映画評「やさしくキスをして」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
2003年イギリス=ベルギー=ドイツ=イタリア=スペイン映画 監督ケン・ローチ
ネタバレあり

「麦の穂をゆらす風」はあらゆる面で素晴らしい作品と思うが、いつものケン・ローチ節ではなかったような気がする。どちらが良い悪いではなく、単独では前作に当たる本作には本来のローチの滋味がある。

そもそも英国は連合国家であり、本作の舞台であるグラスゴーはイングランドではなくスコットランド。本作においてその事実はさして重要ではないが、とにかく複雑な国情であることは意識しておくべし。

パキスタン移民の2世(アッタ・ヤクブ)が、妹の通うカトリック系高校の音楽臨時教師(エヴァ・バーシッスル)と学校で知り合ってピアノを運んでやったりするうちに恋に落ちるが、二人の前には彼女の想像だに出来ない大きな壁が立ち塞がる。

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昨日の「ユア・マイ・サンシャイン」も儒教をベースにした家族主義が恋愛の障壁となっていたが、本作は厳格に宗教に縛られるパキスタン人なのでその家族主義は生半可ではない。葛藤というよりは生死を問うに等しいと言って良いほどで、終盤従妹との結婚を進めたい彼の一家が家族を挙げ<イスラム教徒の家族>を見せつけて二人の別れを演出しようとする場面まで登場する。わが国における家族の崩壊はお話しにならないが、それと対極にあるこの家族主義、より正確に言うなら父権主義に度肝を抜かれてしまうであろう。

英国映画にはパキスタン移民の生活を描いたものが少なくないものの、【家族】に拘る様子をここまで強く描いた作品は記憶にない。

一方で、彼女は自らの宗教にも苦しめられる。アイルランド出身でカトリック教徒の彼女も正職員になるに当って教区神父から強く戒律遵守を要請される。つまり結婚前の同棲まして異教徒の同棲は止めるように言われ、結局学校からも追い払われてしまうのだ。

従って本作では一方的にイスラム教徒の旧弊を指摘するのではなく、カトリックの厳格さも交えることでイギリス(スコットランド)の複雑な事情を取り上げているわけである。ひいてはそれは民族や宗教ではなく、人間の持つ性(さが)そのものへの指摘となり、そこにローチのあっぱれな観照スタンスを見出さずにはいられない。

しかし、ローチは観客に希望を与える幕切れを用意する。主人公はなまなかではない因習を超える決意をし、新しい世代の到来を予感させるのである。

木を見て森を見る映画。

この記事へのコメント

2007年11月08日 01:05
TBありがとう。
僕はあの兄ちゃんカップルはまたひっついたけど、長続きしないと思うんですよ。宗教的な桎梏はあるけど、なんか二人とも、すごく短絡的なところがありそうでさ。余計なお世話か・・・(笑)
オカピー
2007年11月08日 20:39
kimion20002000さん、こんばんは。

長続きしないかもしれませんが、一旦宗教をベースにした旧弊を突き破ったところに意義があると思います。
パキスタンでは半永久的に改革は無理でも、キリスト教圏では相当事情が違うでしょうから。

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  • <やさしくキスをして> 

    Excerpt: 2004年 イギリス・ベルギー・ドイツ・イタリア・スペイン 105分 原題 Ae Fond Kiss... 監督 ケン・ローチ 製作 レベッカ・オブライエン 脚本 ポール・ラヴァティ 撮影 バリー・エ.. Weblog: 楽蜻庵別館 racked: 2007-12-07 00:56