映画評「裏窓」

☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1954年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり

アルフレッド・ヒッチコック第40作。
 第41作「泥棒成金」は飛ばしたのではなく、以前簡単に記したのでそちらをご参考戴きたく。
 「裏窓」は、今では想像もつかないだろうが、1984年にリバイバルされるまで日本人が29年間観ることが出来ない幻の名作だった。原作は傑作推理小説「幻の女」の作者ウィリアム・アイリッシュがコーネル・ウールリッチ名義で書いた短編小説だが、基本設定以外は大幅に改変されているらしい。

事故でギプスを嵌められ自室から出られなくなった報道カメラマン、ジェームズ・スチュアートは中庭を挟んだ向かい側のアパートを眺めて時間潰しをしている日々。看護婦セルマ・リッターや結婚を迫ってくるのがうっとうしい恋人グレース・ケリーが訪れた時に退屈を紛わすも長続きしない。
 30分間こうしたモラトリアムな場面が続くのだが、ここにこそ本作のエッセンスがあるので、ゆめゆめ気を緩めること勿れ。

この間住人達の種々な生活がパントマイムの如く展開するわけだが、殆どに愛と夢が絡んでいる、妻の看護に疲れたセールスマン、レイモンド・バーを除いて。「海外特派員」の風車のようにバーだけが違うのである。
 ここを起点としてサスペンス満点の70分がいよいよ始まる。

ジミーは彼が真夜中にバッグを持って何度も外へ出て行き、次の日包丁とノコギリを片づけているのを目撃し、その日から妻が姿を見えないことに気付く。彼の話をきいたグレースもセルマも「すは、バラバラ事件」と思うが、戦友の刑事ウェンデル・コリーは全く信じない。
 そこで動けない彼は証拠を掴むべく、二人の女性を調査に向かわせるが、そこへ電話で誘い出しておいたバーが戻って来る、という場面もヒッチコックのお手並みが鮮やかで肝を潰し、さらにジミーの存在に気付いたバーが部屋に迫って来る場面では音響が見事にサスペンスを醸成する。

そこでジミーがどう対処するかは言わぬが花だが、「全くうまいものだなあ」と感心する間もなく、素晴らしい幕切れを迎える。
 彼のギプスが一本から二本に増えているのである。もはやゲラゲラと笑うほかないです。

本作は非常に完成度が高い上に実験性にも富んでいて、まず、主人公が外へ一歩も出られない設定に即してカメラを部屋に据え置く、というアイデアの効果について述べねばならない。
 ヒッチコックと対談したトリュフォーが「映画を観るのも一種の覗き行為である」と言っていたような記憶があるが、正にその通りで、この映画において観客は殆どジミーと同じ視点で向こう側のアパートを眺めることになり、結果的にスリルもサスペンスも倍増する。

次に、愛と結婚が全体のモチーフになっていて、これが実に面白い。向こう側の住民は何らかの形で愛の様態を示し、当然、結婚したいグレースと結婚したくないジミーの心情に微妙に影響を与えていく。
 殊勲の第一は脚本を書いたジョン・マイケル・ヘイズで、感心してもし切れないほど見事。
 例えば、グレースがとんでもない冒険に乗り出しジミーをヒヤヒヤさせる場面。これは序盤で「君みたいなお嬢さんには冒険なんぞできるはずがない」というジミーの批判に対応するものであるし、彼女が殺人の証拠となる結婚指輪を指に嵌めてジミーに見せる場面は結婚を迫る暗示でもあり、二人が左右対称に横たわるラストシーンは彼のギブアップを示している、といったようにエルンスト・ルビッチの映画でもかくやと思わせる恋愛喜劇としての面白さ、上手さなのである。
 女性達が外に出た時に感じる隔靴掻痒の思いがギプスをしていることによる文字通りの隔靴掻痒とダブる辺りも誠に巧い。

配役陣では、ご贔屓ジミー・スチュアートも素晴らしいが、グレース・ケリーのエレガントな美しさに圧倒される。上品なだけでなく、内面的なセクシーさが爆発、マリリン・モンローなんかぶっ飛ぶね(ファンの皆様、ご免なさい)。

この記事へのコメント

カカト
2006年03月25日 16:37
私が初めてヒッチコックを観たのはこの「裏窓」でした。
小学生の頃だったので怖くてたまらず、途中で観るのを止めてしまったのを憶えています。
でも「裏窓から他人の生活をのぞく」というシチュエーションにとてもゾクゾクしました。
オカピー
2006年03月26日 00:37
カカトさん、こんばんは。
日曜日にヒッチコックを掲載することにしていましたが、「ダイヤルMを廻せ」と立て続けに観たので、連日掲載と致します。
ヒッチコックのユーモアににやにやしながら観てしまうので、大人は余り恐怖を感じないかもしれませんが、バラバラ事件も怖ければ、レイモンド・バーのあの表情も怖い。あんな瞬間には出会いたくないものです。
chibisaru
2006年03月26日 01:19
こういう映画を名作と言うんだと自覚した作品でした。
新旧に関わらず良いものは良い。
本当に素晴しいと思います。文句ナシ(笑)
私が多くを語るよりも、作品をみればその良さがわかるでしょうって感じでした←レビュー書くのをサボったわけじゃないと言いたい(笑)
かよちーの
2006年03月26日 13:03
TBありがとうございます。
グレース・ケリーがどうみても結婚したあとが想像出来ないキャラだな~と思うくらいハマった作品かもしれません。
オカピー
2006年03月26日 15:37
>chibisaruさん
こんにちは。
僕は、話の展開に応じて分析を進めるという形を取るタイプなので、殆どネタバレしてしまいますね。さすがに本格ミステリーの犯人やどんでん返しのネタそのものはばらしませんが、色々書いてしまいます。ここを訪れるような奇特な人は勿論観た方ばかりでしょうから、安心していますけど(笑)。
観れば観るほど巧いですね。22年前に何故か横浜で観た時に、「どこが面白いん?」と捨て台詞を言って20分くらいのところで出て行ったカップルもいましたが、勿体ないですねえ。

>かよちーのさん
こちらこそいつも有難うございます。
なんだかんだ言って結局は<かかあ天下>です。だって、最後に手にするのはファッション雑誌ですもん。
2006年03月27日 19:18
おくれました。早速TB入れ直しますね。日曜日はヒッチ曜日ですね。
かよちーの
2006年03月28日 00:23
横レスですみませんが用心棒さんうまいです♪
オカピー
2006年03月28日 01:16
>用心棒さん
かよちーのさんに先を越されましたが、うまいです♪
ヒッチ曜日かあ、思いつかなんだ。

>かよちーのさん
コメント大歓迎、何でもOKです♪
N_ardis
2006年05月07日 19:16
オカピーさま、拙ウェブログへのコメントありがとうございました。

これからも参考にさせてもらいます。
また、ヒッチコックの4作品をトラックバックさせてもらいます。
オカピー
2006年05月08日 13:59
N_ardisさん、こんばんは。
ちょっと勇み足でしたが、今後とも宜しくお願い致します。
「裏窓」は見事な恋愛映画と思います。
N_ardis
2006年05月08日 18:54
いえいえ、こちらが書き足りていないだけのことですので・・・。

>見事な恋愛映画
このような確固とした見方をできるようになりたいものです。ではでは。
オカピー
2006年05月09日 00:25
N_ardisさん、こんばんは。
>見事な恋愛映画
勿論スリラーなんですけどね。サスペンスと恋愛模様が互いに有機的に作用しあっているから、詰め込んでいる印象がありません。ヒッチも上手いですが、脚本が本当に上手いです。
2010年10月23日 22:18
こんばんは。
映画館でグレース・ケリーさんを見て、それだけでも満足です。
しかも、キスシーンで登場するなんて! ジミーうらやましい役得っ!
『マリリン「なんか」』というのは、ちょっと引っかかります。(笑)
私はマリリンはセクシーというより可愛いと思っていますしね。比べられません。
オカピー
2010年10月24日 00:33
ボーさん、こんばんは。

>グレース・ケリー
僕はオードリー・へプバーン以外は金髪好きなんです。^^

>なんか
レトリックなんで許して下さいねえ。^^
僕もMMは可愛いと思っているんで、そういう面を強調しようとした写真は余り好きじゃないです。
十瑠
2011年01月22日 16:09
基本的に余所様の古い記事にはこちらからはTBしないという方針で、これは相手側の記憶が薄れているだろうとの推測からですが、この作品にはそういう心配は無用でしょうし、久々に書いた映画記事なので送らせていただきました。

時にジミーさん、46歳。グレイス・ケリー25歳。
親子ほどの年齢差のカップルって、彼方の映画には多いですよねぇ。
オカピー
2011年01月22日 16:21
十瑠さん、こんにちは。

>余所様の古い記事にはこちらからはTBしないという方針
おおっ、そういう配慮だったのですか!
なるほど、十瑠さんは大人ですねえ。
僕が、配慮するとすれば、こちらが否定的なコメントをしていて、先方が絶賛している場合で、かつ素直そうな方(笑)の場合はTBをしないことが多いですね。

>時にジミーさん、46歳。グレイス・ケリー25歳。
日本人がやると男がスケベっぽく感じられる。その点お洒落な西洋人がやると見事にはまりますよね。
ホークアイ
2011年12月30日 18:06
初めまして。四十路前の鋳物職人、ホークアイと申します。今日オカピーさんのブログと出逢いまして、駄文ながらコメントをさせて戴きます。
裏窓、偶々再見したばかりなのですが、芸術性と娯楽性ともに最高の傑作ですよね♪カメラが部屋から出ない実験的な演出、ジミーが着替えられない必然性、その二つの理由からグレースをモードに何度も装わせる。なんて洒落た時間経過の表現なんでしょう。
また物語の終盤、バルカン超特急の批評で書かれている省略の芸術性、この作品でも手際の良さが際立っていますよね。
映画熱・ヒッチ熱が再燃していた今、オカピーさんに出逢えた幸運を感謝しつつ、未見の作品を観るガイドとさせて戴きます。
オカピー
2011年12月30日 22:21
ホークアイさん、初めまして。

勿論仰る通りですが、この傑作が20年以上全く見られなかったというのだから、勿体ないことをしましたね。

>省略
今の映画の多くが忘れているのが本当の意味での省略です。
観客の想像力を喚起し、余韻を生み出すのが省略ですね。

一部の作品はちょっと手を抜いていますが、参考になると良いと思います。
ホークアイ
2011年12月30日 22:54
何かと忙しい年の瀬に早々のお返事、有り難うございます~。
20年以上…ほんと考えられませんね。今は何時でも観られるけれど、良い時代になったとは言い難いような…。
省略は教授の仰る通りだと思います。昨今の映画は全てを語り過ぎて、取りつくしまがない(笑)観客は皆、置いていかれてますね。
今日は教授のブログとの素敵な出逢いで、すこぶるハッピーです♪早速ですが、未見の『ハリーの災難』を今から観ます。楽しみ~♪
教授、これから宜しくお願いしますね(^-^)
オカピー
2011年12月31日 20:34
ホークアイさん

コメント有難うございます。
それほど大したものではございませんが、宜しくお付き合いください。

>『ハリーの災難』
ちょっとひと癖ある作品なので、どうお思いになるか楽しみしております。

この記事へのトラックバック

  • 裏窓 [RENTAL]

    Excerpt: 季節は夏、カメラマンのジェフリーはレースの撮影中、事故に巻き込まれて足を骨折した。彼には美しい恋人がいる。彼が住むアパートの窓から正面と左右にアパート、その隙間から通りが少しだけ見える。アルフレッド・.. Weblog: ソウウツおかげでFLASHBACK現象 racked: 2006-03-25 16:03
  • #216 裏窓

    Excerpt: 製作:アルフレッド・ヒッチコック 監督:アルフレッド・ヒッチコック 原作者:コーネル ウールリッチ 脚本:ジョン マイケル ヘイズ 出演者:ジェームス・スチュアート 、グレース・ケリー 、レイ.. Weblog: 風に吹かれて-Blowin' in the Wind- racked: 2006-03-26 01:14
  • 裏窓

    Excerpt: ヒッチコック監督作品。  ホラーでもなく、パニック・アクションでもなく、一滴の Weblog: 雨の日の日曜日は・・・ racked: 2006-03-26 10:38
  • 裏窓

    Excerpt: 裏窓 ++story+++ 報道カメラマンのジェフ(ジェームズ・スチュアート)は、怪我で車椅子の生活をしていて動けない。 その暇つぶしに裏のアパートの観察を始めるのだが...。 ++++++++ .. Weblog: cino racked: 2006-03-26 12:57
  • 「裏窓」

    Excerpt: 「裏窓」(Rear Window) 1954年アメリカ 監督 アルフレッド・ヒッチコック 出演 ジェームズ・スチュアート    グレイス・ケリー あらすじ  足を骨折し車椅子生活を強いられているカ.. Weblog: 私が観た映画 racked: 2006-03-26 16:01
  • 『裏窓』(1954)犯罪である覗きも、ハリウッド・スターがやると変態行為にすら見えない。ネタバレあり

    Excerpt: ヒッチコック監督がついに最高の女優を手に入れました。彼女の名前は後のモナコ公国王妃となるグレース・ケリー。歴代ハリウッド女優の中でも、最大級のアイコンを使って撮った作品である。ヒッチ先生が最も好むブロ.. Weblog: 良い映画を褒める会。 racked: 2006-03-27 19:19
  • 裏窓 1954年/アメリカ【DVD観賞61】

    Excerpt: 中年夫婦の妻が姿を消すまでは、「裏のアパートの世界」はジェフとは全く関係がないわけで、その意味ではテレビを見ているのと同じ。セクシーな美女を眺めてニヤついてみたり、寂しい独身女にちょっと同情してみたり.. Weblog: オールド・ムービー・パラダイス! racked: 2006-03-28 01:20
  • 裏窓 (1954)

    Excerpt: 裏窓 (1954) REAR WINDOW ウールリッチの小説を大幅に脚色し、ヒッチコックが技巧の極みを尽くした傑作サスペンス。 主演は、ジェームズ・スチュワートとヒッチコックが最も愛した女優グレイス.. Weblog: 碧色の小世界-プログ racked: 2006-04-03 19:39
  • 「裏窓」

    Excerpt: 「裏窓」(1955年、アメリカ、映画)      監督 アルフレッド・ヒッチコッ Weblog: N_ardis racked: 2006-05-07 19:14
  • 『裏窓』|カメラの視点に関するトンデモ解釈

    Excerpt: 内田樹先生の「映画の構造分析」に 『裏窓』の視点における考察が述べられていた。 この映画のほとんどのカメラワークが、 足を骨折して動けないジェフ (ジェームス・スチュワート)の視点から 描かれて.. Weblog: 23:30の雑記帳 racked: 2010-08-25 23:34
  • 「裏窓」

    Excerpt: のちにモナコ王妃となって映画界を引退した、グレース・ケリーの美しさ。 Weblog: 或る日の出来事 racked: 2010-10-23 22:12
  • 裏窓

    Excerpt: 設定上のエクスキューズを先に説明している点がある意味で「律儀」。主人公がカメラマンだったり、女がブティック関係者だったりという設定は、演出に必要な小道具のために決められているようだ。そのおかげで、窓が.. Weblog: 映鍵(ei_ken) racked: 2010-12-26 17:36
  • 裏窓

    Excerpt: (1954/アルフレッド・ヒッチコック監督・製作/ジェームズ・スチュワート、グレイス・ケリー、セルマ・リッター、レイモンド・バー、ウェンデル・コーリイ/113分) Weblog: テアトル十瑠 racked: 2011-01-22 16:00
  • 映画評「殺しのドレス」

    Excerpt: ☆☆☆★(7点/10点満点中) 1980年アメリカ映画 監督ブライアン・デ・パルマ ネタバレあり Weblog: プロフェッサー・オカピーの部屋[別館] racked: 2016-06-27 09:58