映画評「バージニア・ウルフなんかこわくない」

☆☆☆☆☆(10点/10点満点中)
1966年アメリカ映画 監督マイク・ニコルズ
ネタバレあり

1962年に発表されたエドワード・オールビーの三幕戯曲の映画化で、2年後の「卒業」で有名になるマイク・ニコルズの映画デビュー作。

ニューイングランドのある大学構内にある住宅、学長の娘マーサ(エリザベス・テイラー)が期待に反して歴史学の万年助教授に留まっている夫ジョージ(リチャード・バートン)に苛立ち夫婦喧嘩に明け暮れるある深夜、若い生物学部講師ニック(ジョージ・シーガル)と妻ハニー(サンディ・デニス)が招待に正直に応じてやって来る。
 以降、助教授夫婦の口論は若い二人を巻き込んで果てしなく続き、ジョージの口から彼ら自身や講師夫婦の恥部が暴かれ、やがて未明を迎える。

夫婦喧嘩は犬も食わないなどと申しまして、実際このタイプは観ているのが面倒くさくなるので僕は<面倒くさい作品>などと称してふざけているのだが、これは凄い。

何が凄いかと言って色々凄いのだが、まずはニコルズが凝視的に登場人物を見つめその内面をえぐり出す手法が圧巻。
 行動の主体となる人物を追い続ける長廻しがあるかと思えば、うって変わった短いショット群ではクロースアップを挿入して<凝視>というスタイルを維持する。
 彼は舞台監督出身なのだが、初メガフォンというのが嘘のようにカメラの動かし方を熟知している。例えば、講師夫婦に話しているマーサの大声をバックに、別室にある銃を取りに行くジョージをカメラが前方から捉える場面。こうした演出は常に一定の距離・方向でしか見られない舞台ではできないわけで、舞台に比べ観客のサスペンスは遥かに際立つ。舞台なら観客は大声で話しているマーサに注視しているので、銃を持って来るジョージに登場人物同様ショックは受けるがサスペンスは感じない。こんな具合に舞台劇と殆ど変わらず台詞が洪水のように溢れるものの極めて映画的になっているのに驚く。

次に台詞である。
 本作では悪口雑言が多くて当時の舞台や映画でなかなか耳に入らなかった言葉が相当使われている。セックスに関する隠語や罵倒語である。
 これらの言葉はニューシネマ以降は当たり前になり、言葉自体にはもはや誰も驚かないが、エリザベス・テイラーやリチャード・バートンといった大御所の口から矢継ぎ早に出るのだから当時の観客は腰を抜かしたであろう。
 舞台の名優でもあるバートンはこれくらいは当たり前に出来るだろうが、リズの演技は大向こうを唸らせ、先にオスカーを受賞した「バタフィールド8」など問題ではない。

一見口論だけに推移しながら、僅か2時間余りの間に本作はこの夫婦の20年間を全て説明しきってしまう。その点も絶賛したい。
 キーワードは<息子>である。若い夫婦は二人に家出をした息子がいると聞かされるが、ジョージは息子の死を告げる電報が来たとマーサに告げる。マーサは「私の子供を勝手に殺さないで」と怒り出し、やがてニックは二人に息子などいないことに気付く。
 ここで、二人の喧嘩は出世問題以上に子供が出来なかったのが大きな原因となっていること、逆に架空の息子をこしらえることで夫婦の絆を維持していること、口論によって互いの傷を舐め合って生きていることを観客は知るのである。

子供を失ったマーサは虚勢のベールを下ろして「怖い」と弱音を吐き、ジョージが慰める。
 何度観てもこの幕切れを涙なしに観ることは出来ない。人生とはかくも切ないものであるか。テーマは(アメリカの)現代社会が抱える偽善性や虚偽性の暴露であるが、風刺より夫婦の哀しい絆が僕の胸を切り裂くのである。

この記事へのコメント

viva jiji
2007年02月26日 07:42
私を呼びましたん?(笑)

本作はもちろん、私なんぞは
「卒業」「キャッチ・22」「愛の狩人」でもうニコルズの
映画のシャワーをぞんぶんに浴びちゃってますからね~。(笑)

本作などはオープニングから
アカデミー撮影賞を獲ったH・ウェクスラーのシャシンを
観るだけでもう溜飲下がりまくりざます!
で、ホンがA・レーマンでしょう!
彼の語りは好きでした。

傲慢魂ばかり揶揄されたリズでしたが
彼女の芝居を観る目はバートンの影響も
あるでしょうけれど、確かだったと私は思います。
舞台畑のニコルズを担ぎ出してくる手腕は大したものですわ。
(かつて、K・ヘップバーンが「アラビアのロレンス」に
P・オトゥールを推薦した審美眼に通じるものを感じます)

プロフェッサーのおっしゃるとおり
「バタ・8」(先日CSで観ましたけど今観ると甘いな(笑))
より数段、高品質なリズの代表作と思います。

でも~、プロフェッサー、バートンも誉めてちょ!(笑)
私、彼の大ファンですの。
オカピー
2007年02月26日 18:45
viva jijiさん

呼びました(笑)。

これまたお気に入りの「ライアンの娘」を姐さん宜しく(録画を含めて)忘れて、その代わりに数日前に撮っておいた本作を観たというのが真相で、先日話したからではないのですけど、WOWOWは私らの話をこっそり聞いていたのでしょ(笑)。

ニコルズを代表者として褒めましたが、実際のところは撮影監督に大分助けてもらったかな。舞台監督としては売れっ子でも映画は180度違いますからね。舞台監督出身は舞台臭が取り除かれるまでに時間が掛かることが多いのですが、ニコルズは初っ端からこれですから、映画的才能があったのでしょう。

原作では外に出る場面がなかったと記憶していますが、姐さん分ります?

バートンは、ローレンス・オリヴィエ、ジョン・ギールグッドに続く名シェークスピア俳優でしょ? 今更と思ってご遠慮申し上げましたが、やはりまずかったですか(笑)。
いずれにしても、新情報ゲットです(笑)。
viva jiji
2007年02月26日 23:09
>原作では外に出る場面がなかったと記憶していますが、姐さん分ります?

あのオルビーのギッツギッツ会話劇の長編戯曲、
プロフェッサー、お読みになったの?

私、大きな声で言えます!

「姐さん、分かりません!」(笑)

原作は完全な室内劇っぽく感じますが、どうでしょう。

映画で、外に出したのはワンクッション的役割と
シャシンに解放感が出て大正解と私は感じましたが。

>(録画を含めて)忘れて、

あれ~~~?
ぬかりのないプロフェッサーらしくないわ~~。(笑)
でも・・・思い出したわ。
たしか「ダーティ・ハリー」も・・・時間、間違えたんじゃなかった~?(笑)
(すっかり自分のことを棚に上げてる“私”・・・)(笑)
オカピー
2007年02月27日 14:30
viva jijiさん

読みました。これが結構面白くてですね、すんなり読めました。ジョージがニックを何度も<数学者>と間違えますがあれは故意ですな。最後はやはりしんみりします。

統一感を求めるなら全て室内ですし、単調になるのを避けるのなら外もありですね。難しいところですが、仰るとおり、外に出て正解だったでしょう。

>「ダーティハリー」
そうでしたね、ハイビジョン版を保存版にしようと待機していた時・・・。あれも悔しかったなあ。折角忘れていたのに(笑)。
「ライアンの娘」も折角のハイビジョン放送だったのになあ。再放映の予定なし(泣)。
Rei
2007年04月09日 15:13
vivajijiさんのブログでよくお見かけしておりました。はじめましてReiと申します。初めてコメントさせていただきます。本作はタイトルはよく知ってましたが観たことはありませんでした。アカデミー関連放映として22月ごろでしたかWOWOWで放映されており観ました。エリザベス・テイラーとリチャード・バートンは私にとっては作品よりも二人にまつわるスキャンダルで有名になっていて、また本作をリアルタイムで見るには年齢的にまだ子供でした。ほとんどリズとバートンの二人芝居。その迫力たる演技。スキャンダルばかりが有名ですが、やはり役者としての二人の存在感に圧倒されました。何が凄いって、プロフェッサーさんのコメント読んでもう一度再確認いたしました。これを今の役者でリメイクするのはまず無理でしょうね。ブログゆっくり読ませていただきます。ありがとうございました。
オカピー
2007年04月10日 01:23
Reiさん、初めまして!
私も、最近viva jijiさんのところでお名前をお見かけしておりました。余りに多くのコメントがあり、一部だけ拝読致しております。
viva jijiさんのブログにはReiさんのように本当に映画が好きで、かつ、研ぎ澄まされた審美眼を持っている方ばかりがコメントを残されており、それに対し当意即妙に返答なさるviva jijiさんの才能にも圧倒される思いをしております。

>リメイク
役者が小粒になってしまいましたから、ちょっと難しいでしょうね。
現在リメイクが大量に作られていますが、私の考えでは、秀作をリメイクするより、オリジナルの再公開に尽力したほうが本当は大局的には映画界の為になると思うのですが、どうしても作るほうに行ってしまうのですよね。

今後とも宜しくお願い致します。
Rei
2007年04月10日 16:47
つい、コメントに反応してまたコメントを。
そうなんです。オリジナルの再公開を本当に望みます。
やはり劇場に通ってスクリーンで観たいです。
最近小さな劇場でそういう取り組みもしてますが、観客動員が見込まれる作品が主なので、少しがっかりです。
オカピー
2007年04月11日 03:24
Reiさん、こんばんは。

観客の映画を見る力を育てる為にも、秀作たるオリジナルの公開(リバイバル)は大事と思うのですが、結局は金儲けの産業ですからねえ...。
古い映画はどん臭いと思う一方で、新しい映画の見かけの華美さや凝り具合に惹かれてしまうんですよね、若い人は。
ひよりん
2007年07月03日 22:17
なにげにのぞいてみたら、オカピーさんこれ満点なんですね。
実は私も満点なんです。リズの演技が抜群です。
オープニングの、がに股歩きからすごいな~って唸りました。
このあたりが、美人枠を抜け出せなかったマリリンと、
美人枠から飛び出したリズの違いかなあと思ってます。
何度もDVDで見かえしている作品です。
オカピー
2007年07月04日 17:15
ひよりんさん、こんばんは。

ひよりんさんのイメージとはちょっと違うような気がします(笑)。

滅多に出さない満点ですが、掛け値なしに見応え十分の作品ですので。
リズはこれより6年前に「バタフィールド8」でアカデミー主演賞を受賞しているのですが、映画の出来も程々ですし、どうもあれはサーヴィスのような気がします。誰がどう観てもこちらのほうが数段上。

行き詰る台詞劇としての面白さを流麗なカメラワークで補強した傑作と思います。マイク・ニコルズはこれが映画第一作だというのに、すごい。
ひよりん
2007年07月06日 20:28
おかぴーさんこんばんは。
私のイメージじゃないですか?
某巨大ポータルサイトのYのIDのプロフには、
長いこと古い白黒映画が好きって書いてたんですよ(笑
この作品4人とも素晴らしい演技ですけど、
バートンの抑えた演技がリズを支えていると思います。
オカピーさんのお部屋は広いから、
またお気に入りの作品見つけたら、コメントさせていただきます。
オカピー
2007年07月07日 02:50
ひよりんさん、こんばんは。

モノクロ云々というより、激しい口論が繰り広げられる内容が、ひよりんさんのイメージではないなあ、と短い付き合いの中で思ったものですから。^^;

>バートンの演技
私もそんな感じがしています。
ただ、この15年ほど前に「黒騎士」や「花嫁の父」のリズを考えると、想像も付かない演技。いや、お見それしました、という感じでした。
シュエット
2007年10月21日 22:14
TBありがとうございました。あらためてシュエットでメッセージ入れさせていただきます。本当に先日も観たんですけど、何度みても圧倒されます。「卒業」はこれは好きな作品で、サイモンとガーファンクルも本作ですからね。でも唯一傑作は本作ですね。卒業は好きな作品として横に置くとして、他見た作品と比べると、同じ監督?って思ってしまう。脚本の力もあるんでしょうね。ハリウッドのしがらみもあるでしょうけどね。ただ、思うのは最近作でこれだけの作品が少ないのは寂しい。
オカピー
2007年10月22日 01:56
シュエットさん、こちらこそどうも。

「卒業」のほうが観た回数は圧倒的に多くて、中学、高校、大学、社会人と進むに連れて理解が深まった気がしますが、「バージニア」の迫力の前には些か霞みますかねえ。
ニコルズの近作「クローサー」を観ると、「卒業」「愛の狩人」路線だなとは思わせるものの、余りに露骨で興ざめる部分もありましたよ。時間の流れが把握しにくい作りもマイナスでした。

>脚本の力
そうでしょうね。
実際の脚本を読まないと解りませんが、カメラワークの指示などもあるかもしれませんから。本当は脚本家を褒めるべきなのかも。

この記事へのトラックバック

  • 「バージニア・ウルフなんかこわくない」

    Excerpt: Who's Afraind of Virginia Woolf? 1966年/アメリカ/135分 この壮絶な男と女のドラマを前に 「こわれゆく世界の中で」が思い返される……  センセーションを巻き起.. Weblog: 寄り道カフェ racked: 2007-10-21 22:05
  • 映画「バージニア・ウルフなんてこわくない」本物の大スターの訃報

    Excerpt: 「バージニア・ウルフなんてこわくない」★★★ エリザベス・テイラー, リチャード・バートン, ジョージ・シーガル, サンディ・デニス 出演 マイク・ニコルズ 監督、 135分 、`67年公開、米 .. Weblog: soramove racked: 2011-04-10 00:42
  • 『バージニア・ウルフなんかこわくない』'6...

    Excerpt: あらすじ大学構内の住宅で暮らす大学教授ジョージと妻マーサ。ある日、ふたりの元へ大学の生物学教師ニックとその妻ハニーがやって来る・・・。感想アカデミー賞5部門受賞<主演女... Weblog: 虎党 団塊ジュニア の 日常 グルメ 映... racked: 2011-06-14 08:05
  • 『バージニア・ウルフなんかこわくない』'66・米

    Excerpt: あなたも狼に変りますか♪ もっと読む[E:down] 虎党 団塊ジュニア の 日 Weblog: 虎団Jr. 虎ックバック専用機 racked: 2011-06-14 08:09
  • 映画評「マイ・ライフ・メモリー」

    Excerpt: ☆☆★(5点/10点満点中) 2013年アメリカ映画 監督ローリー・コルヤー ネタバレあり Weblog: プロフェッサー・オカピーの部屋[別館] racked: 2015-12-18 10:18