドの火災を捉えた鳥の視点によるロングショットである。ヒッチ自身は次のカットへの準備と言うが、自ずと神の視点にもなり、どこか人間喜劇的な様相を帯びてくる。忍び足で湾を去る幕切れではヒッチコックの皮肉な笑いが見えるほどである。
結局鳥が襲ってきた理由は誰にも分からないというのが広がりと奥行きを生み出す。作品全体がマクガフィン(仕掛け)と言うべきや。
マクガフィンとは「意味のない仕掛け」という意味に解されることが多いが、ヒッチコックの場合は寧ろ「仕掛けに意味を与えない」と解した方が良い場合が多い。
最後に、CGに見慣れた現在の若者にはカラスが生徒を襲う場面の特殊撮影に不満を覚えるだろうが、僕は手作りのアナログの素晴らしさを感じる。
CGは、動きのあるものに関して未だに不完全であるだけでなく、<打ち出の小槌>と信ずる浅はかな監督と撮影監督を怠惰にする。アナログ的な創意工夫なくして、「鳥」のようなエモーション(ヒッチコックの好きな言葉)のある芸術的娯楽作品が作れるはずもない。それがCGが席巻している映画界の現状である。
この記事へのコメント
「鳥」ってこんなに面白かったのか、と観たあとにしみじみ思いました。
最近、鳥のフン害を受けました。
肩だったのとジャケットの色が似ていたので拭いてそのまま会社に行きました。でも絶対に狙っているという気が...・笑。
脅威の更新のオカピーさんなら、1000本までいくのもあっという間のような気がします(^^)
字幕で面白さが伝わらないのは残念ですね。
冗談を訳すのは難しいとは思いますが、ここで翻訳者さんのセンスが問われるところだと思います。
もうちょっと思い切った訳をつけてもいいですよね。
どうも有難うございます。
「フン害に憤慨」なんて親父ギャグはさておいて、鳥は緑色には気づきにくいようですよ。私の車は緑のカバーをしている時は殆どフン害はありませんが、外すとかなりの確率で落とされます。因みに白い車。
実は鳥を見るのも好きでして、「WATARIDORI」も感激した口ですが、最近は鳥インフルエンザが怖いです。
>カカトさん
有難うございます。
1000本は今年中の目標と致します。
英語の駄洒落は字幕でなくとも難しいですね。偶然うまく行く場合もありますが。「鳥」の台詞が面白いのは、全て鳥にかこつけてある点。最初の25分であの映画の全てが含まれていると思います。「裏窓」もそうでしたね。
「WATARIDORI」...あ~、これですか、噂には聞いたことがあります。
これからも楽しみにしています。
私は子供の頃この映画を見て、鶏小屋に入れなくなりました。
今でもちょっと怖いです。
CGより遥かに凄いと最近思った映画は、「WATARIDORI」と「ディープ・ブルー」です。共に自然ドキュメンタリー。
かよちーのさんの趣味はまだ掴みかねていませんが、自然が好きならまず満足するでしょう。
>みのりさん
どうも有難うございます。先日のみのりさんのコメントで俄然やる気が出ました。
何回も観ているとこんな怖い映画に対しても「怖い」というコメントが出てこなくなります。そういう意味では若い人には共感しにくい映画評だなあと我ながら思います。
確かにアレはすごいですね!どうやって撮ったのかが気になるところです。
私が見た字幕では、ラブバードはラブバードになってました。恋人の俗語かどうかまではわかりませんでしたが、きっと仲のいい鳥なんだろうなぁなんて思いながら見ていた(^^;
ミッチの台詞の「金ぴかの鳥かご」が伏線だったのは、この記事を読むまで気がつきませんでした。なるほど・・・だからあの電話ボックスだったんですねぇ・・・。
相変わらず、鳥が人を襲う映画だろうくらいの認識しか持たずに見たので(←素直でしょw)、目玉のない死体を見た時には、ひっくり返りそうなくらいびっくりしました(@_@;)
そこから先は、おっかなびっくりビビリまくってしまった。
ジャングル・ジムのシーンは、あぁ、一羽・あ、二羽になった・・あ、もっと増えた・・・ほら早く気がついて、あぁ、早く逃げて、どっひーーーーーー!めちゃんこいる・・・とヒタヒタと忍び寄る恐怖にどっぷりです。
ほんと、子供の頃に見なくてよかったと実感しちゃいました。
CGじゃないからこそ、リアリティのあるスゴイ作品だと感じました。
子供の時から何度も観ています、この作品。何度も観ていると、細かいところばかり気にしますが、本当によく出来ています。全て鳥に絡めた台詞が抜群でした。
ジャングル・ジムの場面は映画史に残る名場面。
傑作中の傑作。細かく観れば観るほど面白くなってきます。
これだけ何度も観ると、怖い云々を超えて、鳥かごといんこ(ラブバード)をめぐるユーモアに脱帽しまくっているわけであります。
ジャンルとしては動物パニックものになりますが、ヒッチコックが作るとこんなに洗練された映画に仕上がってしまう。オカピーさんも10点つけておられますが、映画としては最高ですよね。見直すと、人間模様も鮮やかに描かれていることに気づかされました。
>動物パニックもの・・・洗練された
サスペンス醸成の鮮やかさは言うまでもなく、やはり基本となる人間描写がしっかりしているからでしょう。しかも型通りにはならない。
本文でも書いたように、英語で聞いていると台詞も相当面白いんですよね。
この映画はとにかく怖かったです!絶望的なラストも。現在の世界(新型コロナウィルス)にも通じるものがあるのでは?
>「裸のランナー」が正しい邦題で、フランク・シナトラが主演
ぜひ見たいです。BSかシネフィルWOWOWで放映して欲しいです。
>単に有能な秘書として評価している
仕事の枠を超えて恋愛や結婚までに至る。現代はオフィスラブは出来にくい時代です。下手に告白すると訴えられるかも知れません(苦笑)。
>この映画はとにかく怖かったです!絶望的なラストも。
>現在の世界(新型コロナウィルス)にも通じるものがあるのでは?
中学から大学を卒業するまでに4,5回観たでしょう。ただし、全部不完全版だったかもしれません。この時代はとにかく怖さを味わう為に観ていましたね。
卒業してから数回原語完全版を観て、次第にその作り方の巧さ、台詞の面白さに注視するようになりました。
理由が解らないのがこの作品の恐怖の根源でしょう。
>現代はオフィスラブは出来にくい時代です。
>下手に告白すると訴えられるかも知れません(苦笑)。
人権意識が、人口減を招くかもしれませんね^^;
アマゾンプライムは、字幕はいいですね。「ミュンヘン」もDVDよりは日本語字幕がよかった。
この映画は何度見ても、いろいろ発見というか、映画の楽しさ、ヒッチコックの匠の技が分って、それがよろこびにつながります。
オカピ―さんがおっしゃっているように、映画の特撮はこのころがいちばんいいですよね。観る側の想像力を賦活させるんですよ。
>この映画は何度見ても、いろいろ発見
その時のコンディションによって気付くところが違ったりして、それがまた面白いんですよねえ。
>映画の特撮はこのころがいちばんいいですよね。観る側の想像力を賦活させるんですよ。
SFXは足りないところがあるから、却って楽しいわけですね。