映画評「ラヴェンダーの咲く庭で」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2004年イギリス映画 監督チャールズ・ダンス
ネタバレあり
ピアノを弾く記憶喪失の青年がこの作品の公開前に大騒ぎになったが、青年は結局嘘つき男と判明した。本作との相似性は勿論偶然だろうが、面白い偶然もあったものである。
戦争の影がちらつき始めた1936年の英国コーンウォール地方、両親の残してくれた遺産で余生を過ごしている老姉妹マギー・スミスとジュディー・デンチが嵐の翌朝、難破船の乗客だったらしい外国青年ダニエル・ブリュールを浜辺に発見して介抱する。
映画や小説では石が投げ込まれて静かな池に波紋が起るというのが一般的な展開だが、本作など正に典型的と言うべし。勿論<石>は青年である。
彼を巡って姉妹の間は僅かにぎくしゃくするのだが、面白いのは二人が彼により乙女心を呼び起こしてしまうことで、互いに嫉妬心に苛まれるのである。特にジュディーは正に50年前にタイムスリップしてしまった感があるほどであり、微笑ましいと言えないこともない。
そこへロシア女性ナターシャ・マケルホーンがやって来ると、姉妹は今度は歩調を合わせるが、彼女は青年にとって運命の女神に他ならない。ヴァイオリニストを目指す青年は、世界的ヴァイオリニストの妹である彼女に導かれて華やかなデビューを果たすのである。
英国的ムード満点の心情ドラマで、老姉妹の交情を温かく見つめた秀作「八月の鯨」を思い出しながら観ていたが、姉妹の心情を描くのが眼目である以上本作の終盤の展開は些か疑問である。
主人公は<石>に過ぎないのに、ラジオの前に村中の人々が集まるイタリア映画的風景など青年の成功を余りにもフィーチャーしてしまってはいないか。勿論青年の成功が華やかであればあるほど姉妹の小さな幸福が消えた寂寥感は引き立つという考えも成り立つが、僕はもっと単純に姉妹の心情に集中すべきであったと思う。
監督は、最近では「スイミング・プール」が印象深い中堅俳優チャールズ・ダンスで、初メガフォン。前述した通り、ムード醸成は優れていたが、構成に難ありで、初打席ホームランというわけには行かなかった。
主演のベテラン女優は誠に味わい深い。特に、ジュディー・デンチは乙女に戻ってしまった老女の気持ちを繊細に表現していて、監督が若い時の彼女とブリュールが抱擁しあう幻想ショットを挿入したのが無駄に思えるほど。
因みに、コーンウォールは昔から難破船が打ち寄せる場所として有名で、ヒッチコックの「巌窟の野獣」もここを舞台に難破船を巡る騒動を描いていた。
2004年イギリス映画 監督チャールズ・ダンス
ネタバレあり
ピアノを弾く記憶喪失の青年がこの作品の公開前に大騒ぎになったが、青年は結局嘘つき男と判明した。本作との相似性は勿論偶然だろうが、面白い偶然もあったものである。
戦争の影がちらつき始めた1936年の英国コーンウォール地方、両親の残してくれた遺産で余生を過ごしている老姉妹マギー・スミスとジュディー・デンチが嵐の翌朝、難破船の乗客だったらしい外国青年ダニエル・ブリュールを浜辺に発見して介抱する。
映画や小説では石が投げ込まれて静かな池に波紋が起るというのが一般的な展開だが、本作など正に典型的と言うべし。勿論<石>は青年である。
彼を巡って姉妹の間は僅かにぎくしゃくするのだが、面白いのは二人が彼により乙女心を呼び起こしてしまうことで、互いに嫉妬心に苛まれるのである。特にジュディーは正に50年前にタイムスリップしてしまった感があるほどであり、微笑ましいと言えないこともない。
そこへロシア女性ナターシャ・マケルホーンがやって来ると、姉妹は今度は歩調を合わせるが、彼女は青年にとって運命の女神に他ならない。ヴァイオリニストを目指す青年は、世界的ヴァイオリニストの妹である彼女に導かれて華やかなデビューを果たすのである。
英国的ムード満点の心情ドラマで、老姉妹の交情を温かく見つめた秀作「八月の鯨」を思い出しながら観ていたが、姉妹の心情を描くのが眼目である以上本作の終盤の展開は些か疑問である。
主人公は<石>に過ぎないのに、ラジオの前に村中の人々が集まるイタリア映画的風景など青年の成功を余りにもフィーチャーしてしまってはいないか。勿論青年の成功が華やかであればあるほど姉妹の小さな幸福が消えた寂寥感は引き立つという考えも成り立つが、僕はもっと単純に姉妹の心情に集中すべきであったと思う。
監督は、最近では「スイミング・プール」が印象深い中堅俳優チャールズ・ダンスで、初メガフォン。前述した通り、ムード醸成は優れていたが、構成に難ありで、初打席ホームランというわけには行かなかった。
主演のベテラン女優は誠に味わい深い。特に、ジュディー・デンチは乙女に戻ってしまった老女の気持ちを繊細に表現していて、監督が若い時の彼女とブリュールが抱擁しあう幻想ショットを挿入したのが無駄に思えるほど。
因みに、コーンウォールは昔から難破船が打ち寄せる場所として有名で、ヒッチコックの「巌窟の野獣」もここを舞台に難破船を巡る騒動を描いていた。
この記事へのコメント
まったくもって同感です。
ラジオ放送のシーンは初メガホン、チャールズ・ダンスの余計な勇み足でしょう。
こういう作品は“静かに始まって、2人の名女優だけに焦点を絞って・・静かに終わる・・・”これを徹底すればすごくいい余韻の残る映画になったのに。
TBさせていただきました。
「~心情を」ではなく「~心情に」でした。文を途中で変えると「てにをは」が合わないことがままあり、焦ります。
今回は同感戴けましたね。勇み足続きだっただけにホッとしました。
<コーンウォール
「巌窟の野獣」は未見です(>.<)。コーンウォールというとアガサ・クリスティーの故郷ですよね。なので彼女の作品に度々登場してくるので、それをすぐ連想してしまいます。
私は、主題や狙いの沈潜という観点で作品を眺めることが多いですから、どうも気になりました。ちょっとむらっ気が出たかな、ってね。解りやすい古典的な構成ですから余計目立ちました。
>コーンウォール
「巌窟の野獣」は、まあ、面白味がなくもない海賊映画です。ヒッチコックとしてはとても褒められない。
ああ、クリスティーはコーンウォールでしたかね。イギリス南端の、嵐に襲われる必ずしも恵まれない土地柄がああいう作品群を生んだのでしょう。なるほどなあ。