映画評「武士の一分」
☆☆☆☆(8点/10点満点中)
2006年日本映画 監督・山田洋次
ネタバレあり
松竹史上最大のヒットをしたと言うのだから解説をするまでもないだろうが、キムタクこと木村拓哉の人気の凄さを思い知らされる。普段TVしか見ない女性たちを呼び込んだのであろう。純粋な映画ファンにしてみれば、山田洋次が藤沢周平の時代小説に取り組んだ3作目という興味の方が先になる。
ただ、かく言う僕もキムタクが時代劇においてどんな演技をするのか気になりすぎて、淀みのない山田演出を堪能する余裕がなかったと認めざるを得ない。TVドラマは観ないので、役者としてのキムタクを観るのは初めてかと思ったら「2046」で観ておりました。
原作は「盲目剣谺返し」。舞台は例によって、架空の庄内海坂藩。
藩主の毒見役を務める下級藩士・三村新之丞(木村)が妻・加世(檀れい)と慎ましくも幸せに暮らしている或る日、貝の毒にあたって昏睡した挙句に失明する。お家断絶も懸念される中で俸禄を維持されるという吉報が届くが、その特別な計らいが妻が上士・島田(坂東三津五郎)に体を預けることで与えれたものと知り加世を離縁、その後その計らいが藩主自身の考えと聞かされ、ただ妻の体を弄んだ島田に果し合いを突き付ける。
前半が地味というのは誰の目にも明らかだが、見るべきところがないどころか、室内における三角図法的な構図は実に鮮やかでこれを観るだけでも十分楽しめる。登場人物のちょっとした仕草や佇まいの味わいの良さも無視できない。
前2作には見られなかった諧謔的なムードに新味があり、中盤における三村家の中間(ちゅうげん)・徳平 (笹野高史) の密偵ぶりが楽しい。
前半に限らないが、僕が気に入ったのは自然音の録音で、虫の声やカラスやトビといった鳥の声が実に綺麗に録られ画面サイズに沿って使われている。
お話の華美ささえ求めねば、充実した前半と言うべし。
山田洋次が時代ものに見出す興味は、恐らく、現在の会社員や公務員に通ずる武士の人生観である。社会とのしがらみの軽重は著しく異なる。しかし、組織の歯車となって働くことに侘しさを感じ、家族への思いが仕事に留まる理由になる辺りはそれほど違うものではない。
一方、封建社会では仕事を失うことは即お家断絶に繋がりかねない緊急事態、不祥事を起こした武士は家の存続の為にも切腹する必要が出て来る。本作で切腹が繰り返されるのはそれ故である。
但し、主人公の脳裏に切腹という二文字がよぎるのは家の為ではなく寧ろ侍ならではのプライド即ち武士の一分。妻を糾弾するもその思いを理解できないのではない。そして、内に秘められた相克と外に現れた人間関係の葛藤のうちに仄かに滲み出る愛情の機微に我々は感動を誘われることになる。
追い出された女性が盲人となった主人の前に使用人に身をやつしてこっそり戻ってくるという趣向は別の作品でも見たので、徳平の言葉で「ははあ加世が帰ってくるのだな」と予想がつく。が、序盤からさりげなく映し出されていた夫婦の関係を象徴する文鳥の扱いの巧さは山田監督の真骨頂であろう。
気になっていた木村氏の演技は無難。妻役の檀れいは宝塚出身で映画デビュー作ということだが、上出来と言うべし。宝塚の男役出身の女優は台詞回しが硬くて好きになれないが、娘役出身にはそういう不都合がなくて結構でござる。
笹野高史は飄逸な風情で絶品。特徴的な喋りを封印した桃井かおりにも感心した。
相手を倒すには一分も掛からなかったね。
2006年日本映画 監督・山田洋次
ネタバレあり
松竹史上最大のヒットをしたと言うのだから解説をするまでもないだろうが、キムタクこと木村拓哉の人気の凄さを思い知らされる。普段TVしか見ない女性たちを呼び込んだのであろう。純粋な映画ファンにしてみれば、山田洋次が藤沢周平の時代小説に取り組んだ3作目という興味の方が先になる。
ただ、かく言う僕もキムタクが時代劇においてどんな演技をするのか気になりすぎて、淀みのない山田演出を堪能する余裕がなかったと認めざるを得ない。TVドラマは観ないので、役者としてのキムタクを観るのは初めてかと思ったら「2046」で観ておりました。
原作は「盲目剣谺返し」。舞台は例によって、架空の庄内海坂藩。
藩主の毒見役を務める下級藩士・三村新之丞(木村)が妻・加世(檀れい)と慎ましくも幸せに暮らしている或る日、貝の毒にあたって昏睡した挙句に失明する。お家断絶も懸念される中で俸禄を維持されるという吉報が届くが、その特別な計らいが妻が上士・島田(坂東三津五郎)に体を預けることで与えれたものと知り加世を離縁、その後その計らいが藩主自身の考えと聞かされ、ただ妻の体を弄んだ島田に果し合いを突き付ける。
前半が地味というのは誰の目にも明らかだが、見るべきところがないどころか、室内における三角図法的な構図は実に鮮やかでこれを観るだけでも十分楽しめる。登場人物のちょっとした仕草や佇まいの味わいの良さも無視できない。
前2作には見られなかった諧謔的なムードに新味があり、中盤における三村家の中間(ちゅうげん)・徳平 (笹野高史) の密偵ぶりが楽しい。
前半に限らないが、僕が気に入ったのは自然音の録音で、虫の声やカラスやトビといった鳥の声が実に綺麗に録られ画面サイズに沿って使われている。
お話の華美ささえ求めねば、充実した前半と言うべし。
山田洋次が時代ものに見出す興味は、恐らく、現在の会社員や公務員に通ずる武士の人生観である。社会とのしがらみの軽重は著しく異なる。しかし、組織の歯車となって働くことに侘しさを感じ、家族への思いが仕事に留まる理由になる辺りはそれほど違うものではない。
一方、封建社会では仕事を失うことは即お家断絶に繋がりかねない緊急事態、不祥事を起こした武士は家の存続の為にも切腹する必要が出て来る。本作で切腹が繰り返されるのはそれ故である。
但し、主人公の脳裏に切腹という二文字がよぎるのは家の為ではなく寧ろ侍ならではのプライド即ち武士の一分。妻を糾弾するもその思いを理解できないのではない。そして、内に秘められた相克と外に現れた人間関係の葛藤のうちに仄かに滲み出る愛情の機微に我々は感動を誘われることになる。
追い出された女性が盲人となった主人の前に使用人に身をやつしてこっそり戻ってくるという趣向は別の作品でも見たので、徳平の言葉で「ははあ加世が帰ってくるのだな」と予想がつく。が、序盤からさりげなく映し出されていた夫婦の関係を象徴する文鳥の扱いの巧さは山田監督の真骨頂であろう。
気になっていた木村氏の演技は無難。妻役の檀れいは宝塚出身で映画デビュー作ということだが、上出来と言うべし。宝塚の男役出身の女優は台詞回しが硬くて好きになれないが、娘役出身にはそういう不都合がなくて結構でござる。
笹野高史は飄逸な風情で絶品。特徴的な喋りを封印した桃井かおりにも感心した。
相手を倒すには一分も掛からなかったね。
この記事へのコメント
山田監督はアクションに対して大した興味がないんでしょうね。
しかし、作る限りは立派に作るという姿勢は維持されていて、短くても大変優れた殺陣でしたので、「なかなかやるな」と思いましたよ。
こういう職人芸には、無条件に、ハハーと頭を垂れることにしています(笑)
>音
昔の香港映画などひどいもので、奥にいる者も手前にいる者も音声のサイズが同じで音の遠近感がまるでなく、一体誰が喋っているのか解らなくなる始末(笑)。映画を解り易くするという意味でも録音は大事ですよね。
映像の構図、ショットの繋ぎ、シーンの繋ぎ・・・僕が映画を作るなら山田洋次が一番の手本です。