映画評「クンドゥン」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1997年アメリカ映画 監督マーティン・スコセッシ
ネタバレあり

「セブン・イヤーズ・イン・チベット」と相前後して公開されたダライ・ラマ14世がらみの作品だが、二作が作られた1997年には香港が中国に返還されたという事実があり、それだけ当時チベットが逆のケースとして取り沙汰された証左なのであろう。

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1937年、貧農の息子であるハモという二歳の幼児がダライ・ラマ14世に選ばれるが、大戦後中華人民共和国の成立と共ににわかにチベットの自由に暗雲が垂れ込め、50年人民解放軍の侵攻により現実化する。成人になった14世(テンジン・トゥツァブ・ツァロン)は毛沢東と話し合うなどして平和的解決を目指すも果たせず、結局59年インドへ脱出して亡命政府を作る。

史実に対しストレートに作られているということで、今回WOWOWが放映したのは先般のチベット騒乱絡みではないかと思うが、ラマ教トップの平和主義者を指導者としているチベットと宗教を排除した中国共産党の思想の違いを考えれば、僕個人としても今回のラマ僧の“暴動”に同情を禁じ得ず、本作の立場も敵の侵攻から非暴力的にチベットを守りたいという14世のジレンマに同情的である。

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固有の文化を浸食され絶滅の危機に瀕していると主張するチベット側の意見は民族の尊厳という観点から心情的によく解るし、元来チベット民衆がダライ・ラマに“支配”されているなどとは思っていない以上、チベットを“解放”したという中国共産党政府の言い分は戯言に過ぎない。本作ではその辺りの関係が丁寧に描かれ、その前のダライ・ラマが選ばれ認定されたり過程や、託宣者が踊りながらお告げを下す模様も民族・民俗学的に興味を呼ぶ。

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マーティン・スコセッシとしてはけれんを排した正攻法の堂々たる演出を見せる。その堂々とし過ぎているところが135分という長い上映時間と併せて時に眠気を誘う理由でもあるが、2008年5月の今の方が日本で公開された1999年時点より興味深く見られる環境になっているのは紛うことない事実である。

宗教シリーズその3でした。♪In Gandhara, Gandhara, they say it was in India...

この記事へのコメント

シュエット
2008年06月03日 20:47
先に「セブンイヤーズ~」みてから本作観たんですけど、私はこっちが好き。「セブンイヤーズ~」食み終わったら、な~んだって気持ち担ったから余計にこっちが良かった。
>時に眠気を誘う理由でもあるが
そうですか? こっちの方がきちんとダライ・ラマとかチベットを描いているなってとても興味深く観れましたけど。
>マーティン・スコセッシとしてはけれんを排した正攻法の堂々たる演出を見せる
ちょっとスコセッシ見直しましたりもした。ダライ・ラマその人に対しとても思いをこめて描いているなって思いました。
<「ブラック・ダイヤモンド」は私にはスルーする作品だからTBパスしますね。「ラスト・サムライ」も私思わず笑ってしまって一緒に行った娘から怒られてしまったほうだから…(苦笑)>
オカピー
2008年06月04日 01:13
シュエットさん、こんばんは!

>セブン・イヤーズ~
僕は結構買った映画です。「薔薇の名前」のアノーの実力はかなり出ていましたし。

>眠気
まあ言葉のあやです。^^;
しかし、映画としては些か潤いに欠ける面は否定できないような気もします。事実に即して描くと得てしてそういう傾向が出てきます。

>ブラッド・ダイヤモンド
僕はいい加減なほうだから、厳しい現実を背景にイマジネーション溢れる娯楽映画を作るには賛成なんですよ。
その意味で結構上手く作っていました。大衆にシエラレオネという国を知らしめただけでも作られた意義はあったでしょう。
先日の「輝く夜明けに向かって」のような態度が不明確な作品や、論理がいい加減だったのに一部で高く評価された「ダーウィンの悪夢」よりはずっと良いですよ。

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