映画評「サマリア」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2004年韓国映画 監督キム・ギドク
ネタバレあり
「春夏秋冬そして春」には久々に感嘆し、その監督キム・ギドクには端倪すべからざる才能を、その作品には神性を感じた。そしてこの新作だが、果たしてどうであろうか。
援助交際をする親友ハン・ヨルムの為に見張りとお金の管理をしていた女子高生クァク・チミンが、警察に踏み込まれて窓から飛び降りて死んだ親友に代わって罪滅ぼしの為に客に会い体を許した後に受け取ったお金を返し続ける。ただお金を返すのではなく体まで許すのは贖罪の為に親友に完全に成り代わる必要があるからであろう。現に行為を繰り返すうちに二人の人格は同一化していったようにも見える。
刑事である父親イ・オルは娘がホテルに居るのを目撃、激怒して男たちに復讐していくが、やがて拾った手帳から彼女の目的を知り、ある決断をする。
3章に分けて作られた本作もまた宗教的な香りを強く放つ。
第1章は<バスミルダ>と名付けられているが、関係した男を仏教に帰依させていったという伝説の娼婦の名前である。海外旅行の為に始めた援助交際であるが、ヨルムの死という悲劇に終り、第2章<サマリア>に続いていく。サマリアは元来パレスチナの地名で、聖書に基づき贖罪を指す象徴的な言葉として使われているようである。
ギドクは援助交際に関与する男女を社会正義の立場で表面的に断罪するつもりはなく、人間そのものを凝視してその原罪に迫ろうとしているようだが、個に社会が関与した時、個は断罪され罰を受けねばならないことは、父親としての独断的な怒りに任せて行動するイ・オルが客の一人が住むマンションに踏み込むエピソードが最もよく示している。家族という最も小さな社会が二つも絡み合うからである。そして、このエピソードの閉幕の仕方が断裁的で見事。
第3章は<ソナタ>。刑事は娘を連れて妻(母)の墓参りに出た後、娘に車の運転の仕方を教え、見極めたところで自ら警察へ連絡する。
彼女は<大人社会>という車を一人で乗りこなさなければならないと、この終幕は見事に象徴していて誠に印象深い。
この女子高生は「春夏秋冬そして春」の小坊主とオーヴァーラップし、<罪を犯した人間は自らその責任を負わねばならない>という摂理を体現しているように思える。
撮影は前作ほど驚きはしないが、ロケ効果を生かして極めて優秀。
やはりギドクには、内容が宗教がかっているからという理由だけでなく、やはり神性を感じてしまう。その意味で、ロベール・ブレッソン以来の衝撃と言って良い。
2004年韓国映画 監督キム・ギドク
ネタバレあり
「春夏秋冬そして春」には久々に感嘆し、その監督キム・ギドクには端倪すべからざる才能を、その作品には神性を感じた。そしてこの新作だが、果たしてどうであろうか。
援助交際をする親友ハン・ヨルムの為に見張りとお金の管理をしていた女子高生クァク・チミンが、警察に踏み込まれて窓から飛び降りて死んだ親友に代わって罪滅ぼしの為に客に会い体を許した後に受け取ったお金を返し続ける。ただお金を返すのではなく体まで許すのは贖罪の為に親友に完全に成り代わる必要があるからであろう。現に行為を繰り返すうちに二人の人格は同一化していったようにも見える。
刑事である父親イ・オルは娘がホテルに居るのを目撃、激怒して男たちに復讐していくが、やがて拾った手帳から彼女の目的を知り、ある決断をする。
3章に分けて作られた本作もまた宗教的な香りを強く放つ。
第1章は<バスミルダ>と名付けられているが、関係した男を仏教に帰依させていったという伝説の娼婦の名前である。海外旅行の為に始めた援助交際であるが、ヨルムの死という悲劇に終り、第2章<サマリア>に続いていく。サマリアは元来パレスチナの地名で、聖書に基づき贖罪を指す象徴的な言葉として使われているようである。
ギドクは援助交際に関与する男女を社会正義の立場で表面的に断罪するつもりはなく、人間そのものを凝視してその原罪に迫ろうとしているようだが、個に社会が関与した時、個は断罪され罰を受けねばならないことは、父親としての独断的な怒りに任せて行動するイ・オルが客の一人が住むマンションに踏み込むエピソードが最もよく示している。家族という最も小さな社会が二つも絡み合うからである。そして、このエピソードの閉幕の仕方が断裁的で見事。
第3章は<ソナタ>。刑事は娘を連れて妻(母)の墓参りに出た後、娘に車の運転の仕方を教え、見極めたところで自ら警察へ連絡する。
彼女は<大人社会>という車を一人で乗りこなさなければならないと、この終幕は見事に象徴していて誠に印象深い。
この女子高生は「春夏秋冬そして春」の小坊主とオーヴァーラップし、<罪を犯した人間は自らその責任を負わねばならない>という摂理を体現しているように思える。
撮影は前作ほど驚きはしないが、ロケ効果を生かして極めて優秀。
やはりギドクには、内容が宗教がかっているからという理由だけでなく、やはり神性を感じてしまう。その意味で、ロベール・ブレッソン以来の衝撃と言って良い。
この記事へのコメント
コメントいただき,ありがとうございました。TBが反映されなかった件は原因不明ですが,おそらくニフティのシステムエラーではないかと思われますので…。
なるほど,「バスミルダ」や「サマリア」にはそういう意味があったのですか。仏教もキリスト教もボーダレスという感覚は,ひょっとしてキム・ギドクらしいのかも知れないですね。
日本的な道徳観念では,どちらかというと個よりも社会重視かもしれませんが,この映画ではギドクの個人に対する視線に温もりを感じてしまいました。
ギドクは私にとって久しぶりの驚異で、本作により彼の映画作家としての確固たる信念も見えてきましたし、旧作も見てみたい気がします。
韓国は儒教をベースにキリスト教の影響も大きな国で、その辺の影響もあるようですが、とにかく異才ですね。
この監督の作品は象徴的でしかも多義的なので額面通り受け取れない難解さがつきまといますが、それだけに観る者の想像力がかき立てられるようにも思います。この作品には自分も人間の本質的な部分での「原罪」というものを感じました、本当にユニークな個性ですよね。
linさんの文章と比べると本当につまらないもので、恐縮です。
久しぶりに面白い監督が出てきました。私にとっては、カール・ドライヤー、ロベール・ブレッソン、イングマル・ベルイマン、フェデリコ・フェリーニと同列に扱いたい監督になりそうです。
ギドクのこの作品も、きわめて、世界性をもっていると思います。
一時期、ギドク自身が、神学校に通っていたことも、影響しているんでしょうね。
gooのブログはこちらでは文字化けしてしまうのが悔しいです。
私はギドク初心者なので、その思想的背景まではよく解りませんが、これまで観た二本の作品が頗る宗教的な香りを放っていることは間違いない事実です。その宗教的な香りというのは特定の宗教というよりは、色々な世界観がないまぜになったもののように感じます。非常に面白い監督なので、他の作品も是非見たいですね。
そうそう、映画経験に反比例して「ビックリする」映画は減ってきますね。もう本当にびっくりする映画には遭えないだろうと思っていた矢先なので、前作「春夏秋冬そして春」には本当に驚きました。
確かに今村昌平の「神々の深き欲望」が頭を過ぎりますね。「復讐するは我にあり」も凄かった。彼の作品では「にっぽん昆虫記」にもびっくりしたなあ。
調子に乗って、長々としたためてしまいましたが、なんとなく書き足りないような気分です。お時間が許す折りにでも、ご笑覧ください。
本作にしても、この後の 『弓』 にしても、私にとっては苦手な世界観を持った作品。子どもたちが不幸に見舞われたり、子どもたちを性的対象とするモチーフの作品は、監督の演出意図を読み解くより、個人的な感情が先走って、あくまで私的な映画評になってしまいます。
それにしても、ギドクという監督・・・彼の才能には本当に目を見張るばかり。彼の若さを思えば、これから先も最も注目に値するクリエイターとして、しばらく目が離せなくなることでしょうね。
敢えて欠点を探すなら、本作は第二章の途中から、父親の視点へと切り替わりますが、本来であればセパレートして四つの章とすべきではないか・・・と。「ソナタ」を第三章のタイトルとして使う魅力を優先したのでしょうが。
ギドクではとにかく最初に観た「春夏秋冬そして春」に感嘆し、その後観た作品も本作を含め並大抵ではないですが、「うつせみ」は些か観念が先に立ち、独善的とも言える部分が出ていました。理解を観客に任せるというドラマ作りには余り賛成できない方です。
本作も生易しくはないですが、論理が明確で、段階を踏んで理解して行けばある範囲の理解には収まるはずですよね。
章に分けているのも「春夏秋冬」同様有難い。
といったところで、<四つの章>ですが、構成的になるほどと思うところではあります。
バランスを考えると三部構成は安定しますし、ギドクにしても第2章を挟んで第1章と第3章を呼応させた印象もあるので、本人がどういう反応を示すか知りたいですね♪
どちらももうちょっとだったようですね。
「サマリア」は「春夏秋冬そして春」よりは若干見劣りがしますし、それが一般的評価だと思いますが、日本の若手にこれだけの作品が作れるかといえば大いに疑問で、ギドクに先を行かれたなとの思いが強いです。
TB有り難うございました.
ギドク作品は初めて見ました.元来韓流はいささか苦手でして.
この映画の宗教性や象徴的な描き方は,嫌いじゃないです.映画の引き出しとしては好きな方です.
でもものが宗教性や象徴性だけに,個人的な情緒と微妙にずれると言うかはまりきらないところもあり,あまり高い評価にはしませんでした.
でも韓流の中では抵抗感も無く,気にかかる監督です.他の作品も見てみたいと思います.
どこの国にもそこの体質とは全く異なる作家がいますが、キム・ギドクは所謂韓流とは全くかけ離れていますし、世界でも他に類のない作家ではないかと思います。
敢えて言えば、一部の人が指摘するタルコフスキーではなく、北野武とタッチが似ていると思いますね。
僕の一番のお薦めのギドク作品は「春夏秋冬そして春」です。