映画評「白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2005年ドイツ映画 監督マルク・ローテムント
ネタバレあり

1943年2月18日朝、スターリングラードでのドイツ軍大敗を知った非暴力的レジスタンス組織<白バラ>のハンス(ファビアン・ヒンヒリス)とゾフィー(ユリア・フィンチ)のショル兄妹が、これ以上兵隊(国民)の戦死が増えるのを防ごうと、自ら通うミュンヘン大学の構内にビラを撒くが、直後にゲシュタポに逮捕され、取り調べには断固否認するものの、家宅捜査で出て来た証拠により活動を認めざるを得なくなる。
 そして、4日後の22日に一方的な裁判により断罪され、断頭台に昇る。

90年代に発見された女子学生ゾフィー・ショルの取り調べ記録に基づきその様子を再現したセミ・ドキュメンタリーで、「ジャンヌ・ダルク裁判」の第2次大戦版のような印象である。
 ドキュメンタリー・タッチで実話らしいムードを醸成する為に、凝った作りをせず即実的な扱いをしたのが宜しい。我々は現場に居合わせている気持ちにさせられる。映画の作り方としては極めてシンプルだが、内容によってはそれが上手く効果を出すこともある。

また、基本的に裁判ものは会話劇としての面白さがベースとなるわけだが、本作も息詰まる台詞の交換が続き、見応え十分。
 しかも、テーマが反戦なので、大変重い。
 日本の反戦映画は戦場が主たる舞台になるが、ドイツ映画では銃後が舞台になることも少なくない。ドイツ人が突然変異の絶対悪とでも見なせるようなヒトラーやナチスを敵対視することができるのに対し、日本若しくは日本人はなかなかそういう立場を取り得ないのである。

戦争が問題である所以は人命、物品、文化遺産が失われることが第一であるが、もう一つは本作の主題にも通じる人から自由と権利を奪うことである。「戦争は嫌だ、戦争には反対だ」と言えないからいつまでも戦争が終らない。ヒロインたちの主張でもある。
 今の我々も対岸の火事とは言えず、日本が【いつか来た道】を辿らないという保証はない。

再び映画に戻れば、ユリア・イェンチの演技は実にしっかりしていて、強い信念を持っていたはずのヒロインが自分が即刻死刑になることに気付き一人になった時に取り乱す様子は強く胸が締め付けられる。

この記事へのコメント

まいじょ
2007年05月21日 20:44
主人公ひとりを時系列で追いかけたシンプルな編集が、臨場感を醸し出すことに成功したと私も思います。
日本を舞台にこういう映画ができるといいですね。
オカピー
2007年05月22日 01:51
まいじょさん、お久しぶりです。

現在は複雑怪奇な作品ばかりがもてはやされるだけに、こういうシンプルな構成の作品は良いですね。
事実の再現には、<ただ映し出す>という方法しかなかったのだと思います。

銃後の人々を主人公にした反戦映画は日本では難しいかもしれません。本文でも書きましたが、ドイツで作れるのは戦争中の反戦活動家の活動が正しいと言える確固たる共通認識が国民にあるからでしょう。
一方、日本人の先の戦争に対する認識は大きく二つに分かれますから、映画作家たちも動きにくいという気がします。
まいじょ
2007年10月21日 11:31
劇団民芸公演「白バラの祈り」を昨日観てきました。これもなかなかよかったです。10月24日まで紀伊国屋サザンシアターでやっています。
オカピー
2007年10月21日 18:11
まいじょさん、こんばんは。

おおっ、舞台版でございますか!
まいじょさんは、すると、東京にお住まいですか?
私は芝居不毛の地、群馬に住んでおりまして、ちと観られませんです。
WOWOW辺りで収録して放映してくれると有り難いです、田舎者には。

情報、有難うございました。
トム(Tom5k)
2015年10月12日 18:12
オカピーさん、こんばんは。
最近、レンタルして観たのですが、いい映画でしたねえ。
私もブレッソンを思い出しながら観ていましたよ。構成も似ていましたよね。
>銃後の人々を主人公にした反戦映画
邦画では最近、山田洋次の「小さいおうえち」なんかありましたけれど、反戦を唱えるような主人公は登場させることはできませんよね。当時、実在していても国民が相互管理しあって活動など出来なかったのでしょうし・・・、恐らく明治維新後70年以降、戦争することが当たり前の文化が構築されていた背景もあったのでしょう。戦争批判など、この(戦後)70年のことですよね。
人類は進化せざるを得ないわけで、駆逐されるものは偽物であり、また必要のないものでもあり、本物は駆逐しようとしてもしきれるものではない、と考えると、わたしは楽天的になります。「すべては歴史に裁かれる」ことは明白なことですよ。
では、また。
オカピー
2015年10月12日 22:08
トムさん、お久しぶりです。

戦争を扱った戦後の映画は、作者の狙いと殆ど関係なく、自ずと“反戦映画”を感じる部分があり、それらを観る僕らは反戦というより厭戦的にならざるを得ないのですが、それほど急ぐ必要もないのに(アメリカが急がせるので)安保法案が簡単に通ってしまいました。
安保法案自体の存在価値は認めざるを得ないところがあるものの、とにかく、為政者の説明は全くデタラメあるし、為に詰めるべきところが全く詰まっていない。例によって責任者不在の見切りスタートという感じで、これにより秘密保護法も本格的に始動ということになるのでしょうね。
当座は左翼の言うような極端な事例は起こらないでしょうし、戦前とは国際的監視体制や情報流通量や方式が違いますのでそう簡単に「いつか来た道」が再現されるとも思いませんが、現在より一時的に人権的な面で後退する局面はあるかもしれません。

>人類は進化せざるを得ない
僕はこれを「歴史のダイナミズム」と言っていますが、このダイナミズムが働く過程で人間は色々悪いことをしてきました。
例えば、帝国主義はどこがやっても相対的には悪であって、日本も明治以降帝国主義を邁進したわけで、帝国主義の文脈の中で「日本は悪いことをしました」と言って外国に対して何の恥ずべきところはありません(というのは大げさですが)。どこの国もアジア・アフリカ諸民族に対しひどいことをしたのは事実ですから。
近代的帝国主義の終結後、国際連合が出来、これは一つの進化であったでしょうね。

>「すべては歴史に裁かれる」ことは明白
同意です。
トム(Tom5k)
2015年10月12日 23:47
オカピーさん、連続コメントします(笑)。
「小さいおうえち」⇒「小さなおうち」失礼しました(笑)。
>安保法制
結局、アメリカが戦勝国で日本が敗戦国の構図は、ずっと続いているということでしょうね(少なくても軍事の視点で)。
安倍さんは正直過ぎるので、それがわかり易く出てしまったのでしょう。嫌いなタイプの人ではありませんが、あまりに滑稽です。
そもそも安保法制は、いわゆる既定路線以外の何ものでもありませんよ。小泉さんのときの「新・ガイドライン」から同じ方針じゃないですか。アーミテージ・レポートしかりです。
茶番、いや超茶番としか思えません。国会運営も混乱の演出にしか見えませんでした。
しかしなあ、結果は、はっきりしていたのですから、仮にも近代の法治国家ですから国会運営の民主スタイルは堅持して欲しかったな。ネット右翼も法制反対派もアメリカ戦勝国の既定路線だったということから考え方を整理してほしい。虚しいですよ。ほんと。どうせ通すなら平和のための安保法制なんて言わず、帝国主義の復活くらいの強さで法制を通して欲しい(笑)。右翼の骨の無さにもがっかりします。仮にも右翼を名乗るなら男女共同参画なんてありえませんよ。内助の功を徹して女性を政治や市民活動に出すべきじゃない(笑)。
トム(Tom5k)
2015年10月12日 23:47
<続き>
よくまあ、矛盾だらけのいがみ合いをゴタゴタやってるもんですよ。ほんとに。野党はアホですが、安倍政権も思想基盤が徹底的にデタラメです。がっかりですよ。

所詮、未だ敗戦国としてのアメリカの手のひらで右往左往している時代・・・いつまで続くのでしょうか?
ともかく、海外派兵での死傷者・負傷者リスクを最小限に抑えて欲しいものです。

>国際連合が出来、これは一つの進化・・・
ゆっくりではあっても、やはり進化しているんでしょうね。「平和」というものが人類の最低限綱領として全世界の末端まで定着することから、新しい時代になるんでしょうけれど。まだまだ時間はかかるんだろうな。
では、また。
オカピー
2015年10月13日 19:26
トムさん、こんにちは。

ほぼ同意見で、特にコメントもないですが。

右も左も、オール・オア・ナッシングで、喧嘩をしている。
実際の世の中は一元論・二元論では片づけられない。
しかも、自分の都合の悪いところは嘘をつくので、ダブル・スタンダードがそこら中に出て来る。ダブル・スタンダードという点では特にネトウヨがひどい。

>アーミテージ・レポート
安保法制はこれの完全コピーですよね。だから、ポチと言われる。
郵政民営化だってねえ。
TPPもそうですが、肝心のアメリカで通るか解らない^^;

>右翼
彼らは自称右翼が殆どだと思いますね。
アメリカに頭を下げる連中が保守を名乗るのは真正保守に失礼でしょう。

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