映画評「うつせみ」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2004年韓国映画 監督キム・ギドク
ネタバレあり

これまで観たキム・ギドク監督作三本にはひどく感嘆して映画評をどう書き進めるかという方針もすぐに決まったが、本作は塩梅が些か違う。これまでよりぐっと抽象的で、具象を以って論理的に分析したい僕の趣味とは合わない部分がある。しかし、今回も奇想天外の展開で、その部分ではやはり今世界でも類のない異才による作品という感が強い。

チラシを大型バイクで配っている若者ジェヒは、チラシが回収されていない家に入って留守電で留守宅であることを確認すると、風呂に入ったり食事をしたり我が家のように過ごす。その一方で手で洗濯したり壊れた時計や電化製品などをこまめに直して、別の家に移動する。
 そんなある日留守と思った家で独占欲の強い夫に殴られて顔に痣を作っている人妻イ・スンヨンと遭遇、ゴルフボールで夫を気絶させて彼女を連れ去る。

「悪い男」の主人公も事情により無言だったが、本作の二人についてもヒロインが最後に一言話すだけである。その点を含めタッチ的にやはり北野武の影響ありと見るが、<誘拐>以降は観念的になり通俗派の僕を僅かに悩ませる。何故<僅かに>なのかと言えば、ストーリー自体は極めて明解だからである。

最終的に誘拐の罪で服役することになった若者は看守を困らせる為に姿を見られない術をマスター、やがて釈放されると夫に姿を見られない超絶技巧によりスンヨンと生活し始める。但し、「われわれの棲むこの世(うつせみ)が夢なのか現実なのか誰にも解らない」との説明が入る。
 つまり、観客の理解に任せますよ、という幕切れなので、理屈っぽい人間としては今までのように素直に「参りました」というわけにはいかない。

他人の家で過ごすという方法で一種の現実逃避を果たした二人だが、最後に体重計は二人併せた時ゼロを示し、逃避を一段と進め遂に現実そのもの(実存)を超えてしまったことを象徴する。二人の不思議な共同生活が全て幻想であるとの暗示とも理解でき、非常に多義的である。
 純愛がテーマであるようにも思えるが、この主題を深く沈潜させた旧作「悪い男」ほどピンと来ない。その一方で、幾つもの住居に侵入するという彼らの行為を通して現代韓国における様々な家庭の様相が映し出される。その意味では「サマリア」に近いところがあり、二つの要素を掛け合わせたところにギドクの興味深い進境があるようにも思う。

映画としての純度は相変わらず高く、映像は相変わらず強い。

この記事へのコメント

viva jiji
2007年03月22日 10:49
>具象を以って論理的に分析したい僕の趣味とは合わない部分がある

まさに抽象的で現実なのか幻想なのか
日常生活をベースにしたギドク独自の
ファンタジーなのか・・・
このいかにもギドクらしい魑魅魍魎の世界観に
ドップリと首まで浸かり、観たままを感じる
(分析しない)私の趣味には大変合う作品ざました。(笑)
オカピー
2007年03月23日 02:39
viva jijiさん

そうは言っても、この純度の高さが良いですね。
つまり、濃い。
ただこのまま抽象路線には入っていかないでほしい、と言ってもこれが最新作というわけではないのですが。
今村監督も決して抽象には入っていかなかったわけですし。

ギドクは何故台詞が少ないのか。
それは・・・台詞を書くのが面倒くさいから・・・なんてことはありません(笑)。
最近は台詞と音楽が多すぎますから、その点でもギドクは良いですよね。

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