映画評「父よ」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2001年フランス映画 監督ジョゼ・ジョヴァンニ
ネタバレあり

「冒険者たち」(原作)「ラ・スクムーン」などのフィルム・ノワールで有名なジョゼ・ジョヴァンニ監督の自伝作品。
 映画ファン以外には関係ないと思われるかもしれないが、父子の普遍的なドラマとして見ることができる。

18歳の時に兄と共に強盗事件を起こして服役中の若者ヴァンサン・ルクールがいつ死刑になるかもしれない恐怖の中で過去を振り返る。
 事件のあらましや若者の生い立ちが回想で描かれるが、これは言わば傍流で、父親ブリュノ・クレメルが息子をいかに救おうとするかという物語が本流である。

父親の職業はギャンブラーで、息子二人の面倒を碌に見ないうちに不良になった二人が犯罪を犯し、長子は警官に殺害されている。父は反省をしながら刑務所前のカフェに通い中の様子を聞きながら、余った時間で再審の費用を稼ぎ、被害者家族の前に姿を現す。
 被害者の妹が理解を示した結果、若者は刑を軽減され10数年後に釈放される。服役中に書いた小説「穴」がベストセラーになり映画化される。人だかりのするサイン会場に父は姿を現すものの息子に逢わずに退散する。父が来たのを知った息子は夕暮れの中で父の姿を追う。

抜群の余韻が醸し出された幕切れである。これほど無言に父親の愛情が語られた映画もそれほどない。犯罪者であっても救い出したいと思う父親の心情が淡々と語られ感動的である。「淡々としているから感動的でない」などという意見は全く映画の心を理解していない戯言である。

また、ジョヴァンニ全盛期のフィルム・ノワールと単純に比較するのも的外れで、この父子関係を理解せずに全盛期の作品を語る勿れ。
 僕は「暗黒街のふたり」のジャン・ギャバンが演じた保護司を思い出さずにはいられなかった。あの人物はこの父親の分身である。

この記事へのコメント

viva jiji
2006年09月27日 12:03
プロフェッサーの書かれた記事を読み、映画の内容がブワッ~~ッと思い出されてまた涙ぐんでしまいました。もちろん絶妙な余韻の残し方はいつも唸ってしまうのですが特に私が感心したのは(ヨーロッパ映画に多いと感じる)ジョゼ・ジョバンニの若き日の主人公とその父親、双方とも「闇の狡猾さ」を兼ね備えている描き方をしているところ。人間とは複雑なもの。1足す1は2だけじゃない。理解できなかった父の生き方を最後に受容した息子の心に広がった温かさを広がりを観る私たちにまで波及させてくれたジョバンニ監督の視線の確かさ。うまいです。
閑話休題。私のブログお友だちへのプロフェッサーの積極的なコメント&TB、ありがとうございます。dimさんチでの「ヴェラ・ドレイク」の感想などとても興味深くこっそり読ませていただきました。おかげさまで私のところへ「時代の情景」アラン・ドロン命!のトムさんが訪ねて来てくれました。それもこれもプロフェッサーのたゆまぬ映画愛への成せる技かとも。地道に広げましょう、「素晴らしい映画の輪」!
オカピー
2006年09月27日 13:49
viva jijiさん
>人間とは複雑なもの
そう、dimさんの当「ヴェラ・ドレイク」記事へのコメントに対し、欧州映画は複眼的であると書いたように、彼らの人間の描き方や主題、主題の展開はハリウッド映画のように単純ではないですね。私の趣味からすれば、その方が心に残ります。ハリウッドには単純明快な良さがあり、底の浅さはテクニックで補えていたのですが、最近のハリウッドは監督を育てる気運がなく新人・若手ばかりで、映画性の貧しいこと。腹が立ってしまうほどです。

いや、自分の記事を書くのが精一杯でなかなか回れません。viva jijiさんに倣って、異論でも書き残そうとは思っております。
トムさんの熱意は、私のヒッチコックに向ける熱意以上ですね。色々な書籍も読まれて自分なりの見識を構築されていられるようで、非常に頼もしい方です。確か北海道のほうにお住みではなかったかな?
トム(Tom5k)
2006年09月28日 23:44
オカピーさん、それからviva jijiさん、こんばんは。恥ずかしながら『父よ』は未見でして・・・。ただ
>ブリュノ・クレメルが息子をいかに救おうとするかという物語・・・ジャン・ギャバンが演じた保護司を思い出さずにはいられなかった。あの人物はこの父親の分身である。
とのことから
イメージとしては『ブーメランのように』が似ているかな?と思います。彼のどの作品にも同世代の友情というより、年齢の異なる者同士の友情などが、とても哀しく表現されているような印象です。
自国フランス作品というより、イタリア映画に(勉強不足でその根拠まで、まだ示せませんが)その傾向の源流を感じます。
わたくしの「お気に入り」を覗いていただけると、ご理解いただけると思いますが、いわゆる【熱い方】に興味が湧いてしまいまして、本館掲示板のviva jijiさんのコメントにそれを感じました。

わたくし北海道の田舎者です。昨日はファイターズの1位決定に狂気乱舞でした。

それから、ご報告ですが、当ブログ『帰らざる夜明け』の記事内にオカピーさんの記事コメントへのリンクを直結しています。では、また。
オカピー
2006年09月29日 03:46
トムさん、こんばんは。
まだご覧になっていらっしゃらない? それは意外中の意外ですよ。
私はどちらか言うと表面的には低温動物ですけどね(笑)、トムさんは私に熱いものを見つけられたわけですね。映画にかける熱意と来たら、ちょっと伏字になりますが、○ちが○沙汰ですよ。
ジョヴァンニは元来イタリア人でしょ? 当然イタリア的に絆を重んじるような傾向があると思いますよ。

viva jijiさんは大都市・札幌にお住まいだそうです。いいなあ、一緒にカラオケが出来るかも?

>「帰らざる夜明け」
恐縮です。
トム(Tom5k)
2007年02月18日 23:30
オカピーさん、どうも。
まだ、本文訂正中ですが、こちらの記事をご紹介させてもらいました。
ジョヴァンニの『父よ』をようやく観ました。いろんな作品が頭の中をよぎってしまいます。
あっ、それからジョヴァンニはコルシカ出身らしいです。コルシカ出身の暴力団関係者とドロンとジョヴァンニらは切っても切れない信頼関係があったようです。
では、また。
オカピー
2007年02月19日 03:07
トムさん、こんばんは。

コルシカですか。シシリーやコルシカの人々は本土の人々に比べて、血縁や義理を重んじる傾向があることは数々の作品で知られていますが、やはり。

トムさんの文章を拝読しておりますと、映画とは内容を超えて実に面白いものだと思い知らされます。文学では他国の作家にまで深い影響を及ぼすことはなかなかないですし(日本の自然主義文学者がツルゲーネフなどに傾倒したことなどを別にすると)、若い作家が昔の作家から影響を受けることは殆どありえませんよね? 新聞で綿矢りさが夏目漱石を読んでいると述べていましたが。
トム(Tom5k)
2007年02月19日 23:14
オカピーさん
>映画とは内容を超えて実に面白いもの・・・
そうですねえ。連想が連想を呼び起こす。しかも瞬時に。最近ようやく気がついてきたのですが、それが映画の特徴のひとつなのかもしれません。それが生活に立ち返っていったりすると・・・やはり現代の最も影響力のある文化のひとつとして、より意義のあるものとしなくては・・・。あせっちゃいますね。
そして、オカピーさんのおっしゃっている「映画を映画として」観ることの「要素のひとつ」として
映画が過去の遺伝子から成立しているという用心棒さん、映画は単独では成立しないというオカピーさん
お二人が以前におっしゃていたことと結びついてしまいます。
素晴らしいですね。われわれの映画理論は。カイエ派や左岸派をとっくに凌駕しています(笑)。
では、また。
オカピー
2007年02月20日 02:45
トムさん、こんばんは。

ところが、ハリウッド・メジャーはそういう映画の伝統を壊そうとしている感さえあります。CGの多様による実写軽視、映画のTV化(シリーズ化)、映画のゲーム同一化(ゲームの映画化もその一つ)、CM・MTV畑からの監督採用など、これはもうひどいというしかありません。
この流れは勿論他の国にも無縁ではないわけでして、危機感を覚えずにはいられませんね。
悲観的な見方をすれば、私は10年後には新しい映画を観なくなっているかもしれないと思っています。観客が今のままでは...。

いや、まだ未来はあるでしょう。頑張るしかないですね。
シュエット
2008年02月23日 03:52
遅くにお邪魔します。
>僕は「暗黒街のふたり」のジャン・ギャバンが演じた保護司を思い出さずにはいられなかった。あの人物はこの父親の分身である。
偶然です。ジャン・ギャバン「冬の猿」に続いて、本作「父よ」記事アップしました。「冬の猿」を久々見て、次にとなったら「父よ」が見たくなり、となったら次は「穴」と続きます(笑)今回は泣きました!最後のシーン思い出しては涙です。
>「淡々としているから感動的でない」
こんな感想もあるんですか?「行間」も死語となっているんでしょうか。
これはTSUTAYAでビデオが中古で販売していたときには飛びつきました。この作品はDVDに比べて鮮明さが劣るビデオの方が味があるかも。
シュエット
2008年02月23日 04:40
「父よ」と「穴」は互いに外伝のような関係。切り離せないので、翌日までまって記事アップは待てないので24日付けですが、続けて「穴」も記事アップしました。こちらもTBさせていただきますね。
オカピー
2008年02月24日 01:34
シュエットさん、こんばんは。

>暗黒街のふたり
これはジョヴァンニの自伝的作品ではないですが、主人公のアラン・ドロンに自身を、ジャン・ギャバン演ずる保護司に父親を強く投影したものと思われます。

>こんな感想もあるんですか?「行間」も死語となっているんでしょうか。
TVで育った方にはそういう方が多いのではないですか?
例えば、登場人物が涙を流さないと泣けないのでは? 登場人物が感情を顕わにし、作者が感情を表現する、そんな作風でないと感動できない、なんてそもそも「感動」の意味が分っちゃあいない。

勿論昔からそういう人はいるんですけどね。
段々価値観の狂った人々が増えているのは確かだと思います。
トム(Tom5k)
2008年07月12日 15:42
オカピーさん、こんにちは。
ドロン作品でも全く知名度の無いものをアップし、かなり強引に付加価値を加えましたのでTBします。面白い発見も多く、後のドロン&ジョバンニ作品の原点や、古典ではグリフィスの『イントレランス』や『チャップリンの移民』、ニューシネマ時代のハリウッドでは、特に『ゴッドファーザー』を想起しました。
ところで、ラルフ・ネルソン監督はご存知ですか?オカピーさんの評価はどうですか?わたしは、優れた演出家のように思うんですけれど、話題に上ることが少ないですよね。
では、また。
オカピー
2008年07月13日 03:45
トムさん、こんばんは。

>泥棒を消せ
僕の中ではそう知名度が低くないですけど(笑)。
これをTVで観た時は多分10代半ばで、細かいところは全く失念しておりますが、かなり義憤にかられた記憶はあります。

>ラルフ・ネルスン
結構観てますよ。
彼の作品の中では「砦の29人」というのが割合好きで、「まごころを君に」も良かったですね。「野のユリ」は狙いの面白さ。
当時のハリウッドでは珍しくも映画作家的な監督で、たまに娯楽作品も手がけましたが、「ソルジャー・ブルー」などという全く後味の悪い作品を、その一貫した風刺作家的な立場で作っていましたね。

しかし、編集権を与えられた作家が10人もいなかったと言われる当時のハリウッドの環境にあって、彼のような映画作家タイプは実力が発揮しにくかったのではないかと思いますね。きちんと見直さないと何とも言えませんが、編集権があれば「泥棒は消せ」辺りはもっと知名度が上がっていたかもしれないです。

皮肉なことに、ニューシネマ時代になって「ソルジャー・ブルー」のように思い切った作品を作ってから彼のパワーは一気に下降して凡打の山。
2011年01月12日 00:41
オカピーさん、こんばんは。
久しぶりに、ジョバンニ&ドロンにはまっております。
ドロン作品としては、正直いって、大人になってからは、あまり好きな作品群ではないんですが、味わい深い作品ではあるので、しばらく浸りそうです。
この間は、「暗黒街のふたり」を観て、「イントレランス」、「レ・ミゼラブル」を観て、頭が錯綜してるんですが、この3作にからめて、記事アップしようかなと思っているところです。
今回は、「ル・ジタン」アップしましたので、こちらにTBしました。映画評でもなんでもなく、コラムみたいな記事になってしまいましたよ(笑)。
では、また。
オカピー
2011年01月13日 00:27
トムさん、こんばんは。

>あまり好きな作品群ではない
「ル・ジタン」のドロンはひげをはやしていましたが、僕はひげドロンは余り好きではないので、評価が下がったりします(本当か?笑)
しかし、僕はひげドロンでは「仁義」よりこちらのほうが好きだったと思います。
大学時代に観て以来ご無沙汰で詳細は忘れたので、もう一度観てみたいな。なかなかやってくれないですよね、この手は。

>コラムみたいな記事
純粋な映画評は余り面白くないものですよ、僕のみたいに(笑)。
コラムやエッセイのようなのが読み物としては良いのでは。

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