映画評「ダイヤルMを廻せ!」
☆☆☆☆★(9点/10点満点中)
1954年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレだらけ、未見の人は読むのを避けたほうがよござんす
アルフレッド・ヒッチコック第39作。
フレデリック・ノットの舞台劇を映画化した推理ドラマであるが、いかに真相が解明されるかが焦点となる<倒叙もの>だから、ミステリー嫌いのヒッチコックも映画化を引き受け、自ら脚色している(クレジットはされていない)。
文無しになった元テニス選手レイ・ミランドが、金持ちの妻グレース・ケリーがアメリカの推理作家ロバート・カミングスと宜しい仲になっているのを知り、離婚される前に財産(遺産)を戴く完全犯罪を用意周到に計画、刑務所帰りで困っている学生時代の先輩アンソニー・ドースンを犯行を引き受けざるを得ない状況に持っていく。
ここまでの30分が実はこの作品で一番面白い部分なのではないかと思う。濃厚なキス場面による人物紹介、ミランドが先輩のドースンを巧みに完全犯罪に引き込む用意周到ぶりとその話術の見事さ。彼が犯罪の概要を説明する段になるとカメラは俯瞰になり、推理小説でよく見られる家の見取り図の役目を果たす。ヒッチコックの演出がノットの舞台劇の持つ面白さを十二分に出し誠に見事。
中盤では、腕時計が止まったことでミランドの計画に大きな破綻を生じることになるのだが、ここで上手いのは、ドースンの侵入の描写をグレースの寝室のカット・インにより中断させたことにある。ここで観客に対する鍵のトリックはごく自然に成立、実に鮮やかと言うべし。
ところが、挫折しかけたミランドは天性の犯罪者で、完全犯罪を全く別の方向へ持っていくことに成功してしまう。
詳細は避けるが、グレースの着ている衣装が華やかなものから徐々に地味なものに変っていくという演出が、彼女の人生の浮沈を象徴していることにも注目したい。
厳格なヒッチコック・ファンに不満が生じるとしたら、舞台劇の映画化ということに伴う、言葉による説明の多さであろう。映画を原理主義的に捉えればヒッチコックらしくないということになるが、舞台劇の持つ面白さを映画に移す、というのが作品の狙いと理解すれば、それほど厳格に批判しても面白くない。
ヒッチコック自身の気に入っていない作品らしいが、それは舞台劇の完成度が高い故に余りいじる部分がなかったということであろう。彼の映画を作る楽しみは、原作や一つのネタから全く違うものを生み出すことにあるからだ。
もう一つ。推理ものとして内容を検討しているうちに気付いたのだが、警察の初動捜査能力がそれほど低くない限り鍵のトリックは成立しない可能性がある。
配役では、ヒッチコック映画のグレース・ケリーには文句の付けようがなく、レイ・ミランド、刑事のジョン・ウィリアムズ(勿論「スター・ウォーズ」の作曲家とは同名異人)も上手い。
1954年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレだらけ、未見の人は読むのを避けたほうがよござんす
アルフレッド・ヒッチコック第39作。
フレデリック・ノットの舞台劇を映画化した推理ドラマであるが、いかに真相が解明されるかが焦点となる<倒叙もの>だから、ミステリー嫌いのヒッチコックも映画化を引き受け、自ら脚色している(クレジットはされていない)。
文無しになった元テニス選手レイ・ミランドが、金持ちの妻グレース・ケリーがアメリカの推理作家ロバート・カミングスと宜しい仲になっているのを知り、離婚される前に財産(遺産)を戴く完全犯罪を用意周到に計画、刑務所帰りで困っている学生時代の先輩アンソニー・ドースンを犯行を引き受けざるを得ない状況に持っていく。
ここまでの30分が実はこの作品で一番面白い部分なのではないかと思う。濃厚なキス場面による人物紹介、ミランドが先輩のドースンを巧みに完全犯罪に引き込む用意周到ぶりとその話術の見事さ。彼が犯罪の概要を説明する段になるとカメラは俯瞰になり、推理小説でよく見られる家の見取り図の役目を果たす。ヒッチコックの演出がノットの舞台劇の持つ面白さを十二分に出し誠に見事。
中盤では、腕時計が止まったことでミランドの計画に大きな破綻を生じることになるのだが、ここで上手いのは、ドースンの侵入の描写をグレースの寝室のカット・インにより中断させたことにある。ここで観客に対する鍵のトリックはごく自然に成立、実に鮮やかと言うべし。
ところが、挫折しかけたミランドは天性の犯罪者で、完全犯罪を全く別の方向へ持っていくことに成功してしまう。
詳細は避けるが、グレースの着ている衣装が華やかなものから徐々に地味なものに変っていくという演出が、彼女の人生の浮沈を象徴していることにも注目したい。
厳格なヒッチコック・ファンに不満が生じるとしたら、舞台劇の映画化ということに伴う、言葉による説明の多さであろう。映画を原理主義的に捉えればヒッチコックらしくないということになるが、舞台劇の持つ面白さを映画に移す、というのが作品の狙いと理解すれば、それほど厳格に批判しても面白くない。
ヒッチコック自身の気に入っていない作品らしいが、それは舞台劇の完成度が高い故に余りいじる部分がなかったということであろう。彼の映画を作る楽しみは、原作や一つのネタから全く違うものを生み出すことにあるからだ。
もう一つ。推理ものとして内容を検討しているうちに気付いたのだが、警察の初動捜査能力がそれほど低くない限り鍵のトリックは成立しない可能性がある。
配役では、ヒッチコック映画のグレース・ケリーには文句の付けようがなく、レイ・ミランド、刑事のジョン・ウィリアムズ(勿論「スター・ウォーズ」の作曲家とは同名異人)も上手い。
この記事へのコメント
知りませんでした。
また改めて観たくなりました(^^)
>グレース・ケリーの衣装
カラーになってからヒッチコックは色にかなり拘っていたようです。「マーニー」の髪の色など。
所有ビデオで観たばかりですが、画質が今ひとつなのでDVDで欲しいなあなどと思っております。
「記憶の扉」への淀川センセのレヴューです。淀川センセとは全く相反する好みの作品もあるのですが本作だけはセンセ、誉めてます。(笑)ところで「マレーナ」も「パラダイス」の記事も見つけられないので好きな「ダイヤルM~」にオジャマしましたのにはワケがあります。何度再見しても本作のシーンに「解せない」ところが。女性があの姿勢と角度でハサミで、あないに簡単に男を殺せるものでしょうや?穿った見方をすれば「絵的に」「美的に」撮ると、ああなる、ということでしょうか?もしかして言い古された疑問ですか?
今日はヒッチコックだけで4件もコメントが・・・面白いですねえ。
「ニュー・シネマ・パラダイス」「マレーナ」・・・記事の充実はこれから図りますので、宜しくお願いします。
私は殺人もしたこともないし、医学にも詳しくはないので何とも言えませんが、一般的な感覚で言えばあれでは無理ではないですか?
ヒッチコックのことですから、明らかに絵の美しさを優先していますね。「サイコ」のジャネット・リーの死体にも文句が付きましたが、瞳孔がどうのこうのはどうだっていいじゃないですか。
わたしの方でもさせていただきましたがうまくいったかどうか・・・。
わたしのところでも、リメイクのダイヤルMとの比較を書きましたが、御本家はホントに舞台っぽくて面白いですよねえ。
時代のこともあるんでしょうが、バイオレンスさもリメイク版より軽めで、わたしは御本家の方が好きです。リメイクだとパルトロウなんか投げ飛ばされてますものね。
いろんなコメントが出てるようですが、わたしは映画は、事実としては無理な設定があっても、心の真実が描かれていればいいと思っています。
トラックバックはばっちりでございます。
当然時代の背景もあります。当時は映画と言えども、性描写・暴力描写は大変五月蝿い時代でした。しかし、仮にもっと緩くてもヒッチコックは暴力は強めなかったでしょう。ヒッチコックは直接的なショックは映画的ではないと嫌っていたからです。
>リアリズム
私もそう思います。映画・文学はある種の実験室ですから、無理や不自然さも多い。それを全てNOとすると映画はつまらない。いかに嘘を本当らしく見せるのが監督の仕事ですね。余りの出鱈目は困りますけど(笑)。
ところで、鍵についての初動捜査云々のところ、よく分かってないんですが、ネタバレついでに教えていただけませんか?
この犯行は、全体としても綱渡り的ではあるんですけどね。
>鍵
そう大したことではないのですが、正確に言うと、ええと、まあその~、ちょいと忘れてしまいましたので、後で調べますです。^^;
当然と言えば当然のことだったはず。
余り期待しないで下さい。^^;
文句言いつつまた観てしまいました(笑)。ハサミのカットや悩ましいおみ脚はやはり3D向けと思われるシーンですね。
なるべくエアコンを使わないようにしているのですが、リモコンに手が伸びてしまいますね。
>キーホルダー、電話
おおっ、なかなか鋭い指摘ですね。
僕も鍵のトリックは、用意周到な犯人にしてはやや賭けに出たなあという印象があり、その辺を遠回しには指摘しております。
しかし、<嘘っぽい>とは言えても<嘘>とは言い切れない気がします。個人間の差異は人間には避けられないですから。
オンリー・ザ・ロンリーさんのご指摘は、僕の言う【生活感情とリアリティの関係】に関連する、ここで簡単に済ませられない、実に難しい問題なんですね。一つだけ確かなのは、【生活感情】≠【リアリティ】ということです。
【映画の嘘】がどこまで許されるかは、ジャンル、極論すれば一本一本違うのでかなり難しいのですが、ミステリーはかなり高度なリアリティが求められますね。オンリー・ザ・ロンリーさんの疑問はむべなるかなと思います。
続きます。
起こるべくして起こる現象だったと思っております。
しかし、本作はミステリーとしては例外的に6回ほど映像化(7回目は原作とかなりかけ離れてるので除いております)されていますので、魅力ある素材であることは否定できないでしょうね。
>3D向け
公開当時は売りの一つだったようですね。
ハサミだけは効果が出たとヒッチコック本人も認めています。
因みに夜はエアコン使わんです(笑)。
何しろ去年まで室温34℃以上にならんと使わないルールでしたから。
今年は何故か33℃になっています。
まあ冷蔵庫を買い替えたらえらく省電力なのにびっくりして、気が緩んだとの説があります(笑)。
>色々ありがとうございました。
「釈迦に説法」でしたね。
生意気なことを言ってすみません。
>花嫁の父
あれは中流階級だったからどうかなあ。
日本なら、長距離電話より電報のほうが速くつく時代ですね。
>VHD
ええっ、3D見られたのですか!?
LD派でしたのでなんですが、勿体ないことしたなあ。^^;
>ブルー・レイ
ふーむ、東芝方式ならDVDとも共存することになったでしょうけど。
倒叙ものらしいスリルがありました。
実行犯に話を持ち掛ける巧さ、手紙に指紋をつけさせたり…。彼が触れたところを見逃さずに、いちいち拭いていく細かさ…。
警察、初動捜査で見つけそうですよね、あれを。あそこまでは探さないのでしょうかねえ。
>倒叙もの
この作品の巧妙さのおかげで後に倒叙ものの傑作シリーズ「刑事コロンボ」が生まれたのかもしれません。
>初動捜査
完全犯罪を狙うにしてはちょっと賭けに近い感じもありますね。