映画評「悪魔のような女」
☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1954年フランス映画 監督アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
ネタバレあり
未だ取り上げることができていない「恐怖の報酬」と並ぶアンリ=ジョルジュ・クルーゾーの傑作。アルフレッド・ヒッチコックの秀作「めまい」の原作者である、ボワロー&ナルスジャックのサスペンス小説の映画化である。
寄宿制小学校の校長ミシェル(ポール・ムーリス)は吝嗇の上に女たらしで、学校を経営者であり英語の教師もしているクリスティナ(ヴェラ・クルーゾー)を本妻に、もう一人の女教師ニコール(シモーヌ・シニョレ)を愛人にしている。校長にはサディスティックな面もあり、愛人は顔に痣を作っているし、妻は腐りかけた魚を無理矢理食べさせられる。生徒は「戦艦ポチョムキン」の船員のごとく大騒ぎを起こす。
この序盤で、クルーゾーは彼が何をされても仕方あるまいと思わせておく。
同病相憐れむ二人は毒薬の瓶を持って殺害を話合う。それを生徒に見られるが、生徒はウィスキーと誤解し、その後の食事の場面でも何も起らない。
この類の肩すかしは幾つもあるので、記載はここのみに留めたい。しかし、これらは強烈なサスペンスを築き上げる大切なレンガの数々なので、一つとして見落とすことなきよう。
三連休が始まり、ニコールは貸し家をしている自宅へ戻ることにする。朝方クリスティナは夫の眠っている部屋を抜け出し合流するのだが、ここを抜け出す場面も部屋の構造よろしくスリル満点。
二人が家に着くと借主の奥さんが二人を二階の窓から覗いている。二人がまんまと旦那をおびき寄せる時見られないようにニコールが借り主の部屋に赴く場面の伏線となっている。
眠り薬を盛って眠らせたミシェルを運ぶ時の消音として風呂に水を入れる。風呂は殺害する道具でもあり、二階の借主が異様に水道の音や水を抜く音を気にしている設定も巧い。ここで殺害を実行するのもそうした借主の性格を熟知した上でのアリバイ作りである。
翌日死体を詰め込んだバスケットを車に積み込んで学校まで移動するのだが、蓋が開きかけたり、酔いどれ軍人が乗り込もうとしたり、バスケットから水が洩れていたり、息付く間もなく強烈なサスペンスが展開する。
学校に戻ってからも凄まじい。通常の犯罪劇と違って二人は死体が早く発見されることを望んでいるのだが、色々な肩すかしでじりじりさせた(プールを尻目に、英語の授業で「落ちる」「発見する」という単語が出てくる洒落っ気!)後、水をはらったプールには死体がない。気の弱いクリスティナは倒れるが、彼女は心臓も弱い。
さらに彼の背広がクリーニング屋から届けられ、この辺りからサスペンスというよりホラー映画の様相が出て来る。
映画が公開された時物語の紹介はここまでにしてほしいということだったらしいので僕もそれに倣うが、最後にあっと驚く展開が待っている。
刑事(シャルル・ヴァネル)の登場を待つ迄もなく、ミステリー慣れしすぎた現在の観客ならかなりの確率で正確に真相に接近できるだろうが、本作を真相探しの作品と思って観ては本質を見失うであろう。
現在の観客は不幸である。どんでん返しを想定して観るから衝撃を受ける可能性が低いし、作り手もそこだけを眼目に作るから途中のサスペンス醸成がなおざりになっている作品が多い。しかも、映像によるいんちきトリックばかりで、トリックにまるで能がないと来る。
翻って本作は、サスペンス醸成の布石を成すトリックは数多くあれど、勿論いんちきはない。関係者が一人でいる場面を描かないのもそれ故である。
主要登場人物四人に扮したフランスの名優たちはいずれも見事である。目立たないが、シャルル・ヴァネルの刑事は頼りなさげでいて凄みのあるところが大変宜しく、でしゃばらず主演者とのバランスを取った好演。
最後に、1996年にシャロン・ストーン主演でリメイクも作られたが、全く比較にならない。
アメリカ人は日本人に比べて外国映画を見ないから創造力豊かなフランス映画が相当数ハリウッドでリメイクされているが、これほど完成度の高いものをリメイクするよりオリジナルをアメリカで大々的に公開する努力をするほうが、コストも掛らず、遥かに映画界の為にもなる。
1954年フランス映画 監督アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
ネタバレあり
未だ取り上げることができていない「恐怖の報酬」と並ぶアンリ=ジョルジュ・クルーゾーの傑作。アルフレッド・ヒッチコックの秀作「めまい」の原作者である、ボワロー&ナルスジャックのサスペンス小説の映画化である。
寄宿制小学校の校長ミシェル(ポール・ムーリス)は吝嗇の上に女たらしで、学校を経営者であり英語の教師もしているクリスティナ(ヴェラ・クルーゾー)を本妻に、もう一人の女教師ニコール(シモーヌ・シニョレ)を愛人にしている。校長にはサディスティックな面もあり、愛人は顔に痣を作っているし、妻は腐りかけた魚を無理矢理食べさせられる。生徒は「戦艦ポチョムキン」の船員のごとく大騒ぎを起こす。
この序盤で、クルーゾーは彼が何をされても仕方あるまいと思わせておく。
同病相憐れむ二人は毒薬の瓶を持って殺害を話合う。それを生徒に見られるが、生徒はウィスキーと誤解し、その後の食事の場面でも何も起らない。
この類の肩すかしは幾つもあるので、記載はここのみに留めたい。しかし、これらは強烈なサスペンスを築き上げる大切なレンガの数々なので、一つとして見落とすことなきよう。
三連休が始まり、ニコールは貸し家をしている自宅へ戻ることにする。朝方クリスティナは夫の眠っている部屋を抜け出し合流するのだが、ここを抜け出す場面も部屋の構造よろしくスリル満点。
二人が家に着くと借主の奥さんが二人を二階の窓から覗いている。二人がまんまと旦那をおびき寄せる時見られないようにニコールが借り主の部屋に赴く場面の伏線となっている。
眠り薬を盛って眠らせたミシェルを運ぶ時の消音として風呂に水を入れる。風呂は殺害する道具でもあり、二階の借主が異様に水道の音や水を抜く音を気にしている設定も巧い。ここで殺害を実行するのもそうした借主の性格を熟知した上でのアリバイ作りである。
翌日死体を詰め込んだバスケットを車に積み込んで学校まで移動するのだが、蓋が開きかけたり、酔いどれ軍人が乗り込もうとしたり、バスケットから水が洩れていたり、息付く間もなく強烈なサスペンスが展開する。
学校に戻ってからも凄まじい。通常の犯罪劇と違って二人は死体が早く発見されることを望んでいるのだが、色々な肩すかしでじりじりさせた(プールを尻目に、英語の授業で「落ちる」「発見する」という単語が出てくる洒落っ気!)後、水をはらったプールには死体がない。気の弱いクリスティナは倒れるが、彼女は心臓も弱い。
さらに彼の背広がクリーニング屋から届けられ、この辺りからサスペンスというよりホラー映画の様相が出て来る。
映画が公開された時物語の紹介はここまでにしてほしいということだったらしいので僕もそれに倣うが、最後にあっと驚く展開が待っている。
刑事(シャルル・ヴァネル)の登場を待つ迄もなく、ミステリー慣れしすぎた現在の観客ならかなりの確率で正確に真相に接近できるだろうが、本作を真相探しの作品と思って観ては本質を見失うであろう。
現在の観客は不幸である。どんでん返しを想定して観るから衝撃を受ける可能性が低いし、作り手もそこだけを眼目に作るから途中のサスペンス醸成がなおざりになっている作品が多い。しかも、映像によるいんちきトリックばかりで、トリックにまるで能がないと来る。
翻って本作は、サスペンス醸成の布石を成すトリックは数多くあれど、勿論いんちきはない。関係者が一人でいる場面を描かないのもそれ故である。
主要登場人物四人に扮したフランスの名優たちはいずれも見事である。目立たないが、シャルル・ヴァネルの刑事は頼りなさげでいて凄みのあるところが大変宜しく、でしゃばらず主演者とのバランスを取った好演。
最後に、1996年にシャロン・ストーン主演でリメイクも作られたが、全く比較にならない。
アメリカ人は日本人に比べて外国映画を見ないから創造力豊かなフランス映画が相当数ハリウッドでリメイクされているが、これほど完成度の高いものをリメイクするよりオリジナルをアメリカで大々的に公開する努力をするほうが、コストも掛らず、遥かに映画界の為にもなる。
この記事へのコメント
因業・吝嗇・スケベ男に取り付いた女も「凄かった」映画の傑作ですね。
とっくにご存知とは思いますが、大~好きですわ、こういう映画。(笑)
で、シャロン・ストーンですよ。
彼女の演技と出る映画のなんと、なんと、わかりやすく、安っぽいことでしょう!(笑)
リメイク版と言えば「氷の微笑2」ただ今、公開中。
プロフェッサーは興味がないかも知れませんが、数ヶ月しか持たないのに1本何百万もするポマック注射でシワを伸ばしに伸ばして(顔だけでなくほぼ全身に)48歳のストーン、相変わらずのやり過ぎベタ演技でがんばっているそう。
マドンナもそうですがアメリカという国はそこまでして自然に逆らって膨大なお金をかけて作った顔でも昔の栄光をエセ再現したものを観たがる国民なんでしょうか。
(ストーンはアメリカでは人気なんですって)
55年の「悪魔のような女」。
シニョレ、34歳、96年のリメイク、ストーン、38歳。
40年前の女優の「質」の高さだけ観ても・・・なにをか言わんや。
>とっくにご存知とは思いますが、大~好きですわ、こういう映画。(笑)
アップされていると思って記事を探しましたが、見つかりませんでした。やはりまだ記事にされていないんですね(笑)。
シャロン・ストーンは「氷の微笑」で売り出す前「キング・ソロモンの秘宝」といった演技力のいらない映画に出演していた頃割合好きだったんですが、有名になったので興味がなくなってしまいました。顔立ちとしては嫌いなタイプではなありませんよ。
遠めには意外に共通性もあるなあと思って観ておりました。勿論シモーヌの演技はもう貫禄ですけどね。それにしてもまだ細かったなあ。
1にシェリー・ウィンターズ、2にシモーヌ・シニョレ、3にエリザベス・テイラーと言われます(?)が、リズの場合はまあ可愛いレベル。上位二人の肥え方は女優とは思えないです(苦笑)。
シェリー・ウィンターズって「ポセイドン・アドベンチャー」の水泳おばちゃんですよね。リズも「クリスタル殺人事件」で牛女って言われてましたね…^^;)。
満点はちょっと迷いましたね。
映画としては文句の付けようがないのですが、些か細工を弄しすぎているような気がしますし。
ただ、どんでん返しを主眼とした最近の作品とは対照的に真っ向から描いていますから大変気持が良いので、やはり満点かというところです。
邦題も「悪魔のような女たち」にすれば、トリックが万全だったのにね。
個人的には少し中盤の布石の数々を納得し切れなかったところがありますがそれでもこの映画の面白さにはいささかも異を唱えるものではありません。
どんでん返しといえば”シックスセンス”など思い浮かべますが、ネタがわかってしまえばそれで満足してしまう映画と違って、ストーリーがわかっていてもまた観たくなります。ラストに至るストーリー積み上げの緻密さ・巧みさの違いなんですね。オカピーさんがどこかの記事で「どんでん返しに頼る映画は良い映画ではない」という趣旨のことを書いてらっしゃったと思いますが、実に納得できます。
ちなみに私はシャロン・ストーンも好きですが、劇場で見たリメイク版の印象は全く残っていませんねぇ。
お待ちしておりました(笑)。
肩すかし気味の場面は、小利口になりすぎた今の観客にしてみると、些か多すぎるかもしれません。
>どんでん返し
概ねそんなことを述べた記憶がありますが、そのどんでん返しの手段が映画的に卑怯なのが問題ですね。どんでん返しそのものは否定しませんが、仰るようにそこに至るまでの過程こそが大事なのであるということは忘れてはいけないでしょうね。どんな映画も基本的に過程が大事です。
「シックス・センス」もあの発想以外は大したことはないですし、それ自体が私の嫌いなインチキなのですけどね。ただ、最初にやったことに敬意を表して余り文句は言わないようにしております(笑)。
シャロン嬢は容貌は好きな部類。演技はもう一つですが。
私も、シャロン・ストーンの容貌は結構好きでしたが、↑のviva jijiさんのコメントを呼んで、『氷の微笑2』は見ないようにしようと心に決めております・・・。
ところで、次の”カルトでも~(サブブログ)”の方に『ハンター』の感想をアップしますのでよろしくお願いします^^
viva jiji姐さんの影響力は色々とありますわな~(笑)。
女性の映画ファンなど、俳優でしか映画を観ないと思ったら、北の大地に凄い女性がおわしました。
監督は勿論、脚本・撮影・音楽は勿論、時には編集者の名前にまで言及する。こんな人、他におわしません。私も編集についてはよく言及しますが、基本的には監督責任に帰していますから。
姐さんを始め、プロの評論家より市井の中にこうした女性が多いことに気付いたのもつい最近のこと。
おっ、「ハンター」をご覧になりましたか? 楽しみにしております~。
終盤は私の方が発作を起こしそうなくらい怖かったです。
「音」だけでこんなに恐ろしいなんて!と思いました。
私はシャロン・ストーンがオリジナルの真似ばかりしてるように見えました。
ラストシーンが強烈だったので、これらのシーンはすっかり記憶の外でした。
オカルトチックなラストはクルーゾーのお遊びですかね?
私は音については全く触れませんでしたが、そう言えばドアがギーッとしたり効果的に使われていましたね。
先のリメイクは最近流行の換骨奪胎型ではなく、正統派のリメイクだったですね。もう10年近く経つので記憶も定かではないですが。
長身で骨格ががっしりしたシモーヌとシャロンは意外と共通点が多いことに今回見直して気付きました。どっちもSで始まる、というのは冗談です(あははは)。
人間の記憶もあやしいもので、どんなに凄い映画と思っては、ディテールはどんどん忘れ、全体の印象しか残らない。これは止むを得ないです。
それを考えると、淀川先生や双葉先生の記憶力は凄いですね。
>オカルトチックなラスト
そうでしょうね。一種の洒落っ気と言っても良いかも知れません。とは言え、当の観客が今より数段素朴な時代ですから、あれは相当強烈でしたでしょう。クルーゾーも人が悪い。
「クロエ」では なんだか 大変な状況だったみたいでしたね。 ボクはただ 何にも気づかずに クロエのおふざけコメントで笑いを取るつもりで書いただけだったものですからなにぶん至らなくてすみませんでした(__)
「悪魔のような女」 オリジナル版をDVDのレンタルが」ありましたので見ました。ええ~すっげぇ~ 雰囲気とミステリーの深みが違うじゃんって。 最初はリメイクから見たのですが 「まあ そこそこかな・・」と自分なりに50点どまりでした。ところが オリジナル版は 文句無く100点! オカピーさんが(10/10点満点)したのがよくわかりました!
リメイクがすべて質が悪いとは思ってはいませんが、 本作に関しては明らかにリメイクって味が落ちてるってコトを嫌でも認識させられました。
で、オリジナル版について他にサイトで書かれてるか探してみましたら ありました・・・リンク先↓
http://www5b.biglobe.ne.jp/madison/worst/sequel/diabolique.html
評価は辛口ですが そのとおりと言える無いようでした。
どういたしまして。
昔の凄い映画というのは本当に凄かったのですよ。
オリジナルを知らなければ、仰るように、リメイクもまあ平均的作品ということで観られたかもしれませんが。
>リンク先
そんなところでしょうね。
知りませんでしたが、人気サイトのようですね。アクセス数に驚きました。