映画評「シェルブールの雨傘」
☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1963年フランス映画 監督ジャック・ドミー
ネタバレあり
ミュージカルの一番盛んな国はアメリカであるが、1950年後半から趨勢が変ってきた。明朗な作品ばかりのミュージカルに悲劇や社会性のあるお話が増えてきたのである。その趨勢の決定打となったのが61年の「ウエストサイド物語」であるが、そうした中で63年フランスからとんでもないミュージカル映画が現れた。それが本作である。
フランス北部の港町シェルブール、傘屋の娘カトリーヌ・ドヌーヴが自動車修理工ニーノ・カステルヌオーヴォと恋に落ち、彼がアルジェリアに出征する前に結ばれるが、妊娠が確認された頃彼は戦地で負傷、連絡が滞っている間に、母親の強い勧めに従って事情を呑み込んでくれた宝石商マルク・ミシェルと結婚してしまう。
結婚から3年後立ち寄ったガソリンスタンド。カステルヌオーヴォの経営する店である。かつての恋人同士は少し話しただけで別れて行く。
悲劇ではないが、明朗なお話でもなく、より現実的な道を選ぶ若者たちの人生の断片を切り取ったミュージカルらしからぬ内容である。
別れた後青年が幼馴染との間に儲けた息子と戯れるところで幕切れとなるのだが、淡々とした中に人生の無常が浮び上がり、切ないものを覚える。それが本作を観た時の平均的な感想ではないかと思う。
一方、その内容に反するようにインテリアや町の外装がミュージカルらしく妙にカラフルなのが印象深いが、それは監督のジャック・ドミーがカラフルな雨傘に呼応させようという着想だったような気がする。それだけに交錯する雨傘を俯瞰で捉えた第一シーンの感覚の良さがなおのこと光って来るのである。
青年が戦場へ行く場面だけ自然色となっているのは、恐らく観客を暫時現実に引き戻す演出であろう。
最初に「とんでもない」と述べたが、当時滅多にミュージカルなどが輸入されることのなかったフランスからかくも優れたミュージカル作品が発表されたということが第一、通常の台詞を用いずオペラやオペレッタと同じようにレシタティヴ風に展開して行くというのが第二である。
順番が逆ではないかと思われるだろうが、オペレッタでやっていることを映画でやったというだけだからそう驚く必要もない。しかし、レシタティブ形式を採用することでミュージカルとしては稀に見るほど流れがスムーズになったことには素直に感嘆してしまうのである。
音楽はミシェル・ルグラン。アリアに相当する主題歌はいつ聞いても悲痛で、かつ大変美しい。
歌はいずれも吹き替え。瑞々しいカトリーヌ・ドヌーヴの吹き替えをしたのは「ふたりの天使」で有名になるダニエル・リカーリだった。
1963年フランス映画 監督ジャック・ドミー
ネタバレあり
ミュージカルの一番盛んな国はアメリカであるが、1950年後半から趨勢が変ってきた。明朗な作品ばかりのミュージカルに悲劇や社会性のあるお話が増えてきたのである。その趨勢の決定打となったのが61年の「ウエストサイド物語」であるが、そうした中で63年フランスからとんでもないミュージカル映画が現れた。それが本作である。
フランス北部の港町シェルブール、傘屋の娘カトリーヌ・ドヌーヴが自動車修理工ニーノ・カステルヌオーヴォと恋に落ち、彼がアルジェリアに出征する前に結ばれるが、妊娠が確認された頃彼は戦地で負傷、連絡が滞っている間に、母親の強い勧めに従って事情を呑み込んでくれた宝石商マルク・ミシェルと結婚してしまう。
結婚から3年後立ち寄ったガソリンスタンド。カステルヌオーヴォの経営する店である。かつての恋人同士は少し話しただけで別れて行く。
悲劇ではないが、明朗なお話でもなく、より現実的な道を選ぶ若者たちの人生の断片を切り取ったミュージカルらしからぬ内容である。
別れた後青年が幼馴染との間に儲けた息子と戯れるところで幕切れとなるのだが、淡々とした中に人生の無常が浮び上がり、切ないものを覚える。それが本作を観た時の平均的な感想ではないかと思う。
一方、その内容に反するようにインテリアや町の外装がミュージカルらしく妙にカラフルなのが印象深いが、それは監督のジャック・ドミーがカラフルな雨傘に呼応させようという着想だったような気がする。それだけに交錯する雨傘を俯瞰で捉えた第一シーンの感覚の良さがなおのこと光って来るのである。
青年が戦場へ行く場面だけ自然色となっているのは、恐らく観客を暫時現実に引き戻す演出であろう。
最初に「とんでもない」と述べたが、当時滅多にミュージカルなどが輸入されることのなかったフランスからかくも優れたミュージカル作品が発表されたということが第一、通常の台詞を用いずオペラやオペレッタと同じようにレシタティヴ風に展開して行くというのが第二である。
順番が逆ではないかと思われるだろうが、オペレッタでやっていることを映画でやったというだけだからそう驚く必要もない。しかし、レシタティブ形式を採用することでミュージカルとしては稀に見るほど流れがスムーズになったことには素直に感嘆してしまうのである。
音楽はミシェル・ルグラン。アリアに相当する主題歌はいつ聞いても悲痛で、かつ大変美しい。
歌はいずれも吹き替え。瑞々しいカトリーヌ・ドヌーヴの吹き替えをしたのは「ふたりの天使」で有名になるダニエル・リカーリだった。
この記事へのコメント
懐かしいお名前を久々に拝見しました。
フランスはマルやトリュフォーをはじめ、アリアっぽい
女性の透明感のある歌声を効果的に映画に用いるのが
お上手ですね。
もの哀しいストーリーと鮮やかな色彩と美しい音楽、
題名を聞くだけで瞬時にあの画面とメロディが
浮かび上がる名作ですね。
彼らは自分で選んだ道を歩んだわけですから悲劇ではないのですが、最後の場面はくどくど描かないだけに却って切なさがこみ上げてきますね。
主題歌も本当に良い。
姉妹共演の「ロシュフォールの恋人たち」はまだ観ていません。DVD出ていますかねえ。早速調べようっと。
お金がたくさんある人は、心も寛容になるのかな~なんて思ってしまいました。
本作は映画版オペレッタといったところで、オペラでは当たり前のレシタティヴ(語り調の歌)を採用したことが新鮮な驚きだったわけですが、吹き替えとしても俳優はきちんと歌曲を憶えていないとアフレコで大変なことになりますよね。
カトリーヌ・ドヌーヴの歌声は「ロバと王女」で確認できます。
生まれついての富豪はどこかそういうところがありますが、成金は寛容ではないでしょうね。「大阪物語」という映画では、自分の妻の薬代も変わない成金が出てきます。悲惨です。
音楽がいいんですよね。大好きな「風のささやき」と旋律似てますわ。どっちも大好き。つい口ずさんでしまいます。しかし、さすがP様、いわれるとおり別れのシーンは実風景ですよね。だからこの映画、ミュージカルという形を使ってドゥミ監督は自身の作に潜ませている裏テーマってとても興味がある。今まではシュルブールのミュージカルの監督、っていう程度の認識しかなかったんですけどね。若くしてなくなっていることもありますが。またまたお話できること楽しみにしております。ありがとうございました。
ドゥミ(ドミー)は70年代に入って不調に陥ったので、私も晩年の作品は余り見ていないですね。
「裏切り」と言いますか、結局はヒロインが「現実的な選択」に迫られる苦い味のお話ですよね。対する彼氏も零落する寸前に「現実的な選択」を行う。再会しても恋が再燃することがないのは、彼らの選択は100点満点ではなくても十分合格点であるという自認が互いにあるから。しかし、その選択に我々はどこか物悲しいものを感じる。
誰かの歌ではないですが、人生は悲しい、切ないものですね。
とんでもなさがスムーズに物語をつむいでいるというのには大いに頷きます。
それはずばり「雨に唄えば」と同じですね~。
サイレントからトーキーへの移り変わりと、ミュージカルがハリウッドからフランスへ、そしてオペレッタでやったことを映画に取り入れたこと、カラフルな色使いから、最後は雨にも冷たそうな雪景色であること、ガソリンスタンドでの客と店主という立場、男と女という立場、などなど一見どうしようもないこと、おっしゃるように無常さ、運命も含めていろんな要素が続いているし、画面で掬い取られていると思います。それらがすべて同じトーンで語られる。
日本で言えば俳句のような世界じゃありませんか!新発見!
それにドヌーヴの声が吹き替えだとは知りませんでした。ここも雨に~をほうふつとさせますね。
リバイバルも多いので、僕も映画館で観たことがあります。
昔の映画は密度が高いんですよね。
それを説明不足と言われると困りますよ、おじさんとしては(笑)。要は自分の理解力不足、想像力不足を作品のせいにしているのであって、本当の説明不足の作品と区別がついていないわけですからね。
そうそう、本館へのクイズ、今回はご参加ください。
よろしくお願いいたします。