映画評「レベッカ」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1940年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック第24作。「鳥」の原作者であるダフネ・デュ・モーリアの長編小説の忠実な映画化である。
内気なアメリカ娘(ジョーン・フォンテーン)が英国貴族の中年紳士ド・ウィンター(ローレンス・オリヴィエ)と結婚するが、男は謎の死を遂げた先妻レベッカへの思いに囚われいて、レベッカを神のように崇めている召使ダンヴァース夫人(ジョディス・アンダースン)が比較し嫌がらせをするので、そうでなくても上流階級の生活に萎縮している彼女はすっかり脅えきってしまう。
というのが中盤までのお話で、霧の中から現れる大きな屋敷といったロマンティックなムードがよろしく、振り向くとそこにいるという演出が為されているダンヴァース夫人の不気味さが恐怖を醸成する。しかし、それ自体は決して絶賛するほどのものではなく、若妻を演ずるジョーン・フォンテーンの演技と一体となった時凄みを覚えると言うべきである。
さて、後半になると趣きが変る。
難破船と同時に発見されたヨットからレベッカの死体が発見され、ド・ウィンターが新妻に語ったその死を巡る真相は、彼女が考えていたこととはまるで違い、この瞬間に彼女は大人になり、寧ろ夫を守護する立場に変っていく。
ド・ウィンターが回想する場面は、当時を再現せずにリアルタイムのカメラを動かすことだけで、彼の心理を際立たせる演出が鮮やか。トリュフォーもこの点を指摘していたように思う。
終盤ミステリー的な趣向が出て来るが、全体としては「嵐が丘」の伝統を感じさせるゴシック小説的メロドラマで、大衆作品の良さが十二分に発揮されていることが功を奏してアカデミー作品賞を受賞した。
しかし、ヒッチコックはこの受賞を喜ばず「私はオスカーを獲ったことはない」と言っている。「作品賞は製作者のものだ」という意味だろうが、セルズニックの製作作品においてはヒッチコックも最終編集権を持っていず、「製作者のセルズニックが最終的に編集したので、私の作品とは言えない」というニュアンスも十分考えられる。
ジョーン・フォンテーンとジュディス・アンダースンを同時に収めた構図などショットには優れたものが多く、僕はヒッチ御大自身よりはこの作品を買っているが、ジョーンなしにここまでの手応えはなかったと思う。
1940年アメリカ映画 監督アルフレッド・ヒッチコック
ネタバレあり
アルフレッド・ヒッチコック第24作。「鳥」の原作者であるダフネ・デュ・モーリアの長編小説の忠実な映画化である。
内気なアメリカ娘(ジョーン・フォンテーン)が英国貴族の中年紳士ド・ウィンター(ローレンス・オリヴィエ)と結婚するが、男は謎の死を遂げた先妻レベッカへの思いに囚われいて、レベッカを神のように崇めている召使ダンヴァース夫人(ジョディス・アンダースン)が比較し嫌がらせをするので、そうでなくても上流階級の生活に萎縮している彼女はすっかり脅えきってしまう。
というのが中盤までのお話で、霧の中から現れる大きな屋敷といったロマンティックなムードがよろしく、振り向くとそこにいるという演出が為されているダンヴァース夫人の不気味さが恐怖を醸成する。しかし、それ自体は決して絶賛するほどのものではなく、若妻を演ずるジョーン・フォンテーンの演技と一体となった時凄みを覚えると言うべきである。
さて、後半になると趣きが変る。
難破船と同時に発見されたヨットからレベッカの死体が発見され、ド・ウィンターが新妻に語ったその死を巡る真相は、彼女が考えていたこととはまるで違い、この瞬間に彼女は大人になり、寧ろ夫を守護する立場に変っていく。
ド・ウィンターが回想する場面は、当時を再現せずにリアルタイムのカメラを動かすことだけで、彼の心理を際立たせる演出が鮮やか。トリュフォーもこの点を指摘していたように思う。
終盤ミステリー的な趣向が出て来るが、全体としては「嵐が丘」の伝統を感じさせるゴシック小説的メロドラマで、大衆作品の良さが十二分に発揮されていることが功を奏してアカデミー作品賞を受賞した。
しかし、ヒッチコックはこの受賞を喜ばず「私はオスカーを獲ったことはない」と言っている。「作品賞は製作者のものだ」という意味だろうが、セルズニックの製作作品においてはヒッチコックも最終編集権を持っていず、「製作者のセルズニックが最終的に編集したので、私の作品とは言えない」というニュアンスも十分考えられる。
ジョーン・フォンテーンとジュディス・アンダースンを同時に収めた構図などショットには優れたものが多く、僕はヒッチ御大自身よりはこの作品を買っているが、ジョーンなしにここまでの手応えはなかったと思う。
この記事へのコメント
肖像画から抜け出たようなジョーンには息を飲みました。
カラーで観てみたかったです。
何と言ってもこの作品はジョーン・フォンテインに尽きますかねえ。
見えないものの姿に怯える一種の幽霊映画でもありますが、うまく作られていますね。
全体としては「嵐が丘」の伝統を感じさせるゴシック小説的メロドラマ>なんですけど、レベッカってストーリーの骨格はほぼ「ジェーン・エア」なんですよね。
美人でもなく財産もない孤児が年の離れたちょっと気難しい貴族階級の男性と結ばれる。ところが、その館には何やら怪しい人の気配が・・・レベッカでは死んだ前妻、ジェーン・エアでは財産目当てに結婚したが精神を病んでしまったクレオール系の妻が幽閉されていて・・・最後は屋敷が火事になる。ヒロインの趣味がスケッチというのも共通してますし。ブロンテ姉妹の影響力はすごいです。
物語も音楽といっしょで、伝承されていくうちに少しづつ時代の色に染まっていくんでしょうね。
昔は「わたし」目線で観てたからダンヴァース夫人がすごく怖かったんですが、今観るとそうでもないですね。神経が図太くなったもんです・・・
>ストーリーの骨格はほぼ「ジェーン・エア」
僕もこの映画を再鑑賞した後、数年して「ジェーン・エア」を再読したのですが、仰る通り共通点が多いと思いました。順番が逆なら指摘しましたが、後の祭りというやつでした^^;
火事も共通したかあ(笑)
>ダンヴァース夫人がすごく怖かった
僕も最初は凄く怖かったですね。その時はまだ中学生でしたし。
中年になって観た時は、怖くないというより、本文でも書いたように“わたし”の反応と一体になって初めて怖いという感じ。モカさんの仰るのは正にそのことなのでした。
なにが功を奏すかわかりませんね。そういえば、ジョーン・フォンテインってジェーン・エアにもなってるんですね。私はそのバージョンは見ていませんが・・・
>ダンヴァース夫人で一番怖かったのは火事のシーン
のめり込んでしまった人は不気味ですね。
>あれは原作を変えて成功
原作より良くても褒める原作ファンは少ないので、モカさんは偉いデス^^
>ジョーン・フォンテインが美人過ぎるのが唯一の難
基本設計を考えると、そういうことになりましょうか。昔のハリウッド映画にはこういう難点がよく見られました。
>ジェーン・エア
当然僕は観ておりまして、短すぎて醍醐味は薄かったですが、それなりにといったところ。
あの巨漢オースン(オーソン)・ウェルズがロチェスター卿なのが難点でした。さすがに線が太すぎますって!(笑)
そして召使ダンヴァース夫人を演じたジョディス・アンダースンが大変な好演でした。
「レベッカは癌になり、病院で「ダンヴァース」名義で受診しており、夫人との関係の謎を匂わせる。実の母娘なのか?」とあうちさんが仰っていました。なるほど、そう言われてみればそんな気がします。
双葉師匠はこの作品に対して厳しい評価ですね。
>大きな戦争になれば庶民の力を借りなければ国が守られない。
ベトナム戦争では共産主義の侵略から資本主義を守る為にたくさんの若者が亡くなりました。
>国民の8割が"森友改竄再調査”を求めています。
このまま終わらせないで欲しいです。
>内閣人事局も廃止したほうが良いですね。
日本の三権分立はうまくいってるのでしょうか?
>豪華な映像だと思いました。
大資本とヒッチコックの優れた感覚がなした結果でしょう。
>夫人との関係の謎を匂わせる。実の母娘なのか?
>そう言われてみればそんな気がします。
原作も読んでしますが、その辺には言及がなかったような気がします。
常連のモカさんが、デュ・モーリアに詳しいので、ご意見があるかも。
>双葉師匠はこの作品に対して厳しい評価ですね。
ヒッチコックが好きなので、却って厳しくなるんですよね。この作品の単独評価ができないと仰っていますが、多分単独評価をすれば、褒めるところも相当あると思います。
製作から11年も経ってご鑑賞されたというのも相当不利ですね。この時代は進歩が激しかったですから。
>日本の三権分立はうまくいってるのでしょうか?
元来、日本では、司法が政治に対して弱く、政治的に難しい問題があると、すぐに“高度な政治的であり”云々と、判断が避けられる。
だから、僕は憲法裁判所を作らなければならないと言っているのです。改憲するなら、現状の日本国憲法に憲法裁判所の設置について条項を加えるのが第一。これが機能するのを確認してから、他の条項について進むべきです。そうすれば、実は非常に怖い緊急事態条項(賛成する国民が多いが、震災やコロナに騙されてはいけない)が違憲かどうか、国民の判断の前に、審査することも不可能ではないと思っています。
安倍政権以降、国会も弱まっていますね。現政権では、岸田首相の性格により、前の二政権よりは国会が機能しそうな感じがあります(「朝まで生テレビ」における、片山さつきの野党に対する態度が全然違いましたよ)が。安倍政権時代の自民党議員はイエスマンばかりでひどかったなあ。
デュモーリアに詳しくはないのですが好きなんですよ。
そこで、ダンバース夫人とレベッカの関係ですが、98%母娘ではないですね。
母娘にしてもあんまり意味がないという感じ?
レベッカが偽名を使っていて、その人物がレベッカであると確信される為にはダンヴァースという名前が最適だからだと思います。
この2人の関係は異常に親密だったように匂わせていますが、どちらかといえばダンヴァースからの一方的な同性愛めいた執着心が感じられやしませんか?
レベッカの寝室で「私」にレベッカのネグリジェやら何やらを見せる時の陶酔したような表情とか… ヒッチコック上手いですね。
デュモーリアは実際バイセクシャルだったという説もあります。
「遠すぎた橋」でダークボガードが演じたハンサムな大尉さんと結婚して子供もいたようですが。
原作はいわゆるハッピーエンドではありませんが、映画は原作に忠実なようでいてラストは一応一件落着にみえるように(観客サービス)工夫されていますね。
>製作から11年も経ってご鑑賞されたというのも相当不利ですね。この時代は進歩が激しかったですから。
あえて元号を使います。この映画がアメリカで公開されたのが昭和15年。日本では昭和26年。戦前と戦後。随分違います。
>ヒッチコックが好きなので、却って厳しくなるんですよね。
「とにかく僕は伝説的な期待を持ちすぎた。それは僕の罪であってヒッチコックの責任ではない。」という言葉から始まっています。
>安倍政権以降、国会も弱まっていますね。
内閣だけが強すぎたんですね。
>現状の日本国憲法に憲法裁判所の設置について条項を加えるのが第一。
お偉いさん達が何とかして欲しいです。
>レベッカが偽名を使っていて、その人物がレベッカであると確信される為にはダンヴァースという名前が最適だからだと思います。
そういう事だったんですか!謎が解けました。
>レベッカの寝室で「私」にレベッカのネグリジェやら何やらを見せる時の陶酔したような表情とか… ヒッチコック上手いですね。
そしてジュディス・アンダーソンの演技も素晴らしいです。
>デュモーリアは実際バイセクシャルだったという説もあります。
ウィキに書いてありますね。
>ラストは一応一件落着にみえるように(観客サービス)工夫されていますね。
実際にマキシムは無罪ではないですが、屋敷が焼け落ちて、ダンバース夫人も死んで(?)、それで全てはお終いと言った感じです。
>デュモーリアに詳しくはないのですが好きなんですよ。
少し意味合いは違いますが、好きこそものの上手なれ、と申します^^
>映画は原作に忠実なようでいてラストは一応一件落着にみえるように(観客サービス)工夫されていますね。
戦前(厳密には戦中か?)の大メジャー映画である所以でしょう。セルズニックの趣味であって、ヒッチコックの趣味ではなさそうです。
>この映画がアメリカで公開されたのが昭和15年。日本では昭和26年。戦前と戦後。随分違います。
>とにかく僕は伝説的な期待を持ちすぎた
「レベッカ」の賞賛された手法をさらに発展させて作った「断崖」や「疑惑の影」を見てしまっているので、原形を今さら見せられてもという意味でしょうね。
それでも、決して嫌いではないと思います。
>>現状の日本国憲法に憲法裁判所の設置について条項を加えるのが第一。
>お偉いさん達が何とかして欲しいです。
維新だけが憲法裁判所について言及してい、そこは大いに買っています。が、他の項目もあるので、僕の考えと同一というわけでないのが残念。
この映画(原作も)は単純なゴシックロマンではなくて、レベッカは果たしてファムファタールなのか?という問題が隠されていると思います。ヒッチコックはミソジニストなのであえて原作の悪女の面ばかりを強調していますが、原作でも映画でも実際にレベッカを「悪女」であると非難しているのはオリヴィエだけです。
そのオリヴィエが体現しているのは古い時代の家父長制の元の夫像なので、その古い力関係をいとも簡単に笑ってひっくり返そうとする女は憎悪と恐怖の対象でしかなくなる訳です。
19世紀までの英国では、結婚しても他所に愛人をもつ男性はザラにいて特に責められたり性悪男と非難されたりもしてきませんでした。トムジョウンズの放蕩は「華麗な冒険」とされ、最近でもイギリスの次の国王(名前ど忘れ)のカミラ夫人問題も然りです。
レベッカはこどもの頃から利発で男勝りで教養も美貌も兼ね備えていた新しい時代の女性ですから「男もすなる◯◯を女もしてみんとて…」と思ったとしてもおかしくはないですよね。あ、紀貫之は男ですけど(笑)
「裏レベッカ」とも言われる「レイチェル」ではこのテーマがもっと露骨に出ています。そして悪女なのかハッキリしないままに男の恐怖心から殺されてしまいます。
と言うことを踏まえていただいて、果たしてレベッカは悪女なのか、どう思われますか?
(原作ではレベッカはオリヴィエに射殺されます。)
>ヒッチコックはミソジニストなので
ヒッチコックは、女嫌いという意味でのミソジニストではありませんが、幾つかの伝記映画を見ると、セクハラという意味ではそうでしたね。
>「裏レベッカ」とも言われる「レイチェル」ではこのテーマがもっと露骨に出ています。
僕は映画版しか知りませんが、正にその通りでした。
>果たしてレベッカは悪女なのか、どう思われますか?
僕は、童話のヒロインを戦う英雄に変形したりする類が嫌いですが、フェミニストの女性を描いた伝記映画の類は割と好きです。
大学生の時くらいから、経済の発達や国力は女性の解放度にほぼ比例すると思ってきました(中世まで栄華を誇ったイスラム圏の現状を見よ!)。
権威に異を申し立てる女性をSNSで叩く男は馬鹿者。この類の男たちがレベッカのような女性を悪女と言うのでしょう。そういう輩に限って国力という概念を盾にしますが、寧ろ彼らこそ反国家的と、僕は考えます。
僕は国家主義者ではないので、国力など実はどうでも良いのですが、とは言え個人主義者として女性たちの自由・権利は尊重されてほしいですね。
レベッカは悪女ではないと思います。
>>あ、紀貫之は男ですけど(笑)
世界最初のネカマ文学^^
ということはともかく、「うつほ物語」という平安時代の長い宮廷文学を読み終えたところですが、この時代の女性観は正にイスラム教徒の考えに近いですね。赤ん坊時代に異性に顔を見られたというだけで、父親が慌てふためくんですよ。全くどうかしている(笑)
平安時代の通い婚は一夫多妻と言われますが、宮廷文学をきちんと読めば解るように、短期間においては一夫多妻でも長期間では多夫多妻ですね。
「レベッカは悪女だ」とは言えない脅迫的前振りを書いてしまいました。誘導尋問ですね。申し訳ない。
さすがに オカピー先生は優等生的(嫌味じゃなく)回答をしてくださいましたが…
蟷螂の斧様お気を悪くなさいませんように願います。スルーしてくださいね。
先生は古典がお好きなんですね。私は大の苦手でした。授業中大体寝てましたね。
今昔はおもしろかったかな? 教師が今昔に出てくる顔面痘痕の下人みたいな人だったのでリアリティーがありましたよ。
今回の土佐日記も奇跡的に思い出したのですが、使い方が間違ってた様な気がして昨夜は寝付きが悪かったです。
ヒッチコックミソジニー説
生育歴からみてかなりなマザコンで、若い頃は全く女性にモテないというか母親にそっち方面遮断されていたようで、女性へのコンプレックスの裏返しの女性嫌悪があると感じます。渇望の裏返しの嫌悪感とでもいうんでしょうか。手に入らない物は憎んでおくと気が楽になる?
監督として成功して権力を行使できるようになれば長年蓄積されてきた負のパワーがセクハラに向かわせてしまったのでしょうね。監督としての資質や業績を貶めるつもりは毛頭ありませんが、映画を観ていて「この人は女に罰を与えるのが快感なのかな?」と思うことがしばしばありました。この辺は男性には分かってもらえないかもしれませんけど。
>「レベッカは悪女だ」とは言えない脅迫的前振り
いえいえ。
僕はひたすらヒロインとその周辺を追っていたので、レベッカという女性の人間像への意識が殆どなかったというのが実際。
レベッカが悪女かどうかと言われると、僕の人間観では悪女ではないです。不倫ものに好きな作品が多く、(多くの場合)不倫する人間を悪く見ないような人間観です。各々の事情を考慮しない不倫=不道徳(そもそも不倫が不道徳という意味ですが)という単純な見方・・・はしないタイプです。
>若い頃は全く女性にモテないというか母親にそっち方面遮断されていた
>ようで、女性へのコンプレックスの裏返しの女性嫌悪があると感じます。
トリュフォーのインタビューでその辺りが少し語られていたような記憶があり、アシスタントをしたりしたアルマ・レヴィルと結婚できたことで、女性に対しても自信が持てた、と言っていたような?
>映画を観ていて「この人は女に罰を与えるのが快感なのかな?」と思うことがしばしばありました。
「鳥」「マーニー」に出演したティッピ・ヘドレンの伝記映画を見ると、おぼろげながら解るような気がします。残念ながら、ヒッチコック作品を見るだけで、それが感じられるだけのセンスは僕にはないかも。