映画評「華氏451」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1966年イギリス映画 監督フランソワ・トリュフォー
ネタバレあり
マイケル・ムーア監督の「華氏911」というタイトルを目にした時懐かしい本作を思い出した方も少なくないであろう。フランソワ・トリュフォーとしては初めて一般ドラマから離れた記念すべき第一作で、レイ・ブラッドベリの原作は映画化前からSFファンの間では有名だったはずである。
個人的にも、1960年代から70年代にかけて何度もTV放映されその度に観た思い出のある作品で、BS時代になってからも観た。
内容は近未来の焚書坑儒というべき現象を描いた警告SFで、いつ頃をイメージしているのか定かではないが、ちょうど今頃と考えると面白い。
映画が文字を極少にしたのはテーマを意識してのことである。
家が耐火性になって火事がなくなったその時代の消防署の仕事は、徹底した管理社会の下、危険分子を発生させるという理由で禁止されている書物を焼くこと。
主人公は消防署の中堅署員オスカー・ウェルナー。その妻(ジュリー・クリスティ)が観ているTVは横長薄形で、まるで50インチのプラズマTVのように見える。
今回は、丸っこいブラウン管のTVしかない時代のこの先見性に妙に感心してしまった。
その彼が妻と瓜二つの教師(ジュリー二役)によって読書の喜びに目覚め、焚書先で拝借してきた書物を読み始め、妻の密告で当局に追跡されると、<本の人々>と呼ばれるコロニーに逃亡する。
<本の人々>は、夫々本一冊を丸ごと記憶している。もし彼らが抹殺されることがあれば2200年前の焚書坑儒と似た事態になるが、この映画はそこまでは踏み込まず、人類の未来に希望を残している。
長髪の青年が捕まえられ髪を刈られる場面を見ると、「長髪は馬鹿になる」と長髪狩りをした現在の北朝鮮そっくりである。人々が密告するのも伝え聞く北朝鮮の社会と変るところがない。
いずれにしても思想が統制された環境下では、感情発露の自由さえ奪われる恐怖が社会に蔓延することは間違いなく、本作の描写の正確性には今更ながら驚きを禁じ得ない。
主人公が殺されてもいないのに死んだと報道される辺りには大本営発表なるインチキが揶揄される。そういう形で国家が人民を思想的に操作する時代が再びわが国に来ないことを祈るばかりである。
才気溢れるトリュフォーとしては余り洒落っ気を出さずに冷徹なタッチに努め、管理社会の恐怖をじっくりと醸成しているが、主人公の悪夢の表現はトリュフォーの恩師とも言えるヒッチコック「白い恐怖」と比べたくなる面白さ。「白い恐怖」の悪夢場面をデザインしたサルヴァドール・ダリ関連書物が目立つのも恐らく意識的なものだろう。
音楽もサイコ」などヒッチコック映画が多いバーナード・ハーマンで、不気味な感じを出している。
「ダーリング」「ドクトル・ジバゴ」と好調だったジュリー・クリスティも二役で魅力満開。
1966年イギリス映画 監督フランソワ・トリュフォー
ネタバレあり
マイケル・ムーア監督の「華氏911」というタイトルを目にした時懐かしい本作を思い出した方も少なくないであろう。フランソワ・トリュフォーとしては初めて一般ドラマから離れた記念すべき第一作で、レイ・ブラッドベリの原作は映画化前からSFファンの間では有名だったはずである。
個人的にも、1960年代から70年代にかけて何度もTV放映されその度に観た思い出のある作品で、BS時代になってからも観た。
内容は近未来の焚書坑儒というべき現象を描いた警告SFで、いつ頃をイメージしているのか定かではないが、ちょうど今頃と考えると面白い。
映画が文字を極少にしたのはテーマを意識してのことである。
家が耐火性になって火事がなくなったその時代の消防署の仕事は、徹底した管理社会の下、危険分子を発生させるという理由で禁止されている書物を焼くこと。
主人公は消防署の中堅署員オスカー・ウェルナー。その妻(ジュリー・クリスティ)が観ているTVは横長薄形で、まるで50インチのプラズマTVのように見える。
今回は、丸っこいブラウン管のTVしかない時代のこの先見性に妙に感心してしまった。
その彼が妻と瓜二つの教師(ジュリー二役)によって読書の喜びに目覚め、焚書先で拝借してきた書物を読み始め、妻の密告で当局に追跡されると、<本の人々>と呼ばれるコロニーに逃亡する。
<本の人々>は、夫々本一冊を丸ごと記憶している。もし彼らが抹殺されることがあれば2200年前の焚書坑儒と似た事態になるが、この映画はそこまでは踏み込まず、人類の未来に希望を残している。
長髪の青年が捕まえられ髪を刈られる場面を見ると、「長髪は馬鹿になる」と長髪狩りをした現在の北朝鮮そっくりである。人々が密告するのも伝え聞く北朝鮮の社会と変るところがない。
いずれにしても思想が統制された環境下では、感情発露の自由さえ奪われる恐怖が社会に蔓延することは間違いなく、本作の描写の正確性には今更ながら驚きを禁じ得ない。
主人公が殺されてもいないのに死んだと報道される辺りには大本営発表なるインチキが揶揄される。そういう形で国家が人民を思想的に操作する時代が再びわが国に来ないことを祈るばかりである。
才気溢れるトリュフォーとしては余り洒落っ気を出さずに冷徹なタッチに努め、管理社会の恐怖をじっくりと醸成しているが、主人公の悪夢の表現はトリュフォーの恩師とも言えるヒッチコック「白い恐怖」と比べたくなる面白さ。「白い恐怖」の悪夢場面をデザインしたサルヴァドール・ダリ関連書物が目立つのも恐らく意識的なものだろう。
音楽もサイコ」などヒッチコック映画が多いバーナード・ハーマンで、不気味な感じを出している。
「ダーリング」「ドクトル・ジバゴ」と好調だったジュリー・クリスティも二役で魅力満開。
この記事へのコメント
「華氏911」からこれを思い出した一人です。あれっ、トリュフォーのは華氏いくつだたっけ?って。
トリュフォーといってすぐにこれが浮かぶのは、<1960年代から70年代にかけて何度もTV放映され>たからでしょうね。
もうすぐBSでトリュフォー特集みたいです。DVD用意しとなくっちゃ。
あはは、そうでございましたか。そのくらいの年齢層ですね。
あの頃トリュフォーと言っても芸術映画ファンしか知らなかったでしょうが、「華氏451」のタイトルはかなりの人が知っていたにちがいないですね。
また「黒衣の花嫁」が観られる。嬉しいな。
「恋のエチュード」にはしびれたなあ。
「私のように美しい娘」も面白いですよ。
短編「あこがれ」は未見だったはず。これが最大の収穫かも。
あっ!ほんとですね~。
今や家が映画館のような方もたくさんいらっしゃることでしょうね。
先見の明があったんですね、トリュフォーは。
消防服もすっごくおしゃれだし・・・
トリュフォー作品にはよく看板やイラストが出てきますけど(この作品にはあまりないかも)
あのデザインは監督がしているのでしょうか?
批評家として頭角を現し、映画も撮って脚本も書き、自らも出演し、
小説も書いたんですよね。イラストも得意だったのかな?
なんにせよ、マルチタレントですね。
「才気あふれる人」という感じです。
私も以前オーディオには相当懲りましたが、すっかり貧乏していますので、TVは大型画面だけで辛抱しております。
>看板やイラスト
一応専門の美術が付いているはずですけど、色々と口を挟んでいるのでしょうね。
それで思い出しましたが、トリュフォーの映画作りが彷彿とされる楽しい楽屋裏映画「アメリカの夜」は抜群に面白いので、いつかご覧になってはいかが?
ところで、ヒッチコックは監督になる前にサイレント映画のタイトル・デザインを担当していたことがあります。絵が上手かったらしいですよ。