映画評「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」

☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2005年アメリカ=フランス映画 監督トミー・リー・ジョーンズ
ネタバレあり

悪役からスタートして90年代後半に一枚看板スターになったトミー・リー・ジョーンズは確かハーバード大学を出たインテリなのでいつかは監督でもやるのではないかと思ってきたが、遂にデビューを果たした。主演も兼ねている。

長いタイトルは大昔のピカレスク小説を思わせるが、ピカレスク小説を生んだスペイン語を話すメキシコとアメリカの国境が舞台である。

メキシコ国境に近いテキサス州の荒野で猟師がメキシコ人の死体を発見する。死体はメルキアデス・エストラーダ(フリオ・セサール・メディージョ)という不法入国者である。
 一昔前ならプロローグから過去の場面に遡りやがてプロローグで描かれた場面にたどり着き、そこからはリアルタイム・・・という構成を取るところだが、脚本を書いたのが時系列をいじりまわすのが好きな「21グラム」のギジェルモ・アリアガなので、メルキアデスがまだ生きていた過去と現在が交錯しながら進行していく。「21グラム」では自らの手法に自縄自縛になり手段と目的が本末転倒した感があったが、本作ではそこまで拘らず、前半だけで終わりにしているのは好感が持てる。

この間に判ってくるのは、勤務中もエロ本を手放せない<人間の屑>のような新米国境警備隊員マイク(バリー・ペッパー)が慌てた挙句にコヨーテを撃っていたメルキアデスを撃ってしまった事実だが、その場面を二つの角度から二回も描くのはくどい。それ以外はよく書けた脚本である。

彼に親愛の情を抱いていた雇い主の牧場主ピート(ジョーンズ)は、「死んだ時には故郷のヒメネスに埋めてくれ」という生前の頼みを実行する為に、埋められた死体を掘り起こし、犯人と判明したマイクを無理矢理に引っ張り出し、国境の向うにあるというヒメネスを目指す旅に出る。

映画が断然良くなるのはここからで、まずクリス・メンジス(メンゲス)の撮影が極めて優秀。絶壁の上の隘路を横断する場面のダイナミックさに圧倒され、続く一行が砂漠を横切るショットの美しさに心を奪われる。

画像

スペイン語も解らない癖にメキシコのラジオを聞いている盲目の老人と接触した後、隙を見て逃げ出したマイクがガラガラ蛇に噛まれ、以前暴力を振るった女性の協力により一命を取り留めるが下手をすれば壊疽で足を切るところまで追い込まれ、さすがに意気消沈、旅を通じて人間的な気持ちを取り戻す。
 それを象徴するのが彼がメキシコ人らと一緒にトウモロコシの皮を剥くワンショットで、カメラが少しだけズームアウトするのが効果的。素晴らしい感覚だった。

結局メルキアデスの妻と思われた女性は妻でないと言い放ち、ヒメネスという村はないと言われる。二人は彼の言葉に当てはまる場所に彼を埋める。

映画はここで終るが、心に残るのはピートの友情であり、その背景になった彼の心に巣食う孤独である。死体を抱えて荒地をうろうろする野趣に富んだブラックさが却ってその孤独を浮び上がらせるのである。<人間は孤独な生き物>という想念が基調となっている作品と言って良い。

配役陣はいずれも好調だが、終盤には憐憫を催させる若造バリー・ペッパーがジョーンズを食う好演。ジャニュアリー・ジョーンズ(マイクの妻)、メリッサ・レオ(ウェイトレス)の女優二人も印象深い。

この記事へのコメント

vivajiji
2007年05月19日 22:50
本作は公開前から「絶対にいい作品にちがいないわ!」
そんな匂いのした映画でしたの。^^
予感はド真ん中的中!
前半の時間軸イジクリさえなければ大満足でしたけれども。(^^;)

>その場面を二つの角度から二回も描くのはくどい。それ以外はよく書けた脚本である。

その通りですね。
特に本作は後半に進むにつれてホンの冴えを感じました。

>メリッサ・レオ(ウェイトレス)
彼女とジョーンズの間柄、オトナの男と女、
ドライな中にツヤと切なさもあって~、良かった~。^^
オカピー
2007年05月20日 01:28
viva jiji姐さん、毎度ありがとさんにござんす(笑)。

>時間軸イジクリ
これももう10年以上の流行となっていますね。この手法は観客の「そうか、解った!」というカタルシスを利用したもので、実力よりは過大評価されがちになると見透かしています(笑)。観客も実際の時間通りに進む作品に当たると「何だ、正攻法か。芸がない」と言ったりするのも考えものです。いつかは飽きられるでしょうがね。

>メリッサ・レオ
知らない女優ですが、男性の間にくさびを打つ役柄として大変良かった。山あり谷ありの体型も見事だったんじゃないですか(笑)。
優一郎
2007年05月20日 05:47
すいません。あちこちに書きまわっておりますが、私のコメントは適当にあしらってください^^;

これ、良かったです~!
プロフェッサーのご指摘はパーフェクトで、私が特に申し上げることもないわけですが・・・
絶壁の上の隘路を抜け、砂漠を横切る一連の自然描写に、トミー・リー・ジョーンズの確かな才能と映画愛を感じました。

友情の影に人の孤独が見えてくる・・・とのご指摘、まさしく!

TBさせていただきました。
当方の拙記事へのコメントは、お気になさりませぬよう^^
お時間は有効にお使いくださいませ。
viva jiji
2007年05月20日 22:00
お忙しいところ又おじゃまさせていただきま~す♪

時系列イジクリ手法。
>いつかは飽きられるでしょうがね。
私もそう思います。
でもまたナニカ別のイジクリを持ってくるでしょうけど。(笑)

映画の作り方の出来・不出来の鑑賞眼分野はプロの
プロフェッサーにおまかせするとして私はいわば
これからの映画の動向に関して、又、ずっと観続けてきた
映画ファンとして私自身、外堀的な懸念がゴマカシ切れない
とこまで来てますのでお話したいと思いまして。

結論から言いますね。
もうすでにそうだったのでしょうが

「人品」が変わってしまった、としか思えません。

長く生きてきた割にはかなり新しもの好きな私でも
最近の(ここ10年くらい前から)映画は首をヒネるか
肩を落とすものがとても多くなりました。
極端な描き方を、正当化しているかの映像の跋扈。
その上、子供じみた思考や反応を、大のオトナが
これみよがしに演ずる・・・・
世の中も完全にキナ臭くなっていますし、
正直、こわい・・・です。
オカピー
2007年05月21日 02:56
優一郎さん

今日はひとりぼっちだったので、早速返事ができました(笑)。
もう少し色々と処理出来ると思ったのですけど、いつもと余り変わらなかったなあ。

>トミー・リー・ジョーンズ
ハーバード英文学部卒は伊達じゃない、ってか。いやあ、なかなか大したものです。
最近は宇宙人やっていますからね、TVCMで(笑)。
オカピー
2007年05月21日 03:17
viva jijiさん

>イジクリ
時間軸であろうとCGであろうと、いじるのが必ずしも悪いわけではない、と別のところでも申しましたが、問題なのは、それが手段であることを忘れて半ば目的化すること。
CGに至っては明らかに目的になっています。これこれの場面を撮りたいが実写・実技ではどうしても無理だからCGにしようかという発想ではなく、CGで何か面白い場面を作れないかという発想です、昨今は。これがひどく気に入らない。
そんな考えで良いものが出来るわけがない。

時間軸のイジクリも基本的には同じです。本当に必要があってやっているのか、目くらましではないのか。私らはある意味素直ではありませんから「またややこしいことやってら」ですが、若い人は「すげえじゃん」かもです。
サスペンス映画への関心はどんでん返し一点になり、その手段として<インチキ>が定着してしまった。ヒッチコックが「映像で観客を騙してはいかんよ」と言ったのに。

現在の<何でもあり>状態は何にもないのに等しい。
映画に関しては殆ど暗闇ばかり。
世の中に関してはそれこそキナ臭さばかり。
ほんやら堂
2007年05月24日 22:17
オカピー様,TB&コメント有り難うございました(TBちゃんと入っておりましたよ!).
もう半年前に見た映画ですが,未だに印象は鮮明.国境の南の酒場で,ホンキートンクなピアノで流れた「別れの曲」がしみじみとして素敵でした.
オカピー
2007年05月25日 03:31
ほんやら堂さん、こんばんは。

>TB
おおっ、そうでしたか。それは良かった^^)v

>別れの曲
ジョーンズ氏が電話を掛ける時に流れていたんですよね?
結構忘れて居たりして(笑)・・・どうもすみません。
しかし、「別れの曲」は映画でよく使われますね。これをタイトルにした古い映画もありました。ショパンの伝記映画なので当然なのですが。
シュエット
2007年05月28日 20:16
P様、やっとTBできました。でも、この映画、私考えすぎなのかな。皆さんきちんと評してられる。わたし捉えきれてません。
オカピー
2007年05月29日 03:07
シュエットさん

いやあ、私も捉え切れていないです。
何とかまとめただけという感じ。大方間違っていないとは思いますが。
所謂ハリウッド映画と違って、大量の情報を与えず色々考える余地を残していますね。情報不足になると独善的な作品になりますが、そんなことはありませんし、なかなかバランスが取れた秀作です。
モカ
2019年11月03日 19:55
こんにちは。

誰彼なしには勧めにくい(特に女性には)ですけど、男気のある立派な映画だと思います。
TLジョーンズの監督作品の「The Homesman」は、日本では一般公開されませんでしたが、当地では上映されたので観ましたが、開拓時代を背景にした骨のある作品でした。

>スペイン語も解らない癖にメキシコのラジオを聞いている盲目の老人

  盲目の老人役、ザ・バンドのドラムとボーカルのレヴォン・  ヘルムです!
  あの THE WEIGHT を歌ってる人です。
 数年前に亡くなりましたが、最晩年の2作が素晴らしいです。
  咽頭癌になってからの映画出演なので随分痩せてますが、役  柄には合ってますね。
オカピー
2019年11月03日 23:09
モカさん、こんにちは。

>誰彼なしには勧めにくい
向うの俳優さんが作る作品は、下手な職業監督よりハードな作品が多く、観る人を選びますね。

>「The Homesman」は、・・・当地では上映された
確かに、Allcinemaでの資料では京都で上映されています!

>盲目の老人役、ザ・バンドのドラムとボーカルのレヴォン・ヘルムです!
そうでしたかいな(笑)。
結構映画出演も多かったんですね。

「ザ・ウェイト」好きですよ。この間もカーステレオ用に一枚のCDにザ・バンドのデビューアルバムと二枚目のアルバムを入れて(全曲は入らないので二曲ほどカット)聴いていました。
大学生の時にどちらのLPも買いましたが、渋すぎて良さが解り切りませんでしたが、50を過ぎてCDを買って聞いたら涙を禁じ得ませんでしたなあ。
ドキュメンタリー「ラスト・ワルツ」は観ないといけないと思いつつ未見。
モカ
2019年11月04日 18:10
こんにちは。

>大学生の時にどちらのLPも買いましたが、渋すぎて良さが解り切りませんでしたが、50を過ぎてCDを買って聞いたら涙を禁じ得ませんでしたなあ。
ドキュメンタリー「ラスト・ワルツ」は観ないといけないと思いつつ未見。

 確かに渋いですね。 渋すぎ。
 BIG PINK はジョージ・ハリスンがアメリカでレコードを大量に買って帰ってみんなに配ったというお話がありましたね。

 私は大学時代にザ・バンドにはまっていた時期がありまして、
 泥沼にはまり易く、いったんはまり込むとそればっかり聴いてしまう体質みたいです。
 

 「ラストワルツ」 
 私は好きじゃないのであんまりお勧めしたくありませんが、 ”機会があればどうぞ” とは思います。
 ロビーがやたらオーバーダビングしてます。
 

 「イージーライダー」 
 最近何十年ぶりにかで観たら、このい映画、ウェイトの流れる場面だけで良いわ、と思いました。 
 まるでウェイトのPVです。 
あっ、ステッペンウルフもそんな感じですね。 
その後、日本のTVでは、バイクの場面はとりあえず BORN TO BE WILDでいっとこか~の乗りですね。
オカピー
2019年11月04日 21:37
モカさん、こんにちは。

>BIG PINK はジョージ・ハリスンがアメリカでレコードを大量に買って
僕が買ったのは再発盤だったので、ライナーノーツにその逸話が書いてあったと思います。
 二十代の人たちが作り、歌っているとは思えない歌ですよねえ。

>ウェイトの流れる場面
どんな場面でしたっけ? 四回くらい観ていますが、忘れました。

>ステッペンウルフもそんな感じですね。
「イージー・ライダー」はBorn to Be Wildがあって印象深くなったし、ステッペンウルフもこの映画のおかげで名前が残ったと思いますね。
 そう、バイクの場面ではまずこの曲がかかる。マジックにおけるポール・モーリア「オリーヴの首飾り」のようなもの。

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