映画評「ターミナル」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2004年アメリカ映画 監督スティーヴン・スピルバーグ
ネタバレあり

奇をてらった映画ばかり誉めたがる人間にとってはスティーヴン・スピルバーグは過去の人らしいが、シーンやカットの繋ぎの巧さは現在のハリウッドの監督ではNo.1と信じさせるものがある。僕はその点でいつも感心してしまうのだが、今回も流れるように展開していく。

舞台はニューヨークのJFK空港。クラコウジアという東欧の架空の国家から40代の中年男トム・ハンクスがやって来るが、到着直前に勃発したクーデターにより国家消滅、パスポートが無効になり、入出国がままならなくなってターミナルで足止めを食らう、というお話で、以降殆ど空港内の場面が続く。

かかる設定は「パリ空港の人々」などがあって初めてではないが、これほど娯楽要素たっぷりに描いたのは初めてだろう。
 展開を理解する上で一つ大事なことは主人公が極めて真面目な男であるということである。英語が殆ど喋れず通貨も使えない彼がどのようにこれを克服するかというのが当座の眼目だが、昇進を目前にした空港警備主任スタンリー・トゥッチが尽くそれを邪魔して何とか外に出して逮捕させ、身軽になろうとするが、彼は最初に言われた通りに<待つ>のである。

実はこの<待つ>がこの作品のキーワード、もっと気取った言い方に変えれば、通奏低音として終始響いていく。
 彼がほのかに恋心を寄せるスチュワーデス、キャサリン・ゼータ・ジョーンズも不倫相手のポケペルを待ち、彼と親しくなるメキシコ系青年も黒人美人の入国審査官ゾーイ・サルダナを返事を待ち、主人公自身が待つ理由にも<待つ>ことが絡んでいる。
 この辺りは脚本が巧く、また、人種のるつぼであるニューヨークをさりげなく象徴する人物配置も悪くない。

僕がこの作品で最も感心したのは、基本的に古き良き時代の良質なコメディーを彷彿とさせる<ずれ>の扱いである。トゥッチが出そうとすれば主人公はこもり、トゥッチが出させまいとすれば彼は出ようとする<ずれ>がお笑いとして実に洗練されている。

問題があるとすれば終盤のヒューマニスティックすぎる扱いだが、これも主人公が劇中で計らずもヒーロー的な活躍をしている前提を踏み、辛うじてあざとさを免れさせているので大きなマイナスとはしたくない。
 トゥッチが演じる人物は些か極端な人物像で終盤になればなるほど度し難くなって宜しくないが、設定上やむをえない部分もある。
 また時代背景を<現在>ではなく東欧の共産主義体制が崩壊した1990年頃にしたほうが内容的にしっくりくる。

ジャズ・ファンだった亡き父親との約束を守る主人公の姿は勿論感動的であるが、星の数は脚本とスピルバーグの巧さに進呈するものである。

クラコウジアのベースとなっている国は旧ユーゴスラヴィアですかな。しかし、主人公の名前はポーランド的。途中で騒動を起こすロシア人の名前はチェコ的であり、この辺りはちょいと調査不足の感あり。

この記事へのコメント

Lisa
2006年05月01日 20:48
トム・ハンクスがアメリカ人だとよく知ってるから、英語のまったくわからない東欧圏の中年男というのがピンとこなかったけど、誠実で、困った時の創意工夫がうまくて、ドジでユーモアがある、こんな役どころはトム・ハンクスでなければ出来ないですね。「ニューヨークの恋人」でも同じようなシーンがありましたが、「ふたりきりのディナー」を演出するのがこの頃「流行り」なのでしょうか。とにかく楽しめる映画でした。
オカピー
2006年05月02日 15:34
Lisaさん、コメント有難うございます。
終盤ハリウッド調が露骨になり、その部分に疑問を呈する方が多いのですが、それについては私も賛同せざるを得ません。しかし、中盤までのコメディー感覚は大変優れていて、全体として好もしい印象があります。何よりスピルバーグはフィルムの繋ぎ方が上手いですよ。
トム・ハンクスは下手な英語が大変上手でした(何だが変な表現ですが)。

>ふたりだけのディナー
「ニューヨークの恋人」は背伸びしたメグが本来のポジションに戻ってきたロマ・コメでしたね。結構楽しめた記憶があります。

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