映画評「忍 SHINOBI - HEART UNDER BLADE -」
☆☆★(5点/10点満点中)
2005年日本映画 監督・下山天
ネタバレあり
山田風太郎の映画化では深作欣二の「魔界転生」(1981年)がなかなか良く出来ていたと思うが、「甲賀忍法帖」を映像化した本作は大分及ばない。
CGは便利なツールではあるが所詮は書いたものであるし、打ち出の小槌と思って甘えてしまう為に実写部分の貧しい作品が多い。下山天なる監督は初めて観るが、天(あま)ちゃんならぬ甘ちゃんですな。名前はテンだが、得点はファイブ。
実は明智光秀なのではないかとも言われる南光坊天海(石橋蓮司)を参謀に付けた徳川家康(北村和夫)は世の中を平定すると、便利に使ってきた甲賀忍者と伊賀忍者が却って体制を揺るがす危険因子となりかねないと、次期将軍選びという表向きの理由で両者の精鋭5人を戦わせ、その隙に軍隊に夫々の里である<卍谷>と<鍔隠れ>を襲撃させて滅ぼそうとする。
こう書くと家康の権謀術数を描いたお話みたいだが、実物は中国映画「LOVERS」の感覚に近く、愛し合う者同士が戦うという若者が好みそうなお話になっている。即ち、甲賀忍者頭領の弦之介(オダギリジョー)と伊賀忍者頭領の朧(仲間由紀恵)で、男は運命を力で変えようという現実派であり、女は運命論者である、というのも若者には受けそうな設定である。
この類はCGをとやかく言う前に実写アクションのパンチ力が必要だが、具体性を欠いて馬力がまるでない。具体的なのはCGを使った場面ばかりである。これを観ると深作欣二のパワーは凄かったなあと思うし、馬で疾駆する場面では天国にいる黒澤明御大を呼び戻したくなった。
多少盛り返すのは徳川家康と勝ち残った者が見(まみ)える場面で、それまでの場面に比べると幾分血が通っている。★一つ増やしてあげましょう。
人気の若手が何名か出演しているが、いずれも時代劇の口跡としては失格。本格時代劇としては観ないものの、これではさすがに問題ですぜ。
2005年日本映画 監督・下山天
ネタバレあり
山田風太郎の映画化では深作欣二の「魔界転生」(1981年)がなかなか良く出来ていたと思うが、「甲賀忍法帖」を映像化した本作は大分及ばない。
CGは便利なツールではあるが所詮は書いたものであるし、打ち出の小槌と思って甘えてしまう為に実写部分の貧しい作品が多い。下山天なる監督は初めて観るが、天(あま)ちゃんならぬ甘ちゃんですな。名前はテンだが、得点はファイブ。
実は明智光秀なのではないかとも言われる南光坊天海(石橋蓮司)を参謀に付けた徳川家康(北村和夫)は世の中を平定すると、便利に使ってきた甲賀忍者と伊賀忍者が却って体制を揺るがす危険因子となりかねないと、次期将軍選びという表向きの理由で両者の精鋭5人を戦わせ、その隙に軍隊に夫々の里である<卍谷>と<鍔隠れ>を襲撃させて滅ぼそうとする。
こう書くと家康の権謀術数を描いたお話みたいだが、実物は中国映画「LOVERS」の感覚に近く、愛し合う者同士が戦うという若者が好みそうなお話になっている。即ち、甲賀忍者頭領の弦之介(オダギリジョー)と伊賀忍者頭領の朧(仲間由紀恵)で、男は運命を力で変えようという現実派であり、女は運命論者である、というのも若者には受けそうな設定である。
この類はCGをとやかく言う前に実写アクションのパンチ力が必要だが、具体性を欠いて馬力がまるでない。具体的なのはCGを使った場面ばかりである。これを観ると深作欣二のパワーは凄かったなあと思うし、馬で疾駆する場面では天国にいる黒澤明御大を呼び戻したくなった。
多少盛り返すのは徳川家康と勝ち残った者が見(まみ)える場面で、それまでの場面に比べると幾分血が通っている。★一つ増やしてあげましょう。
人気の若手が何名か出演しているが、いずれも時代劇の口跡としては失格。本格時代劇としては観ないものの、これではさすがに問題ですぜ。
この記事へのコメント
工夫することで表現することをやめてしまっていますよね。
昔の映画は随所に苦労の後が見え、頭が下がります。
全くその通り。
実写映画は実写で勝負して何ぼ。最初からCGを前提にしたら碌なものができません。CGは実写を生かす為にあり、実写と実技がしっかりしてこそCGも生きている。最近は本末転倒ですよ。
という主張をしたら、「あんたは古いよ」と言われてしまいました。が、真の映画ファンならそんなことは言いません。何故ならこのまま進んでいけば実写映画は滅びますから。
チンパンジーがいくら進歩しても人にはならないように、CGはいくら進歩しても実写にはならない。CGが実写と区別できなくなる時はCGもまた終わりです。つまり、CGは永久に実写の魅力には勝てません。