映画評「逃げ去る恋」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1978年フランス映画 監督フランソワ・トリュフォー
ネタバレあり

フランソワ・トリュフォーの長編第1作「大人は判ってくれない」で悲劇的ムードで始まった自伝的連作映画小説<ドワネルもの>も第二作から喜劇調に変調して、いよいよ最終第5作である。

前作「家庭」から7,8年後、印刷所に勤め、あの時執筆していた自伝的小説を出版したアントワーヌ(ジャン=ピエール・レオー)は、レコード店勤務の娘サビーヌ(ドロテー)と懇ろになっているが、妻クリスティーヌ(クロード・ジャド)との離婚が成立した頃、「アントワーヌとコレット(二十歳の恋)」で失恋したコレット(マリー=フランス・ピジエ)と再会する。

彼が飛び乗った列車の中で二人は、彼の執筆した小説を元に色々と過去を回想していく。
 「大人は判ってくれない」「アントワーヌとコレット」「夜霧の恋人たち」「家庭」という過去4作が散りばめられながら進行するので、これらを知っている人には頗る楽しく観られる。未見の人には解りにくいところもあるかもしれないが、とにかく映画史でも余り例のない作品になっていることは確かである。

彼は新作のアイデアがあると言うが、細かく破かれた写真を張り合わせて現れた美人を追いかけるという話で、列車の中でコレットが拾った張り合わされた写真に写されているのがサビーヌと判明する辺りはトリュフォーらしい上手さが発揮されていて嬉しくなってしまう。
 レコード店では彼女とアントワーヌが軽い口喧嘩、一方書店では彼女の兄とコレットが和解するという対照を描いたカットバックもさすが。

終盤には、鑑別所に入れられて以来再会することなく死別した母親への理解と許しが語られ、こうしてだらしなくも憎めないちゃらんぽらん男ドワネルの一代記は終る。

レコード店にカップルが新作レコードを買いに来て試聴するが、それがこの映画の主題歌になっていて、音楽が流れる中、試聴室で接吻しているカップルの横でアントワーヌとサビーヌも接吻している、という幕切れは名人芸である。
 辛い人生を克服したトリュフォーに拍手を送ろう。

最後にドワネルもので散見されたヒッチコックへのオマージュを記録しておく。
 クリスティーヌの家の地下室にワイン倉庫があるのはトリュフォーが絶賛している「汚名」、アントワーヌが「彼女に眼鏡をかけてみて」と言うのは「白い恐怖」、そして本作で主人公が列車の個室のブラケットに隠れるのは「北北西に進路を取れ」。

この記事へのコメント

ぶーすか
2006年11月05日 21:35
TB&コメント有難うございます。ドワネルものを全部見ていてこれを見るとまた感慨深いものがあるんでしょうね。「夜霧の恋人たち」「家庭」も見てみたいです。このシリーズの主人公、ドワネルを演じているジャン=ピエール・レオー、これらの作品を見て後には、他の作品で見かけても、彼とドワネルが同一人物にしか見えてこないくらい強烈なキャラですねー。
オカピー
2006年11月06日 02:01
ぶーすかさん、こんばんは。
二作目以降は一見コミカル・タッチですが、実はトリュフォーなりに苦痛を克服した宣言のような作品なんですね。基本的には楽しみながら観れば良いのですが、日本人は洒落っ気が解らないからなあ。

レオーに関してはトリュフォー映画それもドワネルのイメージが強くて、他の監督の作品に出ると何だか変ですね。「恋のエチュード」ではアントワーヌを少々神妙にしたタイプですが、あっちへふらふらこっちへふらふらというのが似ていました(笑)。

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