映画評「宇宙戦争」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2005年アメリカ映画 監督スティーヴン・スピルバーグ
ネタバレあり
ブログ友だちの方々から少しずつ聞えて来る評価は悪かったが、SF映画は中味が空っぽなほど良いと考える僕は楽しめるだろうと思っていた。
H・G・ウェルズの古典SFの何度目かの映像化になるが、自身がハリウッド的に見えてハリウッド的ではないことをスティーヴン・スピルバーグが見事に証明したSF映画である。細かな設定は原作は勿論古い映画版からも変えてある。
21世紀のある時、落雷のような現象が起きたことを起点として、事前に(数万年前という)地下に埋められていた巨大な三本足の侵略兵器が世界各地で暴れ出し、巻き込まれたニューヨークの港湾労働者トム・クルーズが離婚した妻ミランダ・オットーとの間に出来た娘ダコタ・ファニングと息子ジャスティン・チャトウィンを連れ、前妻のいるボストンに向けて逃走する。
基本的にはこれだけの話で、骨格的には有名な53年作と殆ど同じである。逃走するのが家族でしかも子供絡みというのはいかにもスピルバーグらしいが、直線的に進みメッセージ色を排した(ように見える)作りこそ彼の真骨頂と言っていい。ハリウッドの主流ならこんな作品は作らない。反戦や環境汚染への警鐘といったメッセージを直裁に加えて映画を台無しにしてしまう。
一方で、この映画は本当に空っぽで、メッセージがないのだろうか。全く違う。実は、彼のユダヤ人としての思いと9・11以降のアメリカ人の心象をないまぜに投影した変化球作品なのである。それを表面的に顕さないところにスピルバーグの巧さがある。
動けなくなった車の群の中をただ一台だけ移動する車といった「海外特派員」的、或いは、一つの死体が流れた後大量の死体がどっと流れて来る「鳥」まがいの、つまりヒッチコックを意識したような演出が面白い。
父と娘が潜んでいるあばら屋に伸びてくるファイバースコープの怪物のような<探知器>も53年版と大きく変更ないのが嬉しいが、ここでのカメラワークや編集が優れている。滑らかで的確で状況が非常に解りやすい。
「なーんだ」と言いたくなる幕切れも同じだが、馬鹿馬鹿しいと言ってはお終いで、こういうのは素直に楽しんだ方が得である。
また、この幕切れへの伏線がないと述べている方が少なくないが、それは誤っていると言わねばならない。開巻は勿論だが、中盤の移動場面に明確な伏線がある。
不満があるとしたら、SF大量生産時代故に新味不足が目立つことで、大昔に53年版を観た時の興奮には程遠い。
アメリカの安達祐実ことダコタ・ファニングの神経症的な五月蝿さにも閉口する。
2005年アメリカ映画 監督スティーヴン・スピルバーグ
ネタバレあり
ブログ友だちの方々から少しずつ聞えて来る評価は悪かったが、SF映画は中味が空っぽなほど良いと考える僕は楽しめるだろうと思っていた。
H・G・ウェルズの古典SFの何度目かの映像化になるが、自身がハリウッド的に見えてハリウッド的ではないことをスティーヴン・スピルバーグが見事に証明したSF映画である。細かな設定は原作は勿論古い映画版からも変えてある。
21世紀のある時、落雷のような現象が起きたことを起点として、事前に(数万年前という)地下に埋められていた巨大な三本足の侵略兵器が世界各地で暴れ出し、巻き込まれたニューヨークの港湾労働者トム・クルーズが離婚した妻ミランダ・オットーとの間に出来た娘ダコタ・ファニングと息子ジャスティン・チャトウィンを連れ、前妻のいるボストンに向けて逃走する。
基本的にはこれだけの話で、骨格的には有名な53年作と殆ど同じである。逃走するのが家族でしかも子供絡みというのはいかにもスピルバーグらしいが、直線的に進みメッセージ色を排した(ように見える)作りこそ彼の真骨頂と言っていい。ハリウッドの主流ならこんな作品は作らない。反戦や環境汚染への警鐘といったメッセージを直裁に加えて映画を台無しにしてしまう。
一方で、この映画は本当に空っぽで、メッセージがないのだろうか。全く違う。実は、彼のユダヤ人としての思いと9・11以降のアメリカ人の心象をないまぜに投影した変化球作品なのである。それを表面的に顕さないところにスピルバーグの巧さがある。
動けなくなった車の群の中をただ一台だけ移動する車といった「海外特派員」的、或いは、一つの死体が流れた後大量の死体がどっと流れて来る「鳥」まがいの、つまりヒッチコックを意識したような演出が面白い。
父と娘が潜んでいるあばら屋に伸びてくるファイバースコープの怪物のような<探知器>も53年版と大きく変更ないのが嬉しいが、ここでのカメラワークや編集が優れている。滑らかで的確で状況が非常に解りやすい。
「なーんだ」と言いたくなる幕切れも同じだが、馬鹿馬鹿しいと言ってはお終いで、こういうのは素直に楽しんだ方が得である。
また、この幕切れへの伏線がないと述べている方が少なくないが、それは誤っていると言わねばならない。開巻は勿論だが、中盤の移動場面に明確な伏線がある。
不満があるとしたら、SF大量生産時代故に新味不足が目立つことで、大昔に53年版を観た時の興奮には程遠い。
アメリカの安達祐実ことダコタ・ファニングの神経症的な五月蝿さにも閉口する。
この記事へのコメント
お部屋のドア、開けてくださいますか~?
不適当な内容、どうか、笑って許してください。
笑ってくれなかったら・・・
自分で笑いますから~。ハハハ。(笑)
そうそう、あの「アビス」の水人間の金属版みたいな
探知機のシーンは素晴らしかったですね。
私のブログ内検索窓を設定しましたので
過去記事探索にお役に立てていただければ幸いです。
十瑠さんがプロフェッサーの検索窓まで当方に
作ってくれたんですよ~。
PCテクはまだまだ幼稚ですので、何かお気づきの点など
ございましたら、
アドヴァイスよろしくお願いいたします。
こういう単純なお話を映画にしようと思うのは、絵と編集に自信がないとまず作れないです。どの作品を観ても感じますが、スピルバーグの話術は非常に滑らか。駆け出しの映画好きくらいでは、その当たり前にぎくしゃくしないで物語を展開する技術の高さに気付かない。
大ベテランviva jijiさんが「あ~あ」と仰る気持ちは分りますが、へたっぴで空虚なTVドラマを面白いなんて普段言っている連中が「駄作」なんて言ったら、私は殴りますよ(笑)。
小屋の中にファイバースコープみたいなのが入ってきたときは、ドキドキしましたね・・・こっちまで息が詰まりそうな緊張感(笑)
昔のSF小説が原作になっているのがわかっていたので、中身は知りませんでしたが予想通りのオーソドックスなつくりに安心しました。カメラワークの素晴しさとかは、まだまだ未熟者なので意識することすら出来ませんでしたが、多くの人がなぁんだと思ったのは、古典的なSFのままということにだったのかなと思ってました。
私の中で印象的だったのは、あの小屋のシーンとダコタちゃんの絶叫とタコ足かな(笑)
スピルバーグのカメラワーク(勿論撮影監督との共同作業)と編集は神業なので、誰も巧いと感じない。非常にスムーズなので意識させないんですよ。巧いと意識させて巧いのもまた良いものですが。
ええ、あのラストは確か原作通りでしょう。原作はもう忘れましたが、愛すべき53年版は間違いなく「な~んだ」の幕切れでした。「人類SOS」という作品も最後も「な~んだ」でしたよ。
ダコタちゃん、うるさい。そして安達祐実に似てきた(笑)。
やっほー!!!!
これ、評判よくなくってね~。わたしひとりで面白がってたんですが、
オカピーさんが面白い!と言うのならもう怖いもんなしです(怖いもんって誰??(笑))
あの群集シーン、さかのぼればヒッチ・コックにたどり着くのですよね。
わたしは世代が世代なので、「ゾンビのようだ」と書きましたが・・・
全体的に同じような感想で、すっごく嬉しいです。(^^)
車で逃げまどうシーンでダコタちゃんが質問攻めして思いっきりイラつかせてくれましたよね。トムさん本当にイラっと来てたんじゃないかしらというくらい。
PCに向かってるわたしにあーだこーだと注文つけてくる我が息子たちと
いい勝負でしたわ。(笑)
今日も忍術ありがとうござりまする(笑)
わがブログ仲間たちは映画鑑賞の達人ばかりなのに、この作品を褒める人がいないので寂しかったです(笑)が、遂に好評を発見したので喜んで忍術を使わせて戴きました。また握手ですね。^^
<刺>については自分で考えて欲しいと本稿では誤魔化しましたが、もう良いでしょうね。
せっかく<棘>に着目しながら、「最後まで何もなかった」と遂に幕切れとの関連性を見破れなかった方もいました。惜しいなあ。
>群集シーン
私は「ゾンビ」嫌いなので、そう思ったとしても書きません。(笑)
その前に「海外特派員」を思い出したのでそう書いたのは事実ですが。
それでは、また握手しましょう。(笑)
子供の頃、これと似た映画をテレビで見た記憶があります。吹替版です。
宇宙人による侵略。パニックになって逃げる人々。
中小企業の社長っぽい男(メガネをかけてる)が運転するトラックに殺到する。
男は運転席から落とされてしまう。メガネも落ちる。
荷台に乗ってる人々を落ち着かせようとしても顔面を蹴られる。
あの場面が妙に記憶に残っています。
>彼女は確か中距離も強い。カバーする範囲が広い。
ハッサン選手。精神的にも強いのでしょう。
>ビートルズのコンパクト盤
お得感があります。
>伊藤きよ子
https://www.youtube.com/watch?v=ewtXWvTvLMA
初めて聞きました。いい曲です。元は植木等のために書かれた曲なんですか?浜口庫之助氏が作詞作曲。
>子供の頃、これと似た映画をテレビで見た記憶があります。
1953年版かなあ。
暫く観ていないので(1970年代に3回吹き替えで放映されています。最近またオリジナル版が放映されたので保存版にしましたが)、詳細を憶えていないのが惜しまれます。
>初めて聞きました。いい曲です。
おっ、そうですか。
僕が小学生の時に結構ヒットしました。
「バラが咲いた」のヴァリエーションみたいな曲ですが、当時大人気だった浜口庫之助の曲では、こちらのほうが好きかもしれない。
昨日伊藤きよ子の名前に触れた為、今朝畑に行った時にこの曲が頭の中でリフレインしていました。
https://www.youtube.com/watch?v=XfBujHVFgCY
トラックの運転席から引きずり降ろされる場面もありました。7分30秒あたりからです。見たのは何十年ぶりか・・・(感動)。
トム・クルーズ版に似た場面がありました。
そして主人公は中小企業の社長ではなくて博士でした。演じたのはジーン・バリー。ジェームズ・ボンド役の候補者として常に名前が挙がった人物としても有名であった(ウィキより)。
>伊藤きよ子
https://www.youtube.com/watch?v=fGYYn8rd7LI
反戦歌~民謡~アメリカ公民権運動の賛歌
>(数万年前という)地下に埋められていた巨大な三本足の侵略兵器
コロナウイルスも似たようなものでしょうか?
>1953年版でした。
解って良かったですね。
前も言ったように思いますが、小学生の時に観た「火曜日の女」というシリーズものにおける、酒井和歌子主演の怖いミニ・シリーズが「蒼いけものたち」(金田一耕助の出て来ない「犬神家の一族」)と判明した時の嬉しかったことと言ったら!
「火曜日の女」の原作者の顔触れの凄さ! 今やってほしいなあ。
>反戦歌~民謡~アメリカ公民権運動の賛歌
僕は丁度この頃ピーター、ポール&マリーのバージョンで3曲ともよく聴きました。伊藤きよ子も歌いましたか。元来(本来の意味での)フォーク・シンガーだったようですね。
「花はどこへ行ったの」と「500マイル」はブラザース・フォーのバージョンでも。
>コロナウイルスも似たようなものでしょうか?
今のウィルスが人間に感染するようになったのは、人間のせいかも。
ある日突然、地球侵攻を開始した異性生命体。
地中深くに埋められていた、三脚の戦闘マシーンの放つ怪光線や触手の前に、人々は逃げ惑うしかない。
たまたま遊びに来ていた2人の子供を連れ、なんの情報もない中で、前妻の住む街を目指す主人公。
出演はトム・クルーズ、ダコタ・ファニング、ティム・ロビンスら。
これは決して愛と勇気の感動娯楽映画などではないから、取り扱いは要注意であると思う。
なにしろ、米国の劇場公開のレイティングを決める際にリアルな暴力よりは一段低く見られる「SF的なバイオレンス」表現であるとはいえ、多くの人が気付いているように、「鬼畜」描写が大好きなステイーヴン・スピルバーグ監督が久々に本領を発揮した、暗くて怖い映画なのだ。
製作の成り立ちを聞くと、「ちょっと空いた時間に気軽に作った趣味的な小品」に聞こえてしまうこの作品において、スピルバーグは米国本土を戦場とし、為す術も無く外敵に蹂躙され、恐怖に震え上がり、逃げ惑う人々の姿を、自らが生き残るためには手段を選ばない人間の醜さを、その中で大人たちが、無垢な存在である子供に対して負っている責任を描いているのだ。
主人公の言動は、平均的なハリウッド大作の主人公=ヒーローとは随分異なっていて、格好良さや威勢の良さとは無縁だ。
こういう描写をするところにも、作り手の中途半端ではない真剣さをみることができると思います。
いつもは緩急ある演出で、サスペンスを盛り上げるのが巧いスピルバーグが、いつになくシリアス一本調子であるのも、娯楽映画のバランスとしてはどうかと思いますが、映画の狙いがそこにあるのだから致し方ないだろう。
違う言い方をするならば、これは「原作を踏襲した一応のハッピーエンディングも嘘臭く見えるほどの圧倒的なまでの負のエネルギーが、スピルバーグ一流のサスペンス・テクニックと共に炸裂する、イビツな娯楽イベント映画なのだ。
ポスト911の世界において、最も盛大にそのトラウマをぶちまけて見せた作品であり、つまらない駄洒落承知でいうならば「悪夢との遭遇」だ。
三脚戦車がブォーッと音を立てて、のし歩く姿を遠景に見ながら、何も出来ない無力感。あの光景。
光のシャンデリアとは、音楽でコミュニケーションをとったが、あの異星人のマシーンはコミュニケーションを拒絶する。
一聴してその声とわかるモーガン・フリーマンのナレーションは、圧倒的な力で相手をねじ伏せるのではなく、異質なもの同士が、長い時間をかけて共存する術を学ぶことにこそ解決の糸口があるのだと語るのだ。
あれだけの科学力を持つ異星人が、あんなことを見逃すのはおかしいなどというのはナンセンス。
あれだけの軍事力を持つ米国が、テロを壊滅させることができないがごとく--------。
普通の民間人である主人公の視点を徹底して貫く映画の構造は、先行したシャマランによる異星人侵略SF映画「サイン」も同様であったが、あちらの作品での異星人というのは、単なるギミックであって、それ以上のものではなかった。
表面的には、HGウェルズの原作に忠実なこの作品は、そういう狙いすました目新しさではなく、もっと本質的に、他の映画では感じたことの無い恐怖を体感させてくれる。
もちろん、スピルバーグのテクニックは本物だから、それに翻弄されるのは、実に楽しい。
これが「ちょっとスケジュールが空いたから」と、1年足らずの間に撮影され、公開された作品だとは、にわかに信じられないのだ。
早撮りスピルバーグ、恐るべし。
僕は、「宇宙演奏」と「ミュンヘン」は対で語るべき作品と思います。
研究し尽くしたいと思いますが、なかなかパワーが足りません。