映画評「残菊物語」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1939年日本映画 監督・溝口健二
ネタバレあり

村松梢風の小説を本作の主演を務めている花柳章太郎の要望で巌谷慎一が脚色した新派悲劇を溝口健二が映像化した芸道もの。1939年と言えば戦雲の色濃くなり思想の面で映画作りが難しくなった頃で、映画界全体として芸道ものや時代劇が多くなったようだが、溝口もリアリズム現代劇から離れ、それらの作品に活路を見出すことになる。

明治の初頭、歌舞伎役者・五世尾上菊五郎の養子・菊之助(花柳)は芸が未熟で落ち込むが、実子(後の六世)の乳母をしていたお徳(森赫子)が親身に心配してくれるのにほだされた結果勘当され、一旗上げようと赴いた大阪の上方歌舞伎でも芽が出ず、結局旅芸人となる。
 4年後、内妻になっていたお徳は菊五郎一座が名古屋に公演しに来た時に懇願、自分が身を引くことで一座に迎え入れることを承諾させるが、彼が成功した時病気が悪化して息を引き取る。

この作品で目立つのはワンシーン・ワンカットであり、時間経過の感覚が舞台と殆ど変らないのではないかと思えるほどじっくりと描き込んでいて見応え十分。この類の物語にスピード感を求めるのは木によって魚を求む野暮であろうし、溝口流のワンシーン・ワンカットを確立した作品と言って良いようである。

但し、物語自体は昭和12年(原作発表)のものとしても既に古色蒼然でそれほど高くは評価できない。
 しかし、映画としての魅力には富む。例えば、再現された長大な築地のセットで延々と歩き続ける二人を捉えたローポジションから仰角での移動撮影には映画ファンとして胸がときめく。
 道頓堀で華やかな舟乗込みを果たす菊之助と、病に伏しながらもそれを想像するお徳を捉えた最後のカットバックはそれ以上に興奮を呼び起こし、映画の外側から観ようと思っても思わず涙が滲む。けだし名場面と言うべし。

この記事へのコメント

ぶーすか
2006年09月05日 17:56
TB&コメント有難うございます。ダブりますが、こちらにもTBさせて下さい。この作品での長回しはそこの人々の生活感が生き生きと描かれる恰好の方法として取られていてすごく好きです。そのゆったりとした時間感覚は江戸の匂いがまだ強く香る時代という感じで、その世界に紛れ込んだ感覚さえ持ちました。さすが巨匠!
オカピー
2006年09月06日 02:55
ぶーすかさん、ようこそ。
水野晴郎のように意味もなく長廻しをしてスタッフを泣かせている素人とは違って、やはりプロの長廻しは上手い。ただ、本作は些か極端で、多少流れが停滞気味になっていることは否定できません。戦後の傑作群と比べると明らかだと思います。幕切れのカットバックは凄みがあり、外から観ても「涙がキラリ」といった感じでした。

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