映画評「救命艇」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1943年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック第30作。日本劇場未公開作だが、ビデオなどで御覧になった方も多いだろう。
文豪ジョン・スタインベックが最初の脚本を書いたが、良い仕事が出来ず、結局大きく改変された為に原案という扱いになっている。最終的にシナリオを仕上げたのは、ジョー・スワーリング。
第2次大戦中、大西洋上で商船がドイツのUボートに撃沈される。
最初は女流ライターのタルラ・バンクヘッドだけが乗っていた救命ボートに、技師ジョン・ボディアクが乗り込み、やがて続け様に6人が加わる。やがて商船のあおりをくって一緒に沈没してしまったUボートの水兵ウォルター・スレザックが泳ぎ着くのだが、ここが最初のドラマである。敵であるドイツ軍人をアメリカ人の彼らが受け入れるのか。
結局人道的な立場から救出すると、水兵故に針路を始め役に立つことが多いが、正確な情報を与えているのか確証はない。
残りの8名のうち、そもそもアクセントにすぎない死んだ赤ん坊とその母親は間もなく消えてしまうので、実質アメリカ人6名とドイツ人1名の対立模様となっていく。
基本は極限状況における人間ドラマであるが、勿論そこはヒッチコック、疑心暗鬼となっている人間同士の葛藤により生まれるサスペンスをなかなか強力に描き出している。
観ながら「あはあ、これは人間社会の縮図を描いているのだな」と思ったが、ヒッチコックによれば、もっと具体的な全体主義VS民主主義の対立の縮図なのだそうだ。組織化されたナチス・ドイツに対しバラバラな民主主義陣営という図式を表わしていると言うが、なるほどそういう視点で観ると益々面白く感じられる。
周りは海という無限に広い密室状態故に必然的にクローズアップが上映時間の大半を占める、言わばTV時代を先取りする作品となっていて、当時の作品としては寧ろ実験的な印象が残る。この作品の密室性を発展させて出来た一本が実験映画「ロープ」であり、カメラが部屋から出ない秀作「裏窓」へと繋がっていくことになると思われるので、中期でも重要な作品と言っていい。
が、作られたのが戦時中ということもあり、結局日本では公開されなかったし、ドイツ人賛美と誤解された部分があり作品そのものと演出は余り評価されなかったのは、ご愁傷様。
配役陣では、主演と言って良いタルラ・バンクヘッドが、次第に傲慢な顔を脱ぎ捨てていく様子を巧みに演じて抜群。こちらは当時から好評だったらしい。
但し、ヒッチ自身も認めるように話の流れが余りスムーズではなく、それを補うために彼女のカメラ、タイプライター、ブレスレットいった小道具をアクセントとして駆使しているが、若干のぎこちなさを残す。しかし、この苦肉の策が彼女から素晴らしい演技を引き出す結果に繋がったのは皮肉である。
1943年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック第30作。日本劇場未公開作だが、ビデオなどで御覧になった方も多いだろう。
文豪ジョン・スタインベックが最初の脚本を書いたが、良い仕事が出来ず、結局大きく改変された為に原案という扱いになっている。最終的にシナリオを仕上げたのは、ジョー・スワーリング。
第2次大戦中、大西洋上で商船がドイツのUボートに撃沈される。
最初は女流ライターのタルラ・バンクヘッドだけが乗っていた救命ボートに、技師ジョン・ボディアクが乗り込み、やがて続け様に6人が加わる。やがて商船のあおりをくって一緒に沈没してしまったUボートの水兵ウォルター・スレザックが泳ぎ着くのだが、ここが最初のドラマである。敵であるドイツ軍人をアメリカ人の彼らが受け入れるのか。
結局人道的な立場から救出すると、水兵故に針路を始め役に立つことが多いが、正確な情報を与えているのか確証はない。
残りの8名のうち、そもそもアクセントにすぎない死んだ赤ん坊とその母親は間もなく消えてしまうので、実質アメリカ人6名とドイツ人1名の対立模様となっていく。
基本は極限状況における人間ドラマであるが、勿論そこはヒッチコック、疑心暗鬼となっている人間同士の葛藤により生まれるサスペンスをなかなか強力に描き出している。
観ながら「あはあ、これは人間社会の縮図を描いているのだな」と思ったが、ヒッチコックによれば、もっと具体的な全体主義VS民主主義の対立の縮図なのだそうだ。組織化されたナチス・ドイツに対しバラバラな民主主義陣営という図式を表わしていると言うが、なるほどそういう視点で観ると益々面白く感じられる。
周りは海という無限に広い密室状態故に必然的にクローズアップが上映時間の大半を占める、言わばTV時代を先取りする作品となっていて、当時の作品としては寧ろ実験的な印象が残る。この作品の密室性を発展させて出来た一本が実験映画「ロープ」であり、カメラが部屋から出ない秀作「裏窓」へと繋がっていくことになると思われるので、中期でも重要な作品と言っていい。
が、作られたのが戦時中ということもあり、結局日本では公開されなかったし、ドイツ人賛美と誤解された部分があり作品そのものと演出は余り評価されなかったのは、ご愁傷様。
配役陣では、主演と言って良いタルラ・バンクヘッドが、次第に傲慢な顔を脱ぎ捨てていく様子を巧みに演じて抜群。こちらは当時から好評だったらしい。
但し、ヒッチ自身も認めるように話の流れが余りスムーズではなく、それを補うために彼女のカメラ、タイプライター、ブレスレットいった小道具をアクセントとして駆使しているが、若干のぎこちなさを残す。しかし、この苦肉の策が彼女から素晴らしい演技を引き出す結果に繋がったのは皮肉である。
この記事へのコメント
復帰したということで、大変嬉しく思っています。
タルラ・バンクヘッドは主にTVで活躍されたようですが、ディートリッヒがやってもぴったり来るような印象です。これ以外の出演作は観ていないのではないでしょうか。
この作品をお端緒としての「裏窓」への流れは勝手にそう解釈しています。
ええ、またトップ!? 嬉しいですが、どうもおかしいですね(笑)。
「舞台恐怖症」は、viva jijiさんの念を感じたので(笑)、昨日★一つこっそりUPしました。
ヒッチコックはバンクヘッドの役にはもしかしたらディートリッヒを希望したのかな、という気がします。彼女はその時戦線を廻っていたから無理だったわけですが。基本的に殆どTVにしか出なかった女優さんですが、うーん、映画界は何をしていたのかと思うほど巧いです。ディートリッヒとキャラクターがかぶるという理由で、避けられたのかもしれませんね。