映画評「少女ムシェット」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1967年フランス映画 監督ロベール・ブレッソン
ネタバレあり
ロベール・ブレッソンは名前を知っている人も少ないだろうし、知っていても観たことのない人が多いのではないかと思うが、映画全般に関心のある人なら観て損はない。商業映画としては規格外の作品ばかりだが、尊敬している映画作家の一人である。
ブレッソンは初期に「田舎司祭の日記」という作品を作っているが、その原作者であるジョルジュ・ベルナノスを再び取り上げたのが本作。前作「バルタザールどこへ行く」と併せて観ると理解は深まると思う。
病床の母と酔いどれの父と赤子を事実上養っている貧しい14歳の少女ムシェット(ナディーヌ・ノルティエ)は学校では少女たちの仲間に加われず、少年たちにはセクハラ行為でからかわれ、いらいらして土塊(つちくれ)を少女たちに投げつける。
知り合いの人々は親切にしてくれるが、表面的で心にしみて来ない。ある日学校を抜け出し雨宿りをしていると、森番と争っていた密猟者が現れ、森番を殺したらしい事実も密告しないと約束したのに犯されてしまうが、翌日森番が生存していることを知る。母が死ぬとあらゆることに絶望的になり彼女は川に転がり落ちて自殺する。
何度も転がりながら自殺を試みる幕切れは鬼気迫る。ベルナルド・ベルトルッチの「ドリーマーズ」で自殺を象徴する場面として使われていたのも記憶に新しい。
ブレッソンは必要最小限の台詞と即実的な描写を積み重ねるだけで、一般的なドラマ性とは無縁の作風。これ以上出来ぬほど簡潔性を極めて物語は純化され、そこに神がかったものを感じてしまうこともしばしばである。
作風だけではなく、内容的にもキリスト教、より正確にはカトリシズムに裏打ちされたものがあるような印象もあり、ブレッソンの心の中で少女は一種の殉教者のように捉えられているように思えてくる。あるいは人間に絶望した神のような存在なのかもしれない。キリスト教文化の染み込んだ人間でないとちょっと分らない感覚かもしれないが、映画としての純度の高さがそうしたものを超越した感銘を我々に与えるのである。
1967年フランス映画 監督ロベール・ブレッソン
ネタバレあり
ロベール・ブレッソンは名前を知っている人も少ないだろうし、知っていても観たことのない人が多いのではないかと思うが、映画全般に関心のある人なら観て損はない。商業映画としては規格外の作品ばかりだが、尊敬している映画作家の一人である。
ブレッソンは初期に「田舎司祭の日記」という作品を作っているが、その原作者であるジョルジュ・ベルナノスを再び取り上げたのが本作。前作「バルタザールどこへ行く」と併せて観ると理解は深まると思う。
病床の母と酔いどれの父と赤子を事実上養っている貧しい14歳の少女ムシェット(ナディーヌ・ノルティエ)は学校では少女たちの仲間に加われず、少年たちにはセクハラ行為でからかわれ、いらいらして土塊(つちくれ)を少女たちに投げつける。
知り合いの人々は親切にしてくれるが、表面的で心にしみて来ない。ある日学校を抜け出し雨宿りをしていると、森番と争っていた密猟者が現れ、森番を殺したらしい事実も密告しないと約束したのに犯されてしまうが、翌日森番が生存していることを知る。母が死ぬとあらゆることに絶望的になり彼女は川に転がり落ちて自殺する。
何度も転がりながら自殺を試みる幕切れは鬼気迫る。ベルナルド・ベルトルッチの「ドリーマーズ」で自殺を象徴する場面として使われていたのも記憶に新しい。
ブレッソンは必要最小限の台詞と即実的な描写を積み重ねるだけで、一般的なドラマ性とは無縁の作風。これ以上出来ぬほど簡潔性を極めて物語は純化され、そこに神がかったものを感じてしまうこともしばしばである。
作風だけではなく、内容的にもキリスト教、より正確にはカトリシズムに裏打ちされたものがあるような印象もあり、ブレッソンの心の中で少女は一種の殉教者のように捉えられているように思えてくる。あるいは人間に絶望した神のような存在なのかもしれない。キリスト教文化の染み込んだ人間でないとちょっと分らない感覚かもしれないが、映画としての純度の高さがそうしたものを超越した感銘を我々に与えるのである。
この記事へのコメント
わたしの更新記事で、こちらの記事に、またまた直リンクさせていただいてます。
オカピーさんのこちらの記事の最後のブレッソン評が、あまりにすばらしいと思い、実は「少女ムシェット」は、未見なのですが、ご紹介させていただいた次第です。きっと、ブレッソンの映像にはおっしゃるような彼の宗教観のようなものが、存在するのでしょうね。
あっ、それから、『木靴の樹』をレンタルしましたので、鑑賞後にまたコメントさせていただきます。
では、また。
>直リンク
かたじけないです。
>ブレッソン評
こんなもので良ければ、なんなりとお使いください。
ブレッソンは映像そのものがどこか神的なものを感じさせますし、底流に宗教的なものがあるようにどの作品を見ても思いますね。
>木靴の樹
長いので頑張ってご覧になってください(笑)。