映画評「弓」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2005年韓国映画 監督キム・ギドク
ネタバレあり
「春夏秋冬そして春」を観てからまだ2年、4作の付き合いしかないがキム・ギドクはご贔屓監督である。僕にとっての5作目は監督通算第12作。
10年前に連れてきた少女ハン・ヨルムと漁船で暮らす老人チョン・ソンファンは少女の17歳の誕生日に結婚するのを楽しみに、太公望連中に船を開放する商売で生計を立てている。
客が少女に手を出そうとすれば得意の弓矢を放って脅し、合間には楽器に改造した弓を奏で、客に頼まれればブランコで揺れる少女をめがけて射る弓矢占いもする。
ここまでが環境説明であるが、やがて釣り客の若者ソ・ジソクが少女にウォークマンを与えたのに嫉妬すると、少女が初めて反発し嫌悪を示す。言わば、小波すらなかった池に小石が投げられたのである。いや、風雲急を告げると言うべきか。
青年が行方を捜している両親に送り届けるべく連れ出そうとするのを命を賭けて留めようとした老人にほだされて少女は結婚の儀式を受ける。老人は眠っている少女の股間に向けて矢を放つ格好をした後空に放ち、海に身を投げる。やがて少女は眼に見えぬものに身悶え、破瓜する。破瓜したのは矢であるのは言うまでもない。
老人と外と隔離されて海に暮らす少女という設定は人間をモルモット扱いにする極めて純文学的なものと言えるが、ギドクは起承転結の結の部分で一気に神話の寓意的世界へ観客を連れていく。老人の死を通俗的とする批評は、神話ではなく人間ドラマとして解釈しすぎている。老人が入水したのは少女と自分の結合を永遠にする為の手段であり、人間的な理由ではないはずである。通俗すぎるのではなく神話的すぎるのだ。
ギドク作品の一貫したテーマは【裸の人間を描くこと】であり、その基調は【社会と個の絡み】と勝手に思っているが、なかんずく本作では10年間も外部と隔離されている少女という設定だけに正に彼の本道を行く。しかし、「サマリア」ではその基調がテーマと噛み合ったのに対し、本作では神話的結末故に人間の裸の姿が余り見えてこない。映像感覚は相変わらず優秀で野趣に溢れた魅力的なショットが多いものの、前回観た「うつせみ」同様やや物足りない所以である。とりあえず、少女に愛情を捧げる純粋な部分と欲望に負けてしまう可笑しくも醜い部分が絡み合う老人の様子は良く理解できるが。
台詞が極端に少ないのはギドクの特徴だが、「悪い男」と違って台詞を省いた展開上の効果はなさそうで、寧ろ説明過多の映画界、或いは観客への挑戦と思えてくる。
配役陣では、老人を演じたチョン・ソンファンが風貌的に三船敏郎と山崎努を足して2で割ったような印象がある一方で、精神が緊張すると仲代達矢にも見える瞬間もあり、大変面白い。少女のハン・ヨルムも日本の若手女優のあれやこれやに重なるが、彼女の様に無垢な魔性を出せそうにはない。
2005年韓国映画 監督キム・ギドク
ネタバレあり
「春夏秋冬そして春」を観てからまだ2年、4作の付き合いしかないがキム・ギドクはご贔屓監督である。僕にとっての5作目は監督通算第12作。
10年前に連れてきた少女ハン・ヨルムと漁船で暮らす老人チョン・ソンファンは少女の17歳の誕生日に結婚するのを楽しみに、太公望連中に船を開放する商売で生計を立てている。
客が少女に手を出そうとすれば得意の弓矢を放って脅し、合間には楽器に改造した弓を奏で、客に頼まれればブランコで揺れる少女をめがけて射る弓矢占いもする。
ここまでが環境説明であるが、やがて釣り客の若者ソ・ジソクが少女にウォークマンを与えたのに嫉妬すると、少女が初めて反発し嫌悪を示す。言わば、小波すらなかった池に小石が投げられたのである。いや、風雲急を告げると言うべきか。
青年が行方を捜している両親に送り届けるべく連れ出そうとするのを命を賭けて留めようとした老人にほだされて少女は結婚の儀式を受ける。老人は眠っている少女の股間に向けて矢を放つ格好をした後空に放ち、海に身を投げる。やがて少女は眼に見えぬものに身悶え、破瓜する。破瓜したのは矢であるのは言うまでもない。
老人と外と隔離されて海に暮らす少女という設定は人間をモルモット扱いにする極めて純文学的なものと言えるが、ギドクは起承転結の結の部分で一気に神話の寓意的世界へ観客を連れていく。老人の死を通俗的とする批評は、神話ではなく人間ドラマとして解釈しすぎている。老人が入水したのは少女と自分の結合を永遠にする為の手段であり、人間的な理由ではないはずである。通俗すぎるのではなく神話的すぎるのだ。
ギドク作品の一貫したテーマは【裸の人間を描くこと】であり、その基調は【社会と個の絡み】と勝手に思っているが、なかんずく本作では10年間も外部と隔離されている少女という設定だけに正に彼の本道を行く。しかし、「サマリア」ではその基調がテーマと噛み合ったのに対し、本作では神話的結末故に人間の裸の姿が余り見えてこない。映像感覚は相変わらず優秀で野趣に溢れた魅力的なショットが多いものの、前回観た「うつせみ」同様やや物足りない所以である。とりあえず、少女に愛情を捧げる純粋な部分と欲望に負けてしまう可笑しくも醜い部分が絡み合う老人の様子は良く理解できるが。
台詞が極端に少ないのはギドクの特徴だが、「悪い男」と違って台詞を省いた展開上の効果はなさそうで、寧ろ説明過多の映画界、或いは観客への挑戦と思えてくる。
配役陣では、老人を演じたチョン・ソンファンが風貌的に三船敏郎と山崎努を足して2で割ったような印象がある一方で、精神が緊張すると仲代達矢にも見える瞬間もあり、大変面白い。少女のハン・ヨルムも日本の若手女優のあれやこれやに重なるが、彼女の様に無垢な魔性を出せそうにはない。
この記事へのコメント
>老人を演じたチョン・ソンファンが風貌的に三船敏郎と山崎努を足して2で割ったような印象がある一方で、精神が緊張すると仲代達矢にも見える瞬間もあり、大変面白い。
僕も、この老役者、好きですねェ。胡を演奏しているシーンはとても崇高でしたし、カレンダーを破るシーンなんかは、可愛げがありましたね。
崇高な人間かと思っていたら、煩悩に負けて日付をスキップしてしまうところが面白かったですね。これをやって自然に見えるのは日本人では山崎努でしょうね。