映画評「サン・ジャックへの道」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
2005年フランス映画 監督コリーヌ・セロー
ネタバレあり
日本にお遍路と言われる巡礼の旅があるが、キリスト教にはもっと大スケールの旅があり、以前TVのドキュメンタリー番組でこの旅を続ける人々を観たことがある。本作は信仰心とは別の理由で旅をすることになった人々を描くフランス製ロード・ムービーである。
フランスらしいノンシャランなムードの中にきちんと刻み込まれるリズムが独自で微笑ましく、ユーモアとペーソスが巧みに配合されてなかなか好調。
仲の悪い三人の兄弟、即ち、自殺願望のある妻を抱えた現実主義の大会社経営者アルチュス・ド・バンゲルン、皮肉屋の女性高校教師ミュリエル・ロバン、生まれてこの方就職した経験がなく酒に溺れるジャン=ピエール・グラッソンが、母親の遺言に従い、遺産を受け取る為にフランス中部のル・ビュイからスペイン最西端にある聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラまで1500kmを歩く羽目になる。
慣習でグループを組んで旅をする為、卒業記念に旅をプレゼントされた少女のペア、彼女たちを追って参加するアラブ人少年二人、病歴のある中年女性、そしてガイドのパスカル・レジテュミスが加わってこの苛酷な旅をスタート、序盤は三人兄弟の軋轢によりぎくしゃくするが、各々の事情と苦悩が交錯するうちにグループは一つにまとまっていく。
多くのロードムービーは人間性の復活だったり、家族の再生だったり、ほぼテーマが決まっている。特に最近ではそれ以外の作品がないと言えるほどで、フランスでもその辺りの事情は同じらしく、本作も登場人物が各々の人間性を回復し、逞しさを身に付け、兄弟の仲も著しく改善されていくというお話である。
監督は女流監督コリーヌ・セローで、旧作「赤ちゃんに乾杯!」を思い出させる。あのコメディにおける三人の独身男が預けられた赤ちゃんの面倒を見るうちに愛情を覚えていくまでの過程が、本作の旅に相当するような気がするのだ。
彼らの潜在意識を表現する為に何度も挿入される巡礼者たちの幻想にはかなり戸惑わされる部分があるものの、シュールで美しく非常に面白い。
その幻想の中で断然印象に残るのが、文盲なのを心配する母親の為に旅程で文字を覚えようと旅に出たアラブ少年のもので、最初は大きなAの文字が倒れたりするのだが、やがてその文字が母親に変じ、抱き合った後手を振って別れていく。この時現実世界では彼の母親が死んでいた、という部分。詩的な映像が心に染みる。
9名もの人物が関り合う旅は、言わば、この世の縮図である。苦悩にも色々なタイプがある。しかし、他人を尊重すれば自ずと自らも救われる。そんなテーマと思って差し支えないであろう。
直接的には登場人物の心の再生を描いた作品と捉えれば良いが、アメリカ映画と違って、型にはめられていない天衣無縫とでも言うべき魅力がある。
2005年フランス映画 監督コリーヌ・セロー
ネタバレあり
日本にお遍路と言われる巡礼の旅があるが、キリスト教にはもっと大スケールの旅があり、以前TVのドキュメンタリー番組でこの旅を続ける人々を観たことがある。本作は信仰心とは別の理由で旅をすることになった人々を描くフランス製ロード・ムービーである。
フランスらしいノンシャランなムードの中にきちんと刻み込まれるリズムが独自で微笑ましく、ユーモアとペーソスが巧みに配合されてなかなか好調。
仲の悪い三人の兄弟、即ち、自殺願望のある妻を抱えた現実主義の大会社経営者アルチュス・ド・バンゲルン、皮肉屋の女性高校教師ミュリエル・ロバン、生まれてこの方就職した経験がなく酒に溺れるジャン=ピエール・グラッソンが、母親の遺言に従い、遺産を受け取る為にフランス中部のル・ビュイからスペイン最西端にある聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラまで1500kmを歩く羽目になる。
慣習でグループを組んで旅をする為、卒業記念に旅をプレゼントされた少女のペア、彼女たちを追って参加するアラブ人少年二人、病歴のある中年女性、そしてガイドのパスカル・レジテュミスが加わってこの苛酷な旅をスタート、序盤は三人兄弟の軋轢によりぎくしゃくするが、各々の事情と苦悩が交錯するうちにグループは一つにまとまっていく。
多くのロードムービーは人間性の復活だったり、家族の再生だったり、ほぼテーマが決まっている。特に最近ではそれ以外の作品がないと言えるほどで、フランスでもその辺りの事情は同じらしく、本作も登場人物が各々の人間性を回復し、逞しさを身に付け、兄弟の仲も著しく改善されていくというお話である。
監督は女流監督コリーヌ・セローで、旧作「赤ちゃんに乾杯!」を思い出させる。あのコメディにおける三人の独身男が預けられた赤ちゃんの面倒を見るうちに愛情を覚えていくまでの過程が、本作の旅に相当するような気がするのだ。
彼らの潜在意識を表現する為に何度も挿入される巡礼者たちの幻想にはかなり戸惑わされる部分があるものの、シュールで美しく非常に面白い。
その幻想の中で断然印象に残るのが、文盲なのを心配する母親の為に旅程で文字を覚えようと旅に出たアラブ少年のもので、最初は大きなAの文字が倒れたりするのだが、やがてその文字が母親に変じ、抱き合った後手を振って別れていく。この時現実世界では彼の母親が死んでいた、という部分。詩的な映像が心に染みる。
9名もの人物が関り合う旅は、言わば、この世の縮図である。苦悩にも色々なタイプがある。しかし、他人を尊重すれば自ずと自らも救われる。そんなテーマと思って差し支えないであろう。
直接的には登場人物の心の再生を描いた作品と捉えれば良いが、アメリカ映画と違って、型にはめられていない天衣無縫とでも言うべき魅力がある。
この記事へのコメント
いない天衣無縫とでも言うべき魅力がある。
どうしても、人間再生ドラマ系になると
特にアメリカさんは(笑)説教がましく
まとめたがるのね~。
はたまた、やたら感涙にむせび泣くように
持っていこうとしたり・・・
私がアメリカ映画を観始めた頃はあまり
そういう感想は持たなかったような・・・
さまざまな年代、暮らし方、考え方が
あって、この世は成り立っていて、
おもしろいのよって、肩をトントンされながら
映画館からいつも送り出してくれるような
セロー監督の一貫した作風、好きです。
本作の題名にかけて、映画館へのそぞろ歩きを
取材したような(笑)拙記事、ご笑覧を♪
そうですね、自由な作風であり、かつ娯楽としての分かりやすさもあります。こういう作品が、邦画にも出てくるといいと思います。
>私がアメリカ映画を観始めた頃はあまり
>そういう感想は持たなかったような・・・
その通りでしょうね。
理解力、批判力、感性全てにおいて観客のレベルが落ちてきたことの証左ではないかと思いますです。
批評家のレベルが落ちた昨今ですから。
>さまざまな年代、暮らし方、考え方が・・・
いや確かに。
セローは、大問題作は作りませんが、安定した実力の持ち主ですね。
日本の女性監督にも気張りすぎず、これくらいのゆとりが欲しいです。
>邦画
出てくるといいですね。
しかし・・・。
昔からフランスの人々は映画作りに寛容な国民と思っていまして、それを背景にメジャー会社が実にインディ風の映画や実験的な映画を作ってきたと思いますが、日本の観客は頭が固い為にメジャーとインディでは完全に作風が交錯しませんから、なかなか難しいと思います。
それはアメリカも同じ。
地図ありがとうございます。こうやってみると凄い距離!
昔の人は偉かった!
柔軟な肉体に柔軟な精神は宿る!
録画したままで、やっと観たけれど暑さにへばった心身にはとってもいい作品でした。彼等の夢の映像のシュールなセンスは好きだわ!
TBもって来ました!
>凄い距離
1500kmと言えば、恐らく青森から山口まで日本海側ルートで辿れる距離ではないかな。想像を絶します。
>夢の映像のシュールなセンス
大変面白かったですね。
アラブ人少年の夢がお気に入りでした。