映画評「父親たちの星条旗」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2006年アメリカ映画 監督クリント・イーストウッド
ネタバレあり
クリント・イーストウッドのここ数作のテーマは【真実は見た目とは違う】ということになろう。本作などは正にそのもので、太平戦争末期の1945年に硫黄島で撮られた一枚の写真が引き起こすドラマを描いた実話である。
太平洋戦争末期、日本が最後の砦としていた硫黄島にアメリカ軍が上陸、日本軍が死守していた摺鉢山を奪い取り、星条旗を立てる。が、その星条旗は記念に欲しいという政治家の為に下ろされ、別の旗が6人の手により立てられる。
この二つ目の旗を立てた6人のうち、生き残った3人即ち、衛生兵ジョン・ブラッドリー(ライアン・フィリップ)、伝令レイニー(ジェシー・ブラッドフォード)、ピマ族のアイラ(アダム・ビーチ)が英雄として戦時国債キャンペーンに駆り出されて全国行脚するうちに、旗を揚げた以外に何もしていない虚像故に悩みを深めていく。アイラはそれにインディアン故の差別が加わり、戦後アル中で死んでしまう。
彼らは虚像の英雄であり、それはそのまま硫黄島に攻め込んだ大軍が国民の国債により辛うじて成り立っているという米国の虚勢に通ずる。我々日本人は長い間「アメリカには全く歯が立たない」と思っていたのに実は破産寸前で日本と大差がなかったのだ、と初めて思い知るに至った。
その意味で【真実】が解る大変興味深いお話だが、その興味とは別次元のレベルで、三人が英雄という立場に苦悩を深めて行く様がじっくりとシニカルな視点により描き出され(回想形式)、ドラマとして深い印象を残す。
原作はジョンの息子ジェームズ・ブラッドリーとロン・パワーズの共著。
並行描写が好きなポール・ハギスとウィリアム・ブロイレス・ジュニアの脚本には難点もある。三人が真の英雄と称えるマイク(バリー・ペッパー)やイギー(ジェイミー・ベル)の描写が足りずにピンと来ない部分があるのである。時系列の交差に夢中になりすぎたわけでもあるまいが。
戦場は彩度を下げたモノクロに近い色彩で描かれ、CGの助けを得た凄惨な戦闘描写とライティングのおかげで強烈な印象を残している。イーストウッドとしては当時の真の姿を浮き彫りにするという狙いを持って作ったはずで、正統派の反戦映画ではないかもしれないが、厭戦気分に満ちている。その背後で揺曳しているのはイラク戦争の影である。日本側の「硫黄島からの手紙」と併せて観ることで初めて本作の真価は掴めるだろう。
因みに、「硫黄島の英雄」(1961年)というアイラを主人公にした同工異曲作がある。なかなかの佳作だったらしいが、残念ながら僕は観ていない。
2006年アメリカ映画 監督クリント・イーストウッド
ネタバレあり
クリント・イーストウッドのここ数作のテーマは【真実は見た目とは違う】ということになろう。本作などは正にそのもので、太平戦争末期の1945年に硫黄島で撮られた一枚の写真が引き起こすドラマを描いた実話である。
太平洋戦争末期、日本が最後の砦としていた硫黄島にアメリカ軍が上陸、日本軍が死守していた摺鉢山を奪い取り、星条旗を立てる。が、その星条旗は記念に欲しいという政治家の為に下ろされ、別の旗が6人の手により立てられる。
この二つ目の旗を立てた6人のうち、生き残った3人即ち、衛生兵ジョン・ブラッドリー(ライアン・フィリップ)、伝令レイニー(ジェシー・ブラッドフォード)、ピマ族のアイラ(アダム・ビーチ)が英雄として戦時国債キャンペーンに駆り出されて全国行脚するうちに、旗を揚げた以外に何もしていない虚像故に悩みを深めていく。アイラはそれにインディアン故の差別が加わり、戦後アル中で死んでしまう。
彼らは虚像の英雄であり、それはそのまま硫黄島に攻め込んだ大軍が国民の国債により辛うじて成り立っているという米国の虚勢に通ずる。我々日本人は長い間「アメリカには全く歯が立たない」と思っていたのに実は破産寸前で日本と大差がなかったのだ、と初めて思い知るに至った。
その意味で【真実】が解る大変興味深いお話だが、その興味とは別次元のレベルで、三人が英雄という立場に苦悩を深めて行く様がじっくりとシニカルな視点により描き出され(回想形式)、ドラマとして深い印象を残す。
原作はジョンの息子ジェームズ・ブラッドリーとロン・パワーズの共著。
並行描写が好きなポール・ハギスとウィリアム・ブロイレス・ジュニアの脚本には難点もある。三人が真の英雄と称えるマイク(バリー・ペッパー)やイギー(ジェイミー・ベル)の描写が足りずにピンと来ない部分があるのである。時系列の交差に夢中になりすぎたわけでもあるまいが。
戦場は彩度を下げたモノクロに近い色彩で描かれ、CGの助けを得た凄惨な戦闘描写とライティングのおかげで強烈な印象を残している。イーストウッドとしては当時の真の姿を浮き彫りにするという狙いを持って作ったはずで、正統派の反戦映画ではないかもしれないが、厭戦気分に満ちている。その背後で揺曳しているのはイラク戦争の影である。日本側の「硫黄島からの手紙」と併せて観ることで初めて本作の真価は掴めるだろう。
因みに、「硫黄島の英雄」(1961年)というアイラを主人公にした同工異曲作がある。なかなかの佳作だったらしいが、残念ながら僕は観ていない。


この記事へのコメント
堂々たる映画的風格ある余韻にどっぷり浸れたましたもの。
イーストウッド監督に大感謝です!
プロフェッサーも「星条旗」のほうが高評価ですのね。
もちろん甲乙の差は僅少でしょうが、地域限定の「硫黄島」は
かつてどこかで観たような内容の感がよぎりまして・・・。
特に台詞、言葉が気にかかる私としては、プロフェッサーも
言及なさっている「平成弁の兵士」(?^^)は困りもの
でした。
重量級ですものね。
死体の扱いはリアリズムを忘れて、もう少し抑え目の表現が良いと思いましたね。そうでなくても敬遠されがちな戦争映画が女性に敬遠される。
>評価
そうですね。僅かですね。観終わった後に具体的な感想が出やすかった「星条旗」を★一つ分上にしましたが、そこまでの差はないです。
私は、最近の若い人が使う【棒読み】は余り気にしないです。多くの場合【棒読み】と指摘されている口跡は【棒読み】ではないから。
しかし、あの言い方はなっちゃあいません。時代劇ファンタジー「魔界転生」の長塚京三の現代風口跡にも参りましたが、「ローレライ」と並んで本作の若手俳優、特に二宮君とやら何の工夫も無かった。監督が外国人なのでその辺の差は解らないでしょうが、「ローレライ」は日本人が監督だから何とかしてほしかったなあ。しかも兵士が長髪ですからね、漫画にもなりません。
日本人でありながらアメリカナイズされた日本人。
アメリカ人も違和感なく観ることができたのではないでしょうか?
コメント有り難うございました.
クリント・イーストウッドの映画でいつも気になる音楽ですが,この映画でも哀愁を帯びた音楽が印象的でした.
2部作の中では「硫黄島の手紙」の音楽の方が主題がはっきりしていたように感じました.
そういう見方もありますかあ。
しかし、現実をベースにリアリズム基調に作られた映画だけに、やはりある程度はその時代の気分を重視すべきではないかと思いましたが。
1945年の話ですから、現代人を代表すると言われても私はちょっと困ってしまいます~。^^;
あの中将に関して言えば、ああいう日本軍人も居たのか、という新発見的な感想をアメリカ人は抱いたと思います。最近でも、「日本人は~」「韓国人は~」などと言われますが、実際には個人差の方が大きく、非常につまらん偏見や差別で人が死んだりすることもある、という映画と理解しました。
少しも「星条旗」の話が出来ませんでしたね。^^;
私はDVDで観たので、音楽はそれほど印象に残らなかったです。すみません。やはり映画館のどでかい音量ですと、音楽の印象も変わりますよね。うーん、反省です。
彼は自分で音楽も担当していますよね。多彩な人です。うーん、感心です(笑)。
あいや!さるまたしっけい!(笑)
音楽の話が出ましたね。
音楽を担当したのはクリント・イーストウッドの息子さんだそうです。
それから冒頭では東京ローズのラジオを聞き、祖国を思うアメリカ兵の姿がみられますね。
東京ローズも実体のない「声」として最初に登場します。
「アイコン」としてのヒーロー、国家と個人を描いた作品として、
後になってくると「硫黄島」よりも星条旗のほうが考えさせられました。
「硫黄島」はどうしても日本人、日本語の映画として観てしまう・・・
それだってやはり先入観入ってますからね。
物悲しい音楽が前編に流れて統一感を出してたと思いました。
>さるまたしっけい
流行していますね(笑)。私も使ってしまった。
>音楽
おお、そうでしたか。情報有難うございます。
>国家と個人
結局どちらの作品もそこに行き着きますよね。
「硫黄島」を評価する日本人は「日本人だから」で、評価を下げてしまうのもやはり「日本人だから」。大変面白い現象だと思います。
>統一感
いや、良い言葉です。私は文学、演劇、映画は統一感だと思っているんです。これを欠いた映画は余り高く評価しないことが多いですね。
<音楽
イーストウッドが匿名で作曲してたんだと思ってました。息子さんが作曲していたんですかー!
日本で、所謂「羅生門」状態を形成していると言って良いんでしょうね。
同じように見えてもやはり違う。
>「硫黄島の砂」
昔観たので、今回はパス。
>音楽
しゅべる&こぼるさんの情報では、東林ジュニアらしいです。
僕も全く知りませんでした。