映画評「シベリア超特急5」

☆(2点/10点満点中)
2005年日本映画 監督・マイク水野
ネタバレあり

「シベリア超特急4」は舞台だったはずで、それ以外はシリーズ全てを怖いもの見たさで観てきた。このシリーズでマイク水野こと水野晴郎は、フランソワ・トリュフォーでもピーター・ボクダノヴィッチでもないことを見事に証明した。

平家の子孫であり映画批評家の片岡愛之助が友人・片岡進之介と源義経=ジンギス・カン説に絡んだ秘宝のありかを示す地図を探す為にソ連に渡る。シベリア超特急は例によって各国の人々が乗り合わせ出発、乗客と車掌が次々と殺されるが、山下奉文大将(水野)が素人探偵ぶりを発揮して事件を解決する。

先日の「吸血鬼ゴケミドロ」よりは映画になっているかもしれないが、これまた反戦を言葉で訴える泥臭い映画である。
 水野氏には映画批評家としてあらゆる作品を人間ドラマとして捉える悪い癖があり、僕は四半世紀の間批判してきたわけだが、その悪い癖が言葉で主張する映画作りに帰着している。全く意味のない長廻しを披露しながらも、映画の最大の言語は映像であるということが少しも身に付いていない似非映像派である。彼はヒッチコックから何も学んでいない。

今回は、故・淀川長治氏に小森和子氏、芥川龍之介に三島由起夫、武蔵対小次郎といった日本文芸のパロディーが多くなっている。「郵便配達は二度ベルを鳴らす」や「戦艦ポチョムキン」といった古い洋画も扱われているが、採点にプラスになる程のものではない。「ポチョムキン」に至っては観客を馬鹿にするのも程があると言いたいくらいで、おまけの30年後のどんでん返しのくだらなさには言葉もない。

岡田真澄もこれが遺作では化けて出るでしょう。

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