映画評「海外特派員」
☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1940年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック第25作。傑作中の傑作と言って良いが、日本では1960年代に短縮版がTV放映されただけで76年まで劇場公開されなかった。
30年代末ニューヨークのバンカラ新聞記者ジョエル・マクリーが首になる代りにきな臭い欧州へ派遣され、英国の平和運動家ハーバート・マーシャルに招かれたパーティーで彼の娘ラレイン・ゲイと知り合う。
という比較的のんびりした紹介場面の後は、アムステルダムの議事堂前の石段でオランダの老政治家アルバート・バッサーマンがカメラマンに偽装した暗殺者に殺される、エイゼンシュタイン的な強烈な一幕から終幕までサスペンスの連続となる。
犯人が逃げる時傘を動くのを捉える俯瞰ショットは僕のお気に入りで、その後の追跡場面は実にお見事。続くカー・アクションもチャップリン喜劇を思わせるショットを挟んで誠に鮮やかである。
さらにその次の風車の場面が断然素晴らしい。主人公は風の向きと逆に風車が回っていることで犯人の逃げ場所に気付くわけだが、我々は一つだけ逆に回っている風車を捉えたワン・ショットに釘付けになってしまう。
ホテルでタイプを打っていると警察を装った暗殺者二人が部屋に入って来る場面では、ホテルのネオン・サインが上手く使われている。主人公が触れるとHOTEL EUROPEがHOT EUROPE(きな臭いヨーロッパ)になるという洒落まで付き、ラレイン嬢を巻き込んで暗殺者から逃走するのだが、この辺りはスタンリー・ドーネンの傑作「シャレード」に応用された優れたアイデアが幾つかあるように思う。
英国に戻った主人公は護衛と称されて殺し屋を付けられるのだが、この殺し屋の手の描写も印象深く、展望台でのサスペンスの醸成がお見事。開いた手のアップの後塔から人間のシルエットが落ちていくロングショットに切換えるなど、正に自在に映画語を操っている感がある。
やや入り組んだ物語の後ドイツ軍に攻撃された呉越同舟の飛行機が墜落する場面の創意工夫にも感心させられる。
最初に飛行中の飛行機にカメラがカットの切換えなしに入っていくところがある。コンピューターの発達した今なら三流監督でもできる芸当だが、60年以上前にこれをやってのけたヒッチコックには脱帽である。
さて飛行機が海面に衝突した瞬間に水が入って来る注目のショットだが、これはスクリーンプロセスを応用したもので、タイミング良く上手く出来ている。実際にはその後機体から片方の翼が外れて流される場面の撮影の方が難しかったらしい。
といった次第で、全編満遍なく見せ場が散りばめられていて娯楽度満点。
基本的には、この作品もヒッチコック映画を理解する上で最も大事なマクガフィン(単なるきっかけ)によって構成されているのであって、戦意高揚といった狙いがあるなどとは思わないほうが良い。
尤も、ヒッチコックも戦争(ナチス)について単なるネタに留めずある程度は真面目に考えている節がなくもなく、珍しくハリウッド的な押し付けがましい台詞で締めくくられている。
1940年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック第25作。傑作中の傑作と言って良いが、日本では1960年代に短縮版がTV放映されただけで76年まで劇場公開されなかった。
30年代末ニューヨークのバンカラ新聞記者ジョエル・マクリーが首になる代りにきな臭い欧州へ派遣され、英国の平和運動家ハーバート・マーシャルに招かれたパーティーで彼の娘ラレイン・ゲイと知り合う。
という比較的のんびりした紹介場面の後は、アムステルダムの議事堂前の石段でオランダの老政治家アルバート・バッサーマンがカメラマンに偽装した暗殺者に殺される、エイゼンシュタイン的な強烈な一幕から終幕までサスペンスの連続となる。
犯人が逃げる時傘を動くのを捉える俯瞰ショットは僕のお気に入りで、その後の追跡場面は実にお見事。続くカー・アクションもチャップリン喜劇を思わせるショットを挟んで誠に鮮やかである。
さらにその次の風車の場面が断然素晴らしい。主人公は風の向きと逆に風車が回っていることで犯人の逃げ場所に気付くわけだが、我々は一つだけ逆に回っている風車を捉えたワン・ショットに釘付けになってしまう。
ホテルでタイプを打っていると警察を装った暗殺者二人が部屋に入って来る場面では、ホテルのネオン・サインが上手く使われている。主人公が触れるとHOTEL EUROPEがHOT EUROPE(きな臭いヨーロッパ)になるという洒落まで付き、ラレイン嬢を巻き込んで暗殺者から逃走するのだが、この辺りはスタンリー・ドーネンの傑作「シャレード」に応用された優れたアイデアが幾つかあるように思う。
英国に戻った主人公は護衛と称されて殺し屋を付けられるのだが、この殺し屋の手の描写も印象深く、展望台でのサスペンスの醸成がお見事。開いた手のアップの後塔から人間のシルエットが落ちていくロングショットに切換えるなど、正に自在に映画語を操っている感がある。
やや入り組んだ物語の後ドイツ軍に攻撃された呉越同舟の飛行機が墜落する場面の創意工夫にも感心させられる。
最初に飛行中の飛行機にカメラがカットの切換えなしに入っていくところがある。コンピューターの発達した今なら三流監督でもできる芸当だが、60年以上前にこれをやってのけたヒッチコックには脱帽である。
さて飛行機が海面に衝突した瞬間に水が入って来る注目のショットだが、これはスクリーンプロセスを応用したもので、タイミング良く上手く出来ている。実際にはその後機体から片方の翼が外れて流される場面の撮影の方が難しかったらしい。
といった次第で、全編満遍なく見せ場が散りばめられていて娯楽度満点。
基本的には、この作品もヒッチコック映画を理解する上で最も大事なマクガフィン(単なるきっかけ)によって構成されているのであって、戦意高揚といった狙いがあるなどとは思わないほうが良い。
尤も、ヒッチコックも戦争(ナチス)について単なるネタに留めずある程度は真面目に考えている節がなくもなく、珍しくハリウッド的な押し付けがましい台詞で締めくくられている。
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