映画評「激動の昭和史 沖縄決戦」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1971年日本映画 監督・岡本喜八
ネタバレあり

自ら監督もしながら250本近い脚本を書いている新藤兼人は恐るべき多作家だが、その中でも本作は一番の大作ではないかと思う。彼の馬力も凄いが、映像化した岡本喜八の馬力も大したものである。ドキュメンタリーみたいなタイトルだが、れっきとした戦争巨編。

サイパン島が陥落して既に結果が見え始めた昭和19(1944)年七月、沖縄県人口の半分近い20万の精鋭が本島に送り込まれるのと並行して、沖縄三十二軍の司令官が温厚な牛島中将(小林桂樹)に代わり、侍のような豪傑肌の長少将(丹波哲郎)と管理型の八原大佐(仲代達矢)が側近として付く。

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映画は、本土決戦に備える大本営の協力を得られないまま苦境に陥っていく三人の姿を中心に、他部隊の奮戦ぶり、臨時看護婦として健気に働くひめゆり部隊などの民間人の苦闘を並行して描き出す。
 20万もの兵隊を見れば沖縄県民としても強気になっただろうが、足並みが揃っていないので張り子の虎みたいなものではなかったかと映画からは理解できる。

無辜の県民たちが悲劇に向って歩みを進めている中、母を失った幼女が爆撃で荒れた町や荒地を歩く場面が挿入される。拾った手榴弾を「つまらない」とばかりに捨てるなどして、幼女は死をもはねつける妖精のように天真爛漫に戦場を歩き続ける。そんな幼女が大変印象的なのだが、映画は終盤突然ピンチヒッターに別の幼女を起用する。僕としては最初の幼女に統一したほうが作品として美しかったように思う。

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アクション場面は東宝特撮陣の奮闘で迫力あり、CGの虚勢に飽き飽きした目を刺激してくれるのは大いに結構。

しかし、軍隊での経験を持つ新藤兼人としては沖縄戦の全貌を描こうと、あらゆる要素を盛り込んだので、収拾しきれなかったという印象になっているのは勿体ない。
 ただ行間からは次のようなメッセージが読み取れる。
 無謀な戦争の、最終段階の、斥候的役目として甚大な犠牲を国民(沖縄県民)に強いたのが沖縄戦である。また、15万人も死んだと言われる沖縄県民のうち少なからぬ数が手榴弾若しくは青酸カリによる自殺であり、その責任は日本国にある、と。

今年日本の教科書から「沖縄県民の自殺には軍の強制があった」と積極的に表現する文章は尽く削除された。明確に言えない部分はあるものの、そう証言する生存者が多い以上、今削除するのは早すぎる。県民に対する侮辱と思う。国家が県民をそういう心情に持っていったのは否定しようのない事実である。

この記事へのコメント

オカピー
2007年08月21日 20:08
ええと、最近日本の戦争ものばかり続いて恐縮しております。
受動的な鑑賞方式を取っていて、観ていないものを中心に選んだら、こんなことになってしまいました。

戦争ものは本日がとりあえず最後です。
実は邦画はまだ続きます。洋画ファンの皆様、今暫くお待ちください。ぺコリ。
2007年08月28日 07:25
TB&コメント有難うございます。
島民側の悲惨な体験、日本軍側の悲惨な状態、双方の立場をちゃんと思い遣っているのはいいのですが、盛り込み過ぎで「あらゆる要素を盛り込んだので、収拾しきれなかったという印象」というのは私も感じました。かといって島民側の悲惨な体験を元に描かれた「あゝひめゆりの塔」では語り切ってないし…。
今回、私もNHKBSの戦争シリーズを立続けに観たので、戦争についていろいろ考えさせられました。楽しい作品とは言えないけど、ちゃんと観て、語り続ける必要を感じます。
オカピー
2007年08月29日 03:42
ぶーすかさん、こちらこそ有難うございます。

評の冒頭で、「ドキュメンタリーみたいなタイトル」と述べましたが、実際そういう情報提供映画のような性格がある作品でしたね。もう少し取捨選択も必要だったと思いますが、新藤兼人も相当力が入っていたのでしょう。

いかなる戦争であろうと、多かれ少なかれ、国民に犠牲を強いるわけですから、そうならないように為政者には頑張ってほしいものです。
2007年08月30日 06:05
その後、お加減はいかがでしょうか?
忙しさに紛れ、なかなかコメントできませんでした。
岡本喜八ファンとしては当然「日本のいちばん長い日」にコメントを寄せるべきでしょうが、あちらは非の打ち所が無い名作ゆえ、初見だったこちらにコメントを。

東宝としては岡本で「長い日」をもう一丁! って腹づもりだったのでしょう。ところが、新藤兼人の脚本はご指摘の通りにエピソードを盛りこみすぎ。いくらか冗長、散漫なのは否めませんよね。
ただし、新藤の味方をすれば、これは作家の良心とも言うべきもの。資料を集め調べれば調べるほどに、どのエピソードも蔑ろにできないと思い、できるだけ組み込もうとする。真の沖縄戦を描きたいとの気概は痛いほど理解できるのです。
大本営に見捨てられた戦況はもとより、対馬丸、ひめゆり部隊、集団自決の惨状などは削れぬところ。また、ヒューマンな兵隊がいる一方で、壕を出ろと威張り散らす輩もいる。そうした陰影のバランスを描くことで、より物語が迫真性を帯びるわけで、映画の出来栄えは別として、史実に近づこうとする試みは評価したいですよね。
2007年08月30日 06:07
(続きです)

それに引き替え、今回の沖縄戦に関する教科書改ざん問題は、まったくもって言語道断。
実際に生き証人たちがいて、また遺族たちもたくさんいる。一体、現代において、旧日本軍の蛮行を歴史教科書に残すと、誰にとって都合が悪いというのでしょうか。強い憤りを覚えずにはいられません。この時期のNHKの放送は、いかにもNHKらしいタイムリーな狙いなのでしょうね。

「長い日」に比べれば、出演陣はかなり弱体化しておりますが、それでも小林桂樹や池部良といった戦闘体験者がキャストに組み込まれ、特に岸田森が演じるニヒリスティックな軍医には味がございました。
米兵があまり出て来ないのは・・・おそらく人が集められなかった事情によるものでしょう。とはいえ戦闘シーンの迫力はなかなかのもの。ゴーグルをかけて勇ましく現場で指揮をとる喜八っあんの姿が目に浮かぶのでした。
オカピー
2007年08月30日 21:41
優一郎さん、こちらではお久しぶりです~。

>真の沖縄戦を描きたいとの気概
私も全く同意です。
映画というのは全て計算通りに作られれば良いというわけではなく、散漫や冗長を恐れずに作ることが必要になる作品もありますね。
スパイではないかと撃たれた老人の包みを開いてみると、天皇陛下の額入り写真。しかも銃弾により割れてしまっている。厳密には無駄と思われるこういうエピソードが深く心に残ったりします。

>教科書
政府や文科省の右傾化にも困ったものです。
右でも左でも結構、しかし、国家は国民を守るという最低限の原則は守って貰いたい。国民を守るなら戦争などしていいわけがありません。
自虐史観も「正しい歴史」も国民には関係ないと思いますね。くだらないプライドの為に子孫を戦争に巻き込まないでほしいものです。
蟷螂の斧
2019年09月17日 19:23
昨日、見ました。そして見た後に調べました。
八原大佐は捕虜となる。その後復員。そして昭和56年まで生きた。

>全部は拾わず、勿体ないなあと思っています。

僕の知人で、そう言う人が結構います。畑で育てた野菜も同じ。

>このB面は聴かないわ(笑)

僕もLPでは聞いた事はありません。そしてDVDで初めて・・・。

>昭和20年母親は東京の奉公先で空襲に遭っていますが

助かって良かったです。
オカピー
2019年09月17日 22:32
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>八原大佐は捕虜となる。その後復員。そして昭和56年まで生きた。
沖縄戦の関係者は名前も明かすことができずにいたようで、その中では珍しくその後が解っている人ですね。
同時に、沖縄の人々は未だに差別されているように思います。

>僕の知人で、そう言う人が結構います。畑で育てた野菜も同じ。
痛感します。

ところで、巴旦杏(この辺では“ぼたんきょう”と言います)が毎年大量の花を咲かすのですが、単独では自家受粉できない為に殆ど実がならない。やはり親が生きていないとダメです。

>助かって良かったです。
おかげで僕がここにいます。
近くで亡くなった人もいたわけで、僅かの差で生死という大きな差が出ると思うと複雑な心境に陥りますし、戦争は二度とやってはいかんですね。
蟷螂の斧
2019年09月21日 20:18
こんばんは。
この映画は岸田森さんの演技も光っています。
毎日運ばれる傷病兵の手脚を切断する陸軍第二外科の目軍医大尉の役。

>沖縄戦の関係者は名前も明かすことができずにいたようで

明かせないでしょうね・・・。

>単独では自家受粉できない為に殆ど実がならない

アインシュタインが言ってた事。ミツバチが滅亡したら人間も滅亡する。

>僅かの差で生死という大きな差が出る

特攻隊で生き残った人。役者で言えば西村晃さん。
オカピー
2019年09月22日 18:03
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>岸田森さん
面白い役者と思い、70年代半ばにやっと名前を憶えたと思ったら、すぐに亡くなってしまいました。40くらいですから夭逝。

>ミツバチが滅亡したら人間も滅亡する。
こういう発想が政治家にはない。
だから、毛沢東は失敗しました。スズメが稲を食う害鳥だからと言って皆殺しにした結果、イナゴの大量発生によりコメが取れなくなり、数千万人の餓死者を出したと言われていますよね。

>特攻隊で生き残った人。役者で言えば西村晃さん。
こういう人達が反戦を唱えることは意義のあることです。

しかし、反戦と言っただけで、反日と捉えるムキも暫く前からあり、全く愚かしいことですね。共産党が嫌いな連中が、共産党が反戦を唱えているので、一緒くたにしてそう言うのでしょうが。
 一部保守層は日本の政府が戦争をやりたいとでも思っているのでしょうかねえ。愚かにも程がある。
蟷螂の斧
2019年09月23日 18:49
オカピー教授。こんばんは。

>40くらいですから夭逝。

岸田森さん。山口百恵さん主演映画の中では僕が一番好きな映画「ホワイトラブ」。
岸田さんはアル中っぽいスチール・カメラマンを演じていました。彼に厳しい事を言うのが赤座美代子さん。笑える場面です。

>毛沢東は失敗しました。

そんな事があったんですね!初めて知りました(と言うか、僕の勉強不足)。ありがとうございます。

>こういう人達が反戦を唱えることは意義のあることです。

どうしても「グリーン・ベレー」のジョン・ウェインを思い出します。

>一部保守層は日本の政府が戦争をやりたいとでも思っているのでしょうかねえ。

僕の友人(工場を経営)がいつも言ってる事。「戦争ばかりしているアメリカが常に好景気か?違うだろ!」
オカピー
2019年09月23日 22:15
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>山口百恵さん主演映画の中では僕が一番好きな映画「ホワイトラブ」
彼女の主演映画は全て観ていると思いますが、IMDbに投票した形跡がないですねえ。ないからと言って観ていないとは限らないのですが。
 僕が好きなのは、市川崑ちゃんが監督した「古都」ですかねえ。川端康成の小説の二回目の映画化で、原作がしっかりしているので良い出来でした。

>「グリーン・ベレー」のジョン・ウェイン
これは大昔に観たきりです。
昨今こういうストレートな戦争映画は少ないですね。

>「戦争ばかりしているアメリカが常に好景気か?違うだろ!」
若い時は“アメリカは世界の警察を気取っている”という理解をしていましたが、実際には自国の経済の為にやった戦争が殆どかもしれませんね。
 その意味では友人の奥さんの【帝国主義】という表現は正しかったのかもしれません(僕は【世界の警察】論を持ち出して反論したのですが)。
蟷螂の斧
2019年09月27日 05:13
おはようございます。

>「古都」

文句なしの傑作です!市川監督に川端氏の原作。非の打ち所がないでしょう。

>昨今こういうストレートな戦争映画は少ないですね。

東に太陽が沈む映画も他にはないでしょう(笑)。

>自国の経済の為にやった戦争が殆ど

イラクにもあれこれ因縁をつけました。

>「沖縄県民の自殺には軍の強制があった」

これを削除しては駄目です!

>新藤兼人

広島名誉県民・市民ですね。
オカピー
2019年09月27日 23:39
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>東に太陽が沈む映画も他にはないでしょう(笑)。
ベトナムの海に陽が沈むことはないわけですね。

>イラクにもあれこれ因縁をつけました。
CIAのちょんぼというのが通説となっていますが、兵器製造企業云々という説も当時からありました。
ベトナム戦争もそうした疑惑が否定できない様です。

>新藤兼人・・・広島名誉県民・市民ですね。
その価値は十二分にありました名脚本家・名監督でしたねえ。100歳で亡くなるまで現役だったのが凄い!
蟷螂の斧
2019年09月29日 13:58
オカピー教授。こんにちは。こちらの気温は31度です。
地球の肺、アマゾンの密林が大火災。ますます温暖化が進む事でしょう。

>100歳で亡くなるまで現役だったのが凄い!

いい人生です。でも、戦時中は大変でした。
「32歳で日本海軍に召集され二等水兵として呉鎮守府海兵団に入団。年下の上等水兵の若者に扱き使われ、彼らの身の周りの世話をする。」
その経験が映画監督として生かされましたか?

>ベトナム戦争もそうした疑惑が否定できない様です。

何の為にあれだけたくさんの人達が亡くなったのか?若いアメリカ兵たちも含めて。
オカピー
2019年09月29日 23:23
蟷螂の斧さん、こんにちは。

>アマゾンの密林が大火災
ブラジル(大統領)も強がらずに西欧の援助を素直に受ければ良いのに。トランプ型政治の弊害ですね。
オーストラリアでも火災があったような?

>ますます温暖化が進む事でしょう。
今日村の草刈りがあり、最近よく話をする英国出身の教師と環境問題を話したところ、彼は地球自体が温暖化しているのであって人間の経済活動は関係ないと言っていました。
 僕は、人間とは関係ない理由での温暖化も否定できないと思いつつ、地球全体の気候変動はスパンが長すぎてそれが正しいかどうか判断材料がなく、産業革命以降の急激な温度上昇が人間のものとする意見ほど確信を持てないですね。
 面倒くさいので核心的な意見は言わなかったですが。

>その経験が映画監督として生かされましたか?
人間観の表現・人間性描出において、生かされたと思いますよ。勉強・研究不足で、具体的に述べられませんし、脚本作品のほうが明瞭に出ていると思いますが。

>何の為にあれだけたくさんの人達が亡くなったのか?
防衛であっても本当は戦争はいけないのですがねえ。
反戦=反日を唱える人は「国が国民を守る」と言いますが、これからの戦争はともかく昔の戦争では「国民が国が守った」ではないですか。彼らはこの矛盾をどう説明する?

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