映画評「クラッシュ」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2004年アメリカ映画 監督ポール・ハギス
ネタバレあり
「ミリオンダラー・ベイビー」でアカデミー脚色賞にノミネートされ、作品賞と監督賞をクリント・イーストウッドにもたらしたポール・ハギスが自らの脚本を映画化した監督デビュー作。
結果的に脚本賞に加え作品賞まで受賞したのは、話を複雑にして最後に一つにまとめるだけで感激してくれる心優しい批評家や鑑賞者が多いことを裏打ちしている。実際には単純な(がら見応えある)話ほど作るのが難しいのだが、かくいう僕も10代の時に森村誠一の推理小説「人間の証明」に感銘し、20代でポーランド映画「影」に感激したものだ。
本作はそれらより数段込み入っていて確かに唸らせるものがあるが、複雑すぎて散漫になっている部分があり、複雑さを目くらましにしている印象も免れない。
黒人刑事ドン・チードルが女性刑事ジェニファー・エスポジトーと家路を辿っている時交通事故に会い、その近くで発見された黒人男性の死体を調べる、というのがプロローグ。本編は一日前の昼間からしきり直しとなる。
この刑事カップル、店舗警備の為に銃を買おうとして銃砲店店主に差別されるイラン人父娘、このイラン人店主に錠修理を依頼されるがドア全体の修理を提言して断られるメキシコ人鍵屋とその娘、車泥棒の黒人二人ルダクリスとラレンツ・テイト、彼らに恐怖心を抱く白人女性サントラ・ブロックと検事の夫ブレンダン・フレイザー、人種差別的な白人刑事マット・ディロンと病気の父親、ディロンに愚弄される黒人夫婦テレンス・ハワードとサンディー・ニュートン、ディロンとコンビを組むのを嫌がるリベラルな刑事ライアン・フィリップ、車泥棒に轢かれる韓国人とその妻。
人種差別を通奏低音に、前日までは全く関係なかったこれらの人々が事件や事故で複雑に関連づけられていく妙。よくぞここまで複雑な話を作り上げたものと感心する一方で、その関連性が後半一気に形成・説明されるという偏った構成を取った故に人物紹介と伏線のばらまきに終始する前半の約一時間はそう面白く観られない、という構造的な欠陥を指摘しておかねばならない。映画の面白さは遍く散らばっているのが理想であり、本作のようにばらまきと回収を綺麗に二分した場合伏線のばらまきに割く時間は前半30分が限度である。
断然素晴らしくなって来るのは、序盤で人種差別の嫌らしさを見せつけたディロンが父思いの面を見せ、愚弄したサンディーを命からがら救い出す辺りからで、イラン人店主の鍵屋に向けられた憎悪の顛末も見応え十分、そしてリベラルな刑事が改心した車泥棒を条件反射的に射殺してしまう理不尽さも心臓をえぐり出される思いがする。
人々の人種差別が底流にあり、アメリカの人種差別の現状を踏まえつつも、これらの挿話が示すのは人種差別の糾弾ではなく、人間は善悪の二元論で語れるほど単純ではないということ、人間の衝突は人種・民族間だけにあらずということである。
悲劇的な挿話も多いが、ポール・ハギスは楽観主義者なのか、人生を否定的に捉えていない。意外とすっきり観終えることが出来るのは良いことなのだろう。
終盤に神の視点を感じさせる凄みが出て来るが、やはり前半の長さが気になる。サンドラ・ブロックが鍵屋との関連以外に話の輪に加わって来ず、水増し的になっているのも物足りない。
2004年アメリカ映画 監督ポール・ハギス
ネタバレあり
「ミリオンダラー・ベイビー」でアカデミー脚色賞にノミネートされ、作品賞と監督賞をクリント・イーストウッドにもたらしたポール・ハギスが自らの脚本を映画化した監督デビュー作。
結果的に脚本賞に加え作品賞まで受賞したのは、話を複雑にして最後に一つにまとめるだけで感激してくれる心優しい批評家や鑑賞者が多いことを裏打ちしている。実際には単純な(がら見応えある)話ほど作るのが難しいのだが、かくいう僕も10代の時に森村誠一の推理小説「人間の証明」に感銘し、20代でポーランド映画「影」に感激したものだ。
本作はそれらより数段込み入っていて確かに唸らせるものがあるが、複雑すぎて散漫になっている部分があり、複雑さを目くらましにしている印象も免れない。
黒人刑事ドン・チードルが女性刑事ジェニファー・エスポジトーと家路を辿っている時交通事故に会い、その近くで発見された黒人男性の死体を調べる、というのがプロローグ。本編は一日前の昼間からしきり直しとなる。
この刑事カップル、店舗警備の為に銃を買おうとして銃砲店店主に差別されるイラン人父娘、このイラン人店主に錠修理を依頼されるがドア全体の修理を提言して断られるメキシコ人鍵屋とその娘、車泥棒の黒人二人ルダクリスとラレンツ・テイト、彼らに恐怖心を抱く白人女性サントラ・ブロックと検事の夫ブレンダン・フレイザー、人種差別的な白人刑事マット・ディロンと病気の父親、ディロンに愚弄される黒人夫婦テレンス・ハワードとサンディー・ニュートン、ディロンとコンビを組むのを嫌がるリベラルな刑事ライアン・フィリップ、車泥棒に轢かれる韓国人とその妻。
人種差別を通奏低音に、前日までは全く関係なかったこれらの人々が事件や事故で複雑に関連づけられていく妙。よくぞここまで複雑な話を作り上げたものと感心する一方で、その関連性が後半一気に形成・説明されるという偏った構成を取った故に人物紹介と伏線のばらまきに終始する前半の約一時間はそう面白く観られない、という構造的な欠陥を指摘しておかねばならない。映画の面白さは遍く散らばっているのが理想であり、本作のようにばらまきと回収を綺麗に二分した場合伏線のばらまきに割く時間は前半30分が限度である。
断然素晴らしくなって来るのは、序盤で人種差別の嫌らしさを見せつけたディロンが父思いの面を見せ、愚弄したサンディーを命からがら救い出す辺りからで、イラン人店主の鍵屋に向けられた憎悪の顛末も見応え十分、そしてリベラルな刑事が改心した車泥棒を条件反射的に射殺してしまう理不尽さも心臓をえぐり出される思いがする。
人々の人種差別が底流にあり、アメリカの人種差別の現状を踏まえつつも、これらの挿話が示すのは人種差別の糾弾ではなく、人間は善悪の二元論で語れるほど単純ではないということ、人間の衝突は人種・民族間だけにあらずということである。
悲劇的な挿話も多いが、ポール・ハギスは楽観主義者なのか、人生を否定的に捉えていない。意外とすっきり観終えることが出来るのは良いことなのだろう。
終盤に神の視点を感じさせる凄みが出て来るが、やはり前半の長さが気になる。サンドラ・ブロックが鍵屋との関連以外に話の輪に加わって来ず、水増し的になっているのも物足りない。
この記事へのコメント
私もそう思います。
そしてプロフェッサーは言及していらっしゃませんが
散漫さと目くらましに一役も二役もかっているのが
背後に流れている<音楽>。
S・ダルドリー「めぐりあう時間たち」の時も如実に感じたのです
けれど、あのP・グラスの音楽が3つの世代を行きつ戻りつする
構成の間を悲壮感と揺れ動く登場人物たちの心とともに、私達、
観客の心理状態をも揺らす役目を果たしていました。
本作も同じ。
大ヴェテラン、M・アイシャムの音楽がとても効果的に、
(ほんとに散漫な)お話をケムに巻く風情で巧みに
牽引していきます。
(劇場鑑賞後、DVDで何度も見ると、よ~~くわかります)
その通りです。
一風ストレンジに見える話をたくさん繋げてスクランブルさせて
うまく“観せて”いますが、その実、ひとつひとつのセンテンスに
コトンを胸におちる必然性描写をキチンと置かないものだから
不完全燃焼のまま、ラストを迎える。
その綻びを縫うが如くに音楽が走る・・・。
最近、多いです、こういうの。
コトン(を)・・・ではなく
コトン(と)・・・です。
私なんて<てにをは>を始終間違えておりますが、余程ひどい場合を除いて無視してしまいます。わはは。基本的に文章を直すとこうした間違いをすることが多いですね。
勿論音楽にはそうした感情を映し出す役目もあり、高校の音楽の授業の時に発表した<映画音楽の効果>の中でその点に触れましたが、あまりに過剰になると、寧ろ監督の自信のなさを感じてしまいます。
ジェームズ・ニュートン・ハワードなどもかなりがちゃがちゃやるのでたまに「ええい、うるさい」なんて思うこともありましたよ(笑)。
CGに全面的に依存している作品、複数の時間軸を用いている作品、必要以上に多くの人間が登場する群像劇・・・種々の映画を観る度に「基本に帰れ」と叫んでいる今日この頃であります。
群集劇はよくあるけど、途中で、ええい、うるさい、と思うことはよくあります(笑)でも、僕は、このクラッシュは、あまり相互関係を意識することなく、見ることができたような気がします。
よく練られた脚本で、群像劇の嫌らしさも余り出ていないように思うので、素直に感嘆したいところですが、ここ数年来の私の心境としては、単純な構成の作品、例えばキム・ギドクのような純度の濃さで勝負が出来る作品を歓迎したいんですね。野球で言えば直球勝負。
時系列破壊型は言わばフォーク、並列進行型(群像劇のヴァリエーション)はカーブといったところ。変化球で打ち取られるのはどうも嫌なわけです(笑)。
>ここ数年来の私の心境としては、単純な構成の作品、例えばキム・ギドクのような純度の濃さで勝負が出来る作品を歓迎したいんですね。野球で言えば直球勝負
このオカピーさまのストレートな表現にやられてしまいました。
洗練を好む自分が何故かキム・キドクにひかれるのがとてもよくわかりました。
TBさせていただいた「クラッシュ」とは全然関係ないのですが・・・。
確かに時系列を操作したり、どんでん返しがあったりするのも良いですが、やはり映画の基本は純度ではないかと日々思っているわけです。
本作も実にうまく作ったものだなあと思うものの、細工が目について素直に感動できないところがありました。
>キム・ギドク
一筋縄では行かない監督ですけど、非常に純粋な作品を作りますね。
絶賛ばかりしているわけではないものの、彼のスタイルは非常に好きです。