映画評「續姿三四郎」
☆☆☆★(7点/10点満点中)
1945年日本映画 監督・黒澤明
ネタバレあり
言うまでもなくデビュー作の続編で、通算第3作。
修行の旅から帰ってきた三四郎(藤田進)が小柄な車夫をいじめた水兵を海に放り投げる。前作の開巻のリピートに過ぎないが、この車夫は後に入門する。彼の出世がショットのオーヴァーラップで示される場面が僕は好きである。主人公との恋がなかなか進展しない村井小夜(轟夕起子)を様々な角度から畳みかける小刻みなショットも実に若々しい。
このシリーズの黒澤は動作や台詞を三度繰り返す傾向があるが、断然素晴らしいのが決闘に出て行く三四郎が小夜と別れて寺の門から出て行く場面である。彼はその場で一度、門を出て一度、暫くしてもう一度振り返ってお辞儀をする。嗚呼純情なるかな。お辞儀のタイミングも絶妙だ。
柔術家が勢力の衰えで貧窮しているのを知った三四郎は遂に道場の禁じている異種格闘技戦で米国のボクサーをやっつけ、前回負けた柔術家に賞金を渡す。この場面は敗戦が濃厚になった1945年5月に公開されているので、序盤の場面と併せてかなり皮肉っぽく感じられる。
ライバルだった檜垣源之助(月形龍之介)は憔悴し余命幾ばくもない様子。空手家の弟・鉄心(月形・二役)が末弟・源三郎(河野秋武)と共に果し状を突き付ける。12月のまたも寒空の下なる雪上の決闘で、これも正編のリピートである。
といった具合で、新味不足の感は否めないが、魅力的な部分も多い。例えば幕切れで眠っている三四郎を源三郎が鉈(なた)で襲おうとするが、思わず洩れた相手の笑みに振り上げた手も止まる。坐禅しながら眠る和尚の笑みを布石とする名場面と言うべし。
他にもデリケートな扱いの場面が幾つかある。
道場でご法度の酒を飲んだ三四郎の前で矢野正五郎(大河内伝次郎)がとっくり相手に足技を次々と繰り出した後何も言わずに去っていき、三四郎が恥じ入る場面は最たるもの。外の景色を見たいと人力車の幌を外させた源之助が、思いを寄せていた小夜と出会って再び幌を下ろさせる心情もナイーヴで、ほろりとさせられる。
映画からは離れるが、原作者の富田常雄は宮本武蔵の人生を「姿三四郎」に投影したのではないかという気がしてならない。三四郎とこの和尚の関係が、武蔵と沢庵和尚の関係とオーヴァーラップするのである。
1945年日本映画 監督・黒澤明
ネタバレあり
言うまでもなくデビュー作の続編で、通算第3作。
修行の旅から帰ってきた三四郎(藤田進)が小柄な車夫をいじめた水兵を海に放り投げる。前作の開巻のリピートに過ぎないが、この車夫は後に入門する。彼の出世がショットのオーヴァーラップで示される場面が僕は好きである。主人公との恋がなかなか進展しない村井小夜(轟夕起子)を様々な角度から畳みかける小刻みなショットも実に若々しい。
このシリーズの黒澤は動作や台詞を三度繰り返す傾向があるが、断然素晴らしいのが決闘に出て行く三四郎が小夜と別れて寺の門から出て行く場面である。彼はその場で一度、門を出て一度、暫くしてもう一度振り返ってお辞儀をする。嗚呼純情なるかな。お辞儀のタイミングも絶妙だ。
柔術家が勢力の衰えで貧窮しているのを知った三四郎は遂に道場の禁じている異種格闘技戦で米国のボクサーをやっつけ、前回負けた柔術家に賞金を渡す。この場面は敗戦が濃厚になった1945年5月に公開されているので、序盤の場面と併せてかなり皮肉っぽく感じられる。
ライバルだった檜垣源之助(月形龍之介)は憔悴し余命幾ばくもない様子。空手家の弟・鉄心(月形・二役)が末弟・源三郎(河野秋武)と共に果し状を突き付ける。12月のまたも寒空の下なる雪上の決闘で、これも正編のリピートである。
といった具合で、新味不足の感は否めないが、魅力的な部分も多い。例えば幕切れで眠っている三四郎を源三郎が鉈(なた)で襲おうとするが、思わず洩れた相手の笑みに振り上げた手も止まる。坐禅しながら眠る和尚の笑みを布石とする名場面と言うべし。
他にもデリケートな扱いの場面が幾つかある。
道場でご法度の酒を飲んだ三四郎の前で矢野正五郎(大河内伝次郎)がとっくり相手に足技を次々と繰り出した後何も言わずに去っていき、三四郎が恥じ入る場面は最たるもの。外の景色を見たいと人力車の幌を外させた源之助が、思いを寄せていた小夜と出会って再び幌を下ろさせる心情もナイーヴで、ほろりとさせられる。
映画からは離れるが、原作者の富田常雄は宮本武蔵の人生を「姿三四郎」に投影したのではないかという気がしてならない。三四郎とこの和尚の関係が、武蔵と沢庵和尚の関係とオーヴァーラップするのである。
この記事へのコメント
こんばんは!
結構、出来が良いのですが、音響の悪さと「フィルムがかなり痛んでいるなあ…」というのが最初に見たときの印象でした。まあ、溝さんのように消失してしまい、まったく見ることすらできないという訳ではないので、それだけでも良しとせねばならないのでしょう。
話は変わりますが、『隠し砦の三悪人』がリメイクされましたが、まったく期待していません。が、黒澤復興を妨害するほど馬鹿ではありませんし、どう変わってしまったかを観るために劇場に足を運ぼうと思っています。ではまた!
>音響の悪さと「フィルムがかなり痛んでいるなあ…」
正編よりずっとひどいですね。
上でピックアップした決闘の映像など、映画が出来た当初でももっと良いくらいです。
戦前の日本の価値ある作品は殆ど消失(焼失)したんですなあ。小津にしても溝口にしても初期作品は、そして、「狂った一頁」も「忠治旅日記」も観られない。
>『隠し砦の三悪人』リメイク
「ローレライ」「日本沈没」の監督では全く期待できないなあ。^^;
「日本沈没」は内容が内容だけに樋口君でもまあOKでしたけどね。
時代劇にSFXはともかく、VFXなど基本的に要らんと思う吾輩であります。
画質に関しては正編のほうが良かったですね。
藤田進の朴訥さは良いですねえ。最近はこういう感じの役者はいませんよ。
>別の監督
そりゃ御大を超えるのは到底無理ですって。^^
オカピー経営の妄想映画館では、三隅研次が作った素晴らしい傑作がかかっておりますが(爆)。
>眠っている三四郎を源三郎が鉈(なた)で襲おうとする
この場面もうまくリメイクされていました。
>敗戦が濃厚になった1945年5月に公開
米国のボクサーを演じたのはどんな人かなと考えてしまいます。
>三四郎とこの和尚の関係が、武蔵と沢庵和尚の関係とオーヴァーラップ
そうかも知れません。そして「武士道を忘れるな!」と富田常雄氏は言いたかったのかも?
映画(1977年版)を見た後に原作も読みました。ラストは悲しかったです・・・。
>米国のボクサーを演じたのはどんな人かなと考えてしまいます。
ロイ・ジェームズ(当時16歳)やE・H・エリックも出演しているところを見ると、日本に馴染んでいるは連合国以外の外国人やハーフは問題なかったのかもしれませんね。イギリス人やアメリカ人ではないのは間違いないですね。
>映画(1977年版)を見た後に原作も読みました。ラストは悲しかったです
そうでしたねえ。
僕は比較的最近読んだわけですが、終盤が調子が落ちるのと、とりわけ乙美を殺したのが気に入らなかった(と以前も言いましたね)。
なるほど。イギリス人やアメリカ人ではない外国人を出せば良かったんですね。
原作の「すぱあらの章」で外国人ボクサーも実はいろいろ抱えていて気の毒でした。三四郎に敗れて倒れている彼の胸(汗をかいている)に賞金(札束)を置く。あの場面を覚えています。
終盤で柔道の天才津久井譲介との対決。必殺山嵐も通用しない。僕は手に汗握りながら読みました。
1978年のドラマ版では津久井が登場しました。鉄心と源三郎の最期(?)も原作通りでした。
>なるほど。イギリス人やアメリカ人ではない外国人を出せば良かったんですね。
調べたところ、ロイ・ジェームズはソ連出身ですが、ロシア人ではないですし、亡命系ですので問題なかったのでしょう。タタール人ということですが、僕のイメージではタタール人はもっとアジア人っぽい。しかし、タタール人というのは僕らが思ってきたより広い概念のようで、ロイ・ジェームズのようにほぼ白人と言って良い人たちもいるようです。
いずれにしてもトルコとタタールは語源的に同じようで、明治以来日本と仲の良い中近東の人々も問題なかったのだと思います。
>1978年のドラマ版では津久井が登場しました。
僕は1970年竹脇無我の「姿三四郎」のみ見ています。ドラマを夢中で観ていたのはこの辺りまで中学生になると、ドラマも漫画も見なくなり、映画(ほぼ洋画)と洋楽にぐっと傾いていきます。と言いつつ、歌謡曲は自分が思っていた以上によく憶えていることに最近気づきました(不思議です)。
ロイ・ジェームズ。日本で人気があった外国人なでしょうね。タタール人に関して僕は全く無知です。勉強したいです。
先日見た東映オールスター映画「水戸黄門」。それぞれ見せ場がありました。市川右太衛門がカッコ良かったです。北大路欣也のお父さんですよね?
>ロイ・ジェームズ。日本で人気があった外国人なでしょうね。
>タタール人に関して僕は全く無知です。勉強したいです。
子供の頃ロイ・ジェームズをよく観ました。日本人みたいな外国人と言うか、外国人みたいな日本人と言うか。ラジオでもよく聞きましたよ。何を言っていたか憶えていませんが。
この芸名を考えても、英米人を意識していたのでしょうね。
タタールは、大学時代に“タタールのくびき”と言って、元朝時代のモンゴルがロシアを征服したことを示す用語としてならいました(ロシア語で)。だから、極めてアジア的なイメージがあったわけですが、タタールがトルコ系であれば白人に似た容貌であっても不思議ではありません。
僕はロイ・ジェームズはイスラエル人というかユダヤ人と思っていましたが、違いました。
>市川右太衛門がカッコ良かったです。北大路欣也のお父さんですよね?
そうですね。
父親の世代のアイドル。片岡千恵蔵と共演した時は、今でいうダブル主演という感じで大変でしたでしょう。生前よく二人の名前を出していましたね。
>敗戦が濃厚
藤田進はこの映画の前年には「加藤隼戦闘隊」で主役なんですね(未見の映画ですが)。昭和19年3月に公開されて、その年に最も興行成績を上げた大ヒット作となったと書いてあります。「欲しがりません。勝つまでは。」の時代にどんな人たちが映画館まで見に行ったのでしょうか?
>生前よく二人の名前を出していましたね
お父さんにとっては嬉しい共演だったと思います。
>タタールのくびき
ロシアは、16世紀頃までに「タタールの軛」を脱したんですね。
>「加藤隼戦闘隊」
タイトルはよく聞きますが、当方も未見です。
「この世界の片隅に」を見ると、1944年頃、銃後は案外のんびりしたかんじがありましたが、国民の大半が戦争に傾いていたでしょうから、お金さえあれば幅広い観客が観たかもしれませんね。映画料金も多分それほど高くはなかったのではないかと思います。
>ロシアは、16世紀頃までに「タタールの軛」を脱したんですね。
イヴァン3世の頃ですね。