映画評「愛についてのキンゼイ・レポート」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2004年アメリカ映画 監督ビル・コンドン
ネタバレあり
昭和30年世代の僕でも1948(昭和23)年発表の「キンゼイ・レポート」の名前は聞いたことがあるが、内容についてはアウトライン以外は全く知らない。とにかくキンゼイ博士は、第二次大戦直後に保守的なアメリカ人を、果ては世界の人々を性から解放した貢献者と言っていいのであろう。その彼の人生を描いた伝記映画であるが、これがなかなか面白い。
保守的なキリスト教徒である技術者の父親(ジョン・リスゴー)に反発するように、生物学への道を歩み、タマバチの研究で順調に助教授にまで昇進した彼(リーアム・ニースン)は、教え子であるクララ(ローラ・リニー)と愛し合って結婚するが、性交が巧く行かない。この時専門家に教えを請うたのが後の性に関するレポート発表への遠因になっていく。
監督ビル・コンドンが自ら書いた脚本がなかなか巧妙で、前半は、キンゼイ博士が自らを実験台に調査員三人に質問の仕方を教える過程で彼のそれまでの人生と性歴が語られるという体裁を取っている。実際そんなことがあったとは思わないが、映画としてこの語り口のほうが面白いのだから事実だろうか創作だろうがどちらでも宜しい。
この四人が調査に乗り出して男性版を発表しベストセラーになるが、女性版の段に至ると猛反発を食らってロックフェラー財団の支援も打ち切られる。同性愛的な傾向もあったようで、調査員の一人(ピーター・サースガード)と結ばれてしまう挿話も挟まれるが、「人間の性行動は全て異なる」という生物学と何ら変わらない結論を得ただけで世間の総反発に無力感に苛まれる。しかし、読者(=最後の被質問者)の女性(リン・レッドグレーヴ)の「救われた」という言葉が彼を救う。
現在、マイナス面も否定出来ないものの、性に関する自由主義は半世紀前とは比較にならないほど広がっているが、キンゼイ博士の活動がそれを推進したことは間違いない。それはよく解り、夫婦愛もきっちりと描かれている。
文学的に言えば、父への反動から全く正反対な自由主義へ走ったキンゼイが時に見せる保守的な面が面白い。つまり、父は自らの過激の性衝動から逃げるために清教徒的な保守性に走り、彼はその保守性から逃走する為に自由を重んじようと過激な性行動も取る。二人は裏表の関係であり、それはいつひっくり返っても不思議ではない危さがあるのである。父親が少年時代を語る場面が実は一番気に入った。
ただ、失意に沈んだ彼が一人の読者の出現で救われる、という部分は単純すぎて些か物足りない。失意へと沈んでいく場面の積み重ねに比べていかにも短いのである。
2004年アメリカ映画 監督ビル・コンドン
ネタバレあり
昭和30年世代の僕でも1948(昭和23)年発表の「キンゼイ・レポート」の名前は聞いたことがあるが、内容についてはアウトライン以外は全く知らない。とにかくキンゼイ博士は、第二次大戦直後に保守的なアメリカ人を、果ては世界の人々を性から解放した貢献者と言っていいのであろう。その彼の人生を描いた伝記映画であるが、これがなかなか面白い。
保守的なキリスト教徒である技術者の父親(ジョン・リスゴー)に反発するように、生物学への道を歩み、タマバチの研究で順調に助教授にまで昇進した彼(リーアム・ニースン)は、教え子であるクララ(ローラ・リニー)と愛し合って結婚するが、性交が巧く行かない。この時専門家に教えを請うたのが後の性に関するレポート発表への遠因になっていく。
監督ビル・コンドンが自ら書いた脚本がなかなか巧妙で、前半は、キンゼイ博士が自らを実験台に調査員三人に質問の仕方を教える過程で彼のそれまでの人生と性歴が語られるという体裁を取っている。実際そんなことがあったとは思わないが、映画としてこの語り口のほうが面白いのだから事実だろうか創作だろうがどちらでも宜しい。
この四人が調査に乗り出して男性版を発表しベストセラーになるが、女性版の段に至ると猛反発を食らってロックフェラー財団の支援も打ち切られる。同性愛的な傾向もあったようで、調査員の一人(ピーター・サースガード)と結ばれてしまう挿話も挟まれるが、「人間の性行動は全て異なる」という生物学と何ら変わらない結論を得ただけで世間の総反発に無力感に苛まれる。しかし、読者(=最後の被質問者)の女性(リン・レッドグレーヴ)の「救われた」という言葉が彼を救う。
現在、マイナス面も否定出来ないものの、性に関する自由主義は半世紀前とは比較にならないほど広がっているが、キンゼイ博士の活動がそれを推進したことは間違いない。それはよく解り、夫婦愛もきっちりと描かれている。
文学的に言えば、父への反動から全く正反対な自由主義へ走ったキンゼイが時に見せる保守的な面が面白い。つまり、父は自らの過激の性衝動から逃げるために清教徒的な保守性に走り、彼はその保守性から逃走する為に自由を重んじようと過激な性行動も取る。二人は裏表の関係であり、それはいつひっくり返っても不思議ではない危さがあるのである。父親が少年時代を語る場面が実は一番気に入った。
ただ、失意に沈んだ彼が一人の読者の出現で救われる、という部分は単純すぎて些か物足りない。失意へと沈んでいく場面の積み重ねに比べていかにも短いのである。
この記事へのコメント
しかしローラ・リニーとリーアム・ニースンの演技の確かさで、「色もの」に観られがちなこの手の作品に不可欠な「清潔感」は最後まで保たれたと思います。
TBさせていただきました。
正に仰るとおりで、終盤は腰砕けでしたね。
「地味で面白くない」というコメントをちらほらと見かけるのですが、それには賛同できません。クララに「教会的な考え」と断定されたキンゼイのキョトンとした顔。この場面も気に入りました。
抑制された演出が良かったですね。
本作に関しては全く異論がございません(笑)。
ぐいぐい引き込まれるような作品で、アメリカって国はちょっと前までこんなに保守的だったのか!と驚きさえありました。
キンゼイ氏のきょとんとした顔も印象的でしたが、あの厳格な父親の少年期の話を聞きだしたシーンも印象的でした。
うちのコメントにくださったように、キンゼイ氏がとても面白く作品の中で彼の考え方や行動をまるで研究対象のように興味深く見ることが出来て面白かったです。
いやいや、アメリカという国の半分は今でも保守的ですよ。旧教徒グループは未だに「太陽が地球の周りを回っている」と信じ込んでいる振りをしているんです。ブッシュ大統領もそんな一人ですが、さすがにスペースシャトルを飛ばしている国の大統領がそんなことを本気で信じているわけもないので、あくまで「振り」なんですけどね。
映画は面白かったですね。終盤が腰砕けなので、パリッと終ってくれればもっと良かったのですが。