映画評「コレクター」(1965年)

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
1965年アメリカ映画 監督ウィリアム・ワイラー
ネタバレあり

ウィリアム・ワイラーは映画史上最高の職業監督で、どんな主題も的確に映像に移す。何でも屋なので実力に比べて後世への影響力は薄いが、ワイラーが好きだという映画監督がいれば注目したいものだ。

本作は僕が小学生の頃から何度もTV放映され、その度に観たので何度観たのか定かではないが、完全版は案外初めてかもしれない。

フットボールの賭けで大穴を当てた銀行員テレンス・スタンプが人里離れた一軒家を購入し、以前から目をつけていた美術学校の女子生徒サマンサ・エッガーを誘拐して監禁する。

我が国でも後年「完全なる飼育」という作品が作られたが、同じような素材で、彼女を自分に靡(なび)くように飼育するのが目的なのだが、彼の趣味が蝶のコレクションで、孤独で少年のような無垢な関心が女性に向けられてきたことが判る中盤辺りから徐々に不気味さが増して行く。

その前に本作一番の見どころがある。彼がサマンサを風呂に入れている最中に遠い隣人が遣って来る場面である。
 風呂は二階にある。隣人がなかなか帰らないので我々も主人公の気分になってじりじりする。一方タオルで箝口され身動きができない彼女が足を伸ばして蛇口を捻り、水がバスタブから溢れ部屋からも漏れ出て、やがて二階から流れ落ちて来る。スタンプは適当なことを言って誤魔化すが、水の扱いがヒッチコック的でサスペンス場面として誠に強烈。
 何度観てもここで手に汗を握ってしまうが、実はこの時点では観客はどちらの為にヒヤヒヤすべきか分っていない。スタンプは今で言えばストーカーで同情すべき余地はないが、映画では主人公に応援したくなるのが人情、しかし、彼女も主役でしかも罪のない被害者であるから道徳的にはこちらに同情するのが人情。そうした観客の矛盾した心理がサスペンスを相殺せず、寧ろ増幅するように設計されているのは大いに評価したい。演出の匙加減も絶妙である。

ここほど重要でないところで、実はもっとヒッチコック的な場面があるので述べておきたい。
 誘拐に成功したスタンプが嬉しさ余って画面の右に向けて雨に濡れた芝生に横たわる。次のカットで左に顔を向けて昏睡しているサマンサと繋がれるのだが、左右が逆ということで二人の立場や心境の違いを暗示する。「疑惑の影」の応用だが、分離していて把握しにくい「疑惑の影」に比べて、こちらは直結しているので分かり易い。

後半スタンプ扮する銀行員の言動が余りに自己中心的でいよいよ変質性を増すのでサスペンスの重心は完全に彼女に移り、スタンプは主人公であるにも拘わらず恐怖の対象に変る。この辺りは「サイコ」と同じ流れである。この人物にはノーマン・ベイツとはまた違った不気味さがあるが、スタンプはこれで人気を決定付けた。美しい青い瞳に惹きつけられた女性ファンが多くて、「血と怒りの河」という西部劇も意外と人気があったのを思い出す。
 サマンサ・エッガーはこれが正に代表作。「ドリトル先生不思議な旅」や「マロニエの別れ道」といったところも記憶に残っているが、演技的に比較にならない。

この記事へのコメント

十瑠
2007年02月01日 20:54
先日「泥棒成金」について書きましたが、その次くらいに再見熱が高まっている作品です。お風呂場の蛇口の件、思い出しました。
何年か前に同名のM・フリーマン主演の映画があって、『同じタイトルにするなよ。』と気になりましたね。

現実の事件として思い出すのは、新潟柏崎市の少女監禁事件です。
オカピー
2007年02月02日 03:22
十瑠さん、こんばんは。

>97年の「コレクター」
「本作と97年作とは関係ない」と本文で書こうかなとも思ったのですが、書かないで正解。十瑠さんにネタを残した格好になりました(笑)。

allcinemaの書き込みにびっくり。
「有料放送とは言え、こういう映画が放映されることが悲しい」というのですが、どう思われます?
一つは、この映画は過去に最低10度は無料で地上波で放映されています。80年代に宮崎某がつかまる前まで、映画を観て観客が影響を受けることなど誰も考えませんでしたよね。世間はのんびりしていました。恐らくは発言者は1975年以降の生まれでしょうね。
<悲しい>とは何を指すのでしょう? 視聴者が何か影響を受けるというのでしょうか。何十万人に一人影響が出るかどうかという理由でこの映画を規制しようという発想なら嫌ですね。それなら「ローマの休日」を見てどこかの王女を暗殺しようと思う人が出れば、「ローマの休日」を上映禁止にしろと言うのでしょうか? 異常な人間は結局は何かをするものです。この類は核抑止力と同じで、水掛け論になりますけどね。
viva jiji
2007年02月02日 10:09
>ウィリアム・ワイラーは映画史上最高の職業監督で、
どんな主題も的確に映像に移す。
まっこと、御意!ド真ん中!!ざます。
原作がJ・ファウルズ(「フランス軍中尉の女」)でしょ!
脚本が大好きな「針の眼」のS・マン、
撮影がこれまたすんばらしい~~!R・L・サーティースと
R・クラスカー!
特にクラスカーはリードの「第三の男」ですからね~、
そして音楽がこれまたM・ジャール!もう、たまりません!

>allcinemaの書き込みにびっくりの件。
このサイトは映画データとして私もよく利用していますが、
映画解説も時に稚拙で不適当な表現も多く見られますし、
作品に対する寸評コメントも千差万別。

>異常な人間は結局は何かをするものです。
私もそう思います。
ただ選択能力の稚拙な大人が闊歩しているのは
確かです。
客観と主観の履き違えにも気づいていない観方が
私にはよっぽど<悲しい>わん。(笑)
オカピー
2007年02月02日 15:02
viva jijiさん

原作者については書こうと思っているうちに忘れてしまいました。ジョン・ファウルズのデビュー作ですね。「フランス軍中尉の女」とは結びつきませんでしたが、調べて驚きました。
モーリス・ジャールの音楽がちょっとスリラーとは思えないところが面白かったですね。一種の反語的扱い。

>allcinema
姐さんの仰るとおりですが、投稿者は「みんなのシネマレビュー」よりは若干大人っぽい幹事が致します。あそこはまだ尻の青いガキ(失礼!)が多く、的外れが圧倒的に多い。

>ただ選択能力の稚拙な大人が闊歩しているのは
>確かです。
>客観と主観の履き違えにも気づいていない観方が
>私にはよっぽど<悲しい>わん。(笑)

全くですね。
映画でも何でも客観視することのできない人は怖いですね。そういう人は自分も客観視できないから間違いも犯しやすい。時代が進むにつれ、その類が増えてきたような気がします。
十瑠
2007年02月02日 15:34
>「有料放送とは言え、こういう映画が放映されることが悲しい」というのですが、どう思われます?

昨年のコメントでしたね。
映画ファンとしては、こういうコメントを読むのが悲しいですが、本人や周りに似たような経験をした人が居る人は神経質になるかも知れないなぁ、なんてことも考えましたね。

それでも私はやってない。
間違えました。(笑)
それでも私は観るけどね。そして書くけどね。
オカピー
2007年02月03日 04:45
十瑠さん、こんばんは。
確かに被害者やその家族、友人などは同じような場面に遭遇するのはつらいですが、そういう方々は「君子危きに近寄らず」を実践するしかないでしょうね。
失恋を描いた映画を観て、ある失恋者は自分と同じような境遇の人に勇気を見出すかもしれませんし、また別の失恋者は輪をかけて絶望してしまうかもしれません。人間を描くのが芸術である以上は仕方がないでしょう。少なくとも本作は興味本位ではないと断言したいと思います。
ひよりん
2007年04月27日 21:39
この作品レンタルで見ましたけどすごかったですねえ。心の中の想念みたいな物が二人の登場人物にどんどん凝集していくのが恐いぐらいでした。テレンススタンプは学生時代に見たテレビドラマ、ずっとあなたが好きだったの冬彦さんみたいでした。この作品をまねたのかな。いずれにしても、映画史の一幕を飾る名作ですね。
オカピー
2007年04月28日 02:13
ひよりんさん、初めまして(ですよね?)。

そうですね。
最近のサイコ・スリラーはとにかく猟奇的で残酷なものばかりですが、この時代のサイコ・スリラーはそうした表面的な刺激ではなく内面に迫るような怖さで勝負していました。まさに、サイコ・スリラーとしては勿論映画史の中でも重要な一編だと思います。

当然ストーカーといった言葉などなかった時代の作品ですが、その時代からこそもっと怖かったかもしれません。
残念ながらTVドラマは見ませんので、「ずっとあなたが好きだった」への影響は解りませんが、さすがに冬彦さんという名前だけは知っております。この私が知っているくらいだから(笑)、社会現象とまでなったと言っていいいのでしょうね。
ひよりん
2007年04月28日 11:58
オカピーさんお返事ありがとうございます。
はじめましてのご挨拶もせずに失礼しました。
他の方のトラックバックでここを知りました。
時々のぞかせていただきます。
無断ですが私のブログのお気に入りに入れさせていただきました。
わたしも、心温まる(泣くことができる)外国映画を中心にブログを作っていこうと思っています。
まだまだはじめたばかりですが、ゆっくりと続けていこうと思っています。
↓になります。

http://for-warm-heart.cocolog-nifty.com/

それではまたよろしくお願いします。
オカピー
2007年04月28日 18:00
ひよりんさん

どう致しまして。
何だかんだと屁理屈を言っておりますが、結構「心温まる」映画が好きだったりします。一応客観が売りである都合上シビアに批評することもありますが、評価は評価といったところとお考え下さいますと、有難いと思います。

ブログ名通りの作品ばかりで飾られていますね。欲深なのでなかなか特化ができないのですが、幅を狭めるのも良いですね。

これからも宜しくお願い致します。
十瑠
2012年03月30日 10:30
5年間も再見熱を持ち続けた十瑠です。^^
誘拐事件で、性的な暴力など描かずとも、高度なサスペンス映画が作れることを実証してくれている作品ですよね。
最後に、標本にされている蝶と自分が同じ立場にいることに気付くヒロインの心情が痛々しいです。
オカピー
2012年03月30日 19:01
十瑠さん、こんにちは。

>5年間も
そういう映画ですよね。

>高度なサスペンス映画
どこの映画も、ごまかし、ハッタリばかりの作品になりました。
ヒッチコック、ワイラーみたいな人が出てきませんねえ。

スピルバーグは意外にもクラシックな映画観を持っている人で、自作ではきっちり作っています。スローモーションは基本的に使わないし、細切れショットも使わないのが良いです。製作に回るととんでもない作品にも名を連ねますが。
彼には原点回帰して貰って、本作のような古典的なサスペンスを作って欲しいな。

>標本・・・ヒロイン
頭の良い女性でしたからね・・・
最近のサスペンスは、アホな人間たちに馬鹿な行動をさせてヒヤヒヤさせようとする程度の低いものが多くてうんざり。

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  • コレクター

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