映画評「白い恐怖」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1945年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック第31作。
精神病院の院長レオ・G・キャロルが引退して新しい院長を迎えることになる。新院長は予想外に若いグレゴリー・ペックで、お堅い女医だったイングリッド・バーグマンは彼に一目惚れしてしまう。
映像的にここに最初の見せ場、即ち、二人が接吻するとドアが次々が開くという幻想的なイメージが挿入されているが、これは女医の恋愛に対する感情が開いたことを象徴しているように思える。<眼鏡を外すと大美人>というヒッチの好きなパターンが楽しめ、彼女はこれ以降眼鏡を殆どかけず、寧ろ偽装的に使うようになるのが大変興味深い。
また、この前後でキャロルが「新院長に会ったことがない」と言う台詞は推理小説的に大事な台詞である。
新院長はテーブルクロスに付けられたフォークの痕、イングリッドの部屋着の模様に発作を起こす。こうした挿話を通して我々は白地に縞が彼に発作を起こさせることを教え込まれるわけだが、この設定が、実は新院長ではなくて追われる殺人容疑者に過ぎないペックとイングリッドの逃避先でも誠にうまく使われている。つまり、夜中に発作を起こしてナイフを持った彼が、匿った彼女の恩師マイケル・チェーホフの前に立ち尽くし、コップのミルクが博士の姿をフェードアウト、そして次の場面ではソファーに博士が倒れている。というシークェンスのことだが、すっかりヒッチコックの話術にしてやられてしまう。上手い。
この作品はニューロティック(異常心理)・スリラーの最初の作品と言われている一方で、実際にはトリュフォーが指摘しているように「第七のヴェール」のほうが若干早いが、彼が言うように影響を受けているかどうかは微妙である。
少なくとも映画としての上手さ、面白さは本作の方が全然上であるし、有名なシュールリアリズム画家サルヴァドール・ダリを起用した美術などを通して遥かに精神分析的感興を湧き起こす。
惜しむらくは、「マーニー」同様日本の2時間ミステリーで似たような分析説明が腐るほど展開しているので、劇場公開された時の新味は陳腐に変ってしまっている。現在これを鑑賞する我々はその時代の新味を想像して楽しむしかないのである。
本格推理ではないが推理小説的なプロットでもあるので、終盤の展開は伏せる。
配役に関して、出演した3本のヒッチコック作品の中でこのバーグマンが一番美しく、出演作全体の中でもかなり良い部類に入るだろうが、多くの方がおっしゃるようにペックは芳しくない。「引き裂かれたカーテン」でポール・ニューマンのやりすぎる目の演技に辟易したヒッチコックも、表情に変化のなさすぎるペックには困惑したかもしれない。
1945年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック第31作。
精神病院の院長レオ・G・キャロルが引退して新しい院長を迎えることになる。新院長は予想外に若いグレゴリー・ペックで、お堅い女医だったイングリッド・バーグマンは彼に一目惚れしてしまう。
映像的にここに最初の見せ場、即ち、二人が接吻するとドアが次々が開くという幻想的なイメージが挿入されているが、これは女医の恋愛に対する感情が開いたことを象徴しているように思える。<眼鏡を外すと大美人>というヒッチの好きなパターンが楽しめ、彼女はこれ以降眼鏡を殆どかけず、寧ろ偽装的に使うようになるのが大変興味深い。
また、この前後でキャロルが「新院長に会ったことがない」と言う台詞は推理小説的に大事な台詞である。
新院長はテーブルクロスに付けられたフォークの痕、イングリッドの部屋着の模様に発作を起こす。こうした挿話を通して我々は白地に縞が彼に発作を起こさせることを教え込まれるわけだが、この設定が、実は新院長ではなくて追われる殺人容疑者に過ぎないペックとイングリッドの逃避先でも誠にうまく使われている。つまり、夜中に発作を起こしてナイフを持った彼が、匿った彼女の恩師マイケル・チェーホフの前に立ち尽くし、コップのミルクが博士の姿をフェードアウト、そして次の場面ではソファーに博士が倒れている。というシークェンスのことだが、すっかりヒッチコックの話術にしてやられてしまう。上手い。
この作品はニューロティック(異常心理)・スリラーの最初の作品と言われている一方で、実際にはトリュフォーが指摘しているように「第七のヴェール」のほうが若干早いが、彼が言うように影響を受けているかどうかは微妙である。
少なくとも映画としての上手さ、面白さは本作の方が全然上であるし、有名なシュールリアリズム画家サルヴァドール・ダリを起用した美術などを通して遥かに精神分析的感興を湧き起こす。
惜しむらくは、「マーニー」同様日本の2時間ミステリーで似たような分析説明が腐るほど展開しているので、劇場公開された時の新味は陳腐に変ってしまっている。現在これを鑑賞する我々はその時代の新味を想像して楽しむしかないのである。
本格推理ではないが推理小説的なプロットでもあるので、終盤の展開は伏せる。
配役に関して、出演した3本のヒッチコック作品の中でこのバーグマンが一番美しく、出演作全体の中でもかなり良い部類に入るだろうが、多くの方がおっしゃるようにペックは芳しくない。「引き裂かれたカーテン」でポール・ニューマンのやりすぎる目の演技に辟易したヒッチコックも、表情に変化のなさすぎるペックには困惑したかもしれない。
この記事へのコメント
>新院長はテーブルクロスに付けられたフォークの痕、イングリッドの部屋着の模様に発作を起こす。
このあたりから引き込まれていきます。
>コップのミルクが博士の姿をフェードアウト、そして次の場面ではソファーに博士が倒れている。
凄い監督です!
>多くの方がおっしゃるようにペックは芳しくない。
双葉師匠もそう仰っていました。
>「レベッカ」の賞賛された手法をさらに発展させて作った「断崖」や「疑惑の影」
僕はそちらはまだ見ていないんですよ。
ここ数カ月モデムに苦しめられていたので、昨日調子の悪いモデルを新品に交換し、これで問題がなくなるぞ~と喜んだのも束の間、それがルーターとの相性に問題があって、パソコンその他はインターネット接続済みと出るのに、実際にはネットにアクセスできない、という生れて初めての経験をしました。
途中経過を省いて、今日再びいじっている間に何故か繋がりました。モデムの構成が何か変わったのかな?
ということで、やっとレスが出来るようになりました。めでたしめでたし。
>このあたりから引き込まれていきます。
模様が発作を起こさせるという発想が面白かったですね。
双葉師匠はイングリッド・バーグマン主演のヒッチコック作品では「汚名」より本作を、トリュフォーは本作より「汚名」を買っていますね。
僕は「汚名」は見る時によって評価が変わって、2回目は気に入りましたが、1回目と3回目はそうでもない。不思議な映画です。まあ、ヒッチコックですから、相当見どころはありますがね。
>「断崖」や「疑惑の影」
大衆映画的には、「レベッカ」と同じくジョーン・フォンテインが主演する「断崖」がお薦めデス。
「疑惑の影」は映画芸術的に凄い映画ですが、すこし地味かもしれません。僕が映画評でよく引用する作品です。
>途中経過を省いて、今日再びいじっている間に何故か繋がりました。
不思議なものです。
>まあ、ヒッチコックですから、相当見どころはありますがね。
双葉師匠が著作でヒッチコック監督作品は長文になる事が多いです。やはり好きな監督なのでしょう。
>ジョーン・フォンテイン
1917年に東京都港区で生まれたんですね。父親が日本では芸者遊びにうつつを抜かす浮気がちな男性だったとか。
フォンティン自身も4回結婚・離婚。
ヒッチコック監督作品『断崖』で、フォンテインはアカデミー主演女優賞を受賞したとか。一度見たいです。
今年もお世話になりました。良いお年をお迎え下さい。
>森友裁判も然り。
安倍元首相絡みは、全ての官憲の腰が引けていますね。
日本はいつこんな国になってしまったんだろうか?
>双葉師匠が著作でヒッチコック監督作品は長文になる事が多いです。
反面、1960年代から70年代では、大作や話題作でもごく短い文章がありますが、これには理由がありまして、「スクリーン」誌で鑑賞手引きという他の批評家の書いた作品については補助的な文章に留めるという制約のせいです。しかも、手引きと師匠の評価が分れる場合にも苦労があったようです。
>1917年に東京都港区で生まれたんですね。
姉のオリヴィア・デ・ハヴィランドもそうですね。
長生きの家系でして、ジョーンは96歳没、最近亡くなったオリヴィアは104歳、父親が98歳、母親が88歳です。
>今年もお世話になりました。良いお年をお迎え下さい。
こちらこそお世話になりました。
良いお年を!
双葉師匠がお気に入りの役者ジュリアーノ・ジェンマ主演のマカロニウェスタン「荒野の大活劇」(字幕版)を見ました。40年ぐらい前にテレビで吹替版を見た時以来です。面白かったです。双葉師匠も評価しています。
>日本はいつこんな国になってしまったんだろうか?
内閣が一番強い国でしょうか?そして我々国民の事を「下々の皆さん」と思ってるんじゃないんですか?
>「スクリーン」誌で鑑賞手引きという他の批評家の書いた作品については補助的な文章に留めるという制約
そんな制約があったんですね。苦労された事でしょう。
>ジョーンは96歳没、最近亡くなったオリヴィアは104歳、父親が98歳、母親が88歳です。
最近亡くなったというのが驚きです!まさに長生きの家系です。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
>「荒野の大活劇」(字幕版)を見ました。面白かったです。
>双葉師匠も評価しています。
懐かしいですね。
師匠はジャンル映画が実は大好き。でも、大好きであるが故に評価が厳しくなることが多い。その辺を解っていない人が結構いて、芸術映画(正確には純文学映画)に偏向していると言ったりします。全然違いますって!
>そんな制約があったんですね。苦労された事でしょう。
あったのですよ。
それでも昔のように色々な映画雑誌があった時には他の雑誌で使ったものを採用するという方法も取れたのでしょうが、段々減ってきましたからね。
で、自分の方が高評価の場合は良いのですが、低評価の場合★一つ甘くするとか、表現を柔らかくするとかされたようです(どこかで語っていました)。
双葉師匠も著作で褒めていました。
>その辺を解っていない人が結構いて、芸術映画(正確には純文学映画)に偏向していると言ったりします。全然違いますって!
そうですよね。双葉師匠に対して失礼です。わかってない人がわかったような事を言わないで欲しいです。
>低評価の場合★一つ甘くするとか、表現を柔らかくするとかされたようです(どこかで語っていました)。
他の評論家とのバランスも考えなければならないです。
>今朝ジョン・ウェイン主演「黄色いリボン」を見ました。迫力がある映像が多かったです。
先年保存版を作ったのですが、解像度の低いバージョンだったのでがっかり。
映画そのものは圧倒的な出来栄えと思いますが。
>他の評論家とのバランスも考えなければならないです。
雑誌が違えば問題ないでしょうが、同一雑誌であるから、悩ましかったでしょうね。