映画評「いつか読書する日」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2005年日本映画 監督・緒方明
ネタバレあり
僕のような映画分析タイプの映画批評にとっては困ってしまうタイプの作品。良い映画ではあるが、映画的分析より文学的な分析の方が面白そうなのである。
監督は「独立少年合唱団」というなかなか面白い青春映画を作った緒方明だが、一転して大人の映画を巧く作っている。原作は自ら脚色も担当した青木研次。
50歳になる独身女性・大場美奈子(田中裕子)は朝は牛乳配達、昼間はスーパーのレジ係をしている。両親は彼女が子供の時に死んで、母の同級生だった女性(渡辺美佐子)を親代わりのようにしている。彼女は認知症になった英文学者の妻である。
片や50歳の高橋槐多(岸部一徳)は市役所の児童課勤務で、家に帰れば病床に伏せている妻・容子(仁科亜季子)の世話をしている。
伏線やキーワードに富む作品であるが、少女時代のヒロインが故郷を絶対出ないと宣言する開巻から些かびっくり。通常の主人公は故郷から出て行きたいと望むからである。
美奈子と槐多は少年時代から相思相愛だったのだが、夫々の両親が自転車に乗って交通事故死したことが障害となってしまい、それが街に留まらせた原因のようである。槐多も平凡に生きることを望む。
二人のなかなか交錯しない感情を、自転車で坂道を下り、石段を駆け上る彼女の姿を繰り返して描くなどして緻密に描き出している。
石段が特に印象的なのは、ここに槐多の家があるからで、牛乳は真情の伏せられたラブレターである。彼女が「よしっ」と決意の声を出して石段を上るのが実に良い。彼女の気持ちはよく解ります。
槐多の子供に対する思いも伝わって来る。子供の面倒を看ない若い母親をどやしつける。男の心の叫びである。そして、容子亡き後30数年間秘められた本懐を遂げた後槐多は溺れかけた子供を救い、笑って死ぬ。
救った子供は美奈子との間に作りかった子供の代替だったのかもしれない。
容子は狂言廻し的で、作劇上の扱いがなかなか巧い。
そうなると問題になるのは、養母的な渡辺美佐子のナレーションを挿入する意味である。物語に客観的な感触をもたらすという効果はあるように思うが、主人公たちの場面に彼女の場面を挿入することで展開が若干ぎくしゃくしている憾みがある。50歳のういういしい恋を描く一方、その過程で男女の関係のあり方を問う意味があるとしても、彼女の痴呆症の夫の扱いも大きすぎはしないか。緻密さ、繊細さには素直に賞賛の言葉を送りたいが、構造やバランスにはやや問題を残す。
若い頃からうまかった田中裕子の演技は益々繊細で抜群、のっぽのサリーだった岸部一徳はすっかり一流の役者になった。狂言廻し・仁科亜季子も長いブランクが芸のこやしになったか、味わい深い。
それにしても「いつか読書する日」とは実に意味深なタイトル。槐多亡き今、彼女はじっくり読書することが出来るだろうか。
2005年日本映画 監督・緒方明
ネタバレあり
僕のような映画分析タイプの映画批評にとっては困ってしまうタイプの作品。良い映画ではあるが、映画的分析より文学的な分析の方が面白そうなのである。
監督は「独立少年合唱団」というなかなか面白い青春映画を作った緒方明だが、一転して大人の映画を巧く作っている。原作は自ら脚色も担当した青木研次。
50歳になる独身女性・大場美奈子(田中裕子)は朝は牛乳配達、昼間はスーパーのレジ係をしている。両親は彼女が子供の時に死んで、母の同級生だった女性(渡辺美佐子)を親代わりのようにしている。彼女は認知症になった英文学者の妻である。
片や50歳の高橋槐多(岸部一徳)は市役所の児童課勤務で、家に帰れば病床に伏せている妻・容子(仁科亜季子)の世話をしている。
伏線やキーワードに富む作品であるが、少女時代のヒロインが故郷を絶対出ないと宣言する開巻から些かびっくり。通常の主人公は故郷から出て行きたいと望むからである。
美奈子と槐多は少年時代から相思相愛だったのだが、夫々の両親が自転車に乗って交通事故死したことが障害となってしまい、それが街に留まらせた原因のようである。槐多も平凡に生きることを望む。
二人のなかなか交錯しない感情を、自転車で坂道を下り、石段を駆け上る彼女の姿を繰り返して描くなどして緻密に描き出している。
石段が特に印象的なのは、ここに槐多の家があるからで、牛乳は真情の伏せられたラブレターである。彼女が「よしっ」と決意の声を出して石段を上るのが実に良い。彼女の気持ちはよく解ります。
槐多の子供に対する思いも伝わって来る。子供の面倒を看ない若い母親をどやしつける。男の心の叫びである。そして、容子亡き後30数年間秘められた本懐を遂げた後槐多は溺れかけた子供を救い、笑って死ぬ。
救った子供は美奈子との間に作りかった子供の代替だったのかもしれない。
容子は狂言廻し的で、作劇上の扱いがなかなか巧い。
そうなると問題になるのは、養母的な渡辺美佐子のナレーションを挿入する意味である。物語に客観的な感触をもたらすという効果はあるように思うが、主人公たちの場面に彼女の場面を挿入することで展開が若干ぎくしゃくしている憾みがある。50歳のういういしい恋を描く一方、その過程で男女の関係のあり方を問う意味があるとしても、彼女の痴呆症の夫の扱いも大きすぎはしないか。緻密さ、繊細さには素直に賞賛の言葉を送りたいが、構造やバランスにはやや問題を残す。
若い頃からうまかった田中裕子の演技は益々繊細で抜群、のっぽのサリーだった岸部一徳はすっかり一流の役者になった。狂言廻し・仁科亜季子も長いブランクが芸のこやしになったか、味わい深い。
それにしても「いつか読書する日」とは実に意味深なタイトル。槐多亡き今、彼女はじっくり読書することが出来るだろうか。
この記事へのコメント
私の多々ある映画語録に「しつこいヒトは絵になる、ドラマになる」のまさにそのもの映画。
都会が好きで区切りをつけるのが早くて「待ってられない」性格の私などからすると田中裕子扮する主人公美奈子の心情を憶測の範疇にしかならないけれど、確かにこういう女性は、いますね。
あのとっくに読んでしまったであろう天井まである本の量からして絶対「モノを捨てない」人なんでしょうねえ。もちろん、人間も。
TBさせていただきました。
ほーっ、「しつこいヒトは絵になる、ドラマになる」ですか。
私の語録にはありませんが、なるほどそうですね。例えは変ですが、伝記映画になるような人物はしつこいです。違う? もっと平凡な人の話? いや、そうでしょうとも。私も案外しつこくて大学に入ってから、中学2年で知り合った初恋の人に(初めての)手紙を書いたりしましたが、出した後で「止めとけばよかった」。正に美奈子のラジオ局に出した文面の心境ですよ。
そういう意味では、この作品はよく分ったなあ。というわりに星が伸び悩んでいるのはやはり、渡辺美佐子とその夫が原因です。
>牛乳は真情の伏せられたラブレター
ここのところが、素敵です!
>のっぽのサリーだった岸部一徳はすっかり一流の役者
本当にいい役者さんですね、いつも思います。
この人が出てくるだけで物語がぐっと面白くなります。
今回主役だったのには、少々ビックリしましたが・・・。
脇役しか見たことが無かったので。
そうですね、のっぽのサリーは貴重な脇役ばかりでした。でも、主役も十分やれる名優になりました。GS時代から知る私は別の感慨も持ちました。
僕は、この監督の仕事を見るのは、初めてだったんです。丁寧に、映像化されていました。特に、カメラワーク。おもしろいアングルがいくつもありました。