映画評「ユメ十夜」
☆☆★(5点/10点満点中)
2007年日本映画 監督・実相寺昭雄、市川崑、清水崇、山下敦弘、ほか
ネタバレあり
黒澤明の「夢」を観た時僕は全く夏目漱石のオムニバス小説集「夢十夜」を思い出さなかった。漱石ファンとして不覚であった。本作はその「夢十夜」をベースに10人の監督により作られたオムニバス映画である。
同作が発表されたのは1908年だから寧ろ今年が100年に当たるわけだが、漱石自身が「100年経てば解る」と言ったとか言わなかったとかで、100周年を記念して作られたらしい。原作は極めて短いので、夢を見る人物と夢の中の主人公を別にするなど夫々工夫を凝らして10分程度に仕立てている。
第一夜は本作が遺作となった実相寺昭雄の手になるもので、アングルショットを多用するタッチは江戸川乱歩映画にこそ真価を発揮しそうな感じだが、幻想ムードは抜群。文学史的に面白いのは、原作から離れて漱石の弟子にあたる内田百間を主人公にしたことで、彼の書いた恐怖小説「サラサーテの盤」のモチーフになったサラサーテ自ら奏でる「ツィゴイネルワイゼン」を音楽に使っている。知る人ぞ知る面白さに富んでいるのはこの一編。
第二夜はこれまた遺作となった市川崑の作品で、モノクロの歯切れ良いタッチが崑ちゃんらしい。漱石の分身である登場人物(うじきつよし)が和尚の首を取ろうと無の境地を悟ろうとして果たせないというお話で、サイレントなのに一部付けられた音が効果的。やはり才気煥発で映画としては一番出来が良い。
ホラー映画の専門家・清水崇が監督した第三夜は原作にかなり忠実。そういう意味では好感を持ったが、原作の怖さには遠い。
第四夜は、原作との共通性は「手拭いが蛇になる」という台詞くらいなもので、若い頃の漱石が出てくるが、勿論彼の若かりし時代にはワンマンバスなどないし、飛行機が出てきたり高化学スモッグが絡んできたり時代がごちゃごちゃになっている。清水厚の監督で評判が良いらしいが、僕にはピンと来ない。
この説話辺りから自由奔放な改編が多くなり、続く第五夜も大幅の改編。共通するのは馬に乗った女が出てくるくらいで、こちらもピンと来ないが、夢らしい構成にはなっている。監督は豊島圭介。
第六夜の監督は松尾スズキで、運慶が彫り物をする様子を見に行った芸術家が真似をしてみるがうまく行かないというお話。ネット用語に拘って進行し、運慶の動作がブレイクダンスだったり、奇妙ではあるものの主題は原作通りで、ATG映画のパロディー的様相もあり面白い部類。
第七夜は天野喜孝、河原真明が共同監督したアニメだが、昨今のアニメらしい観念性が好きになれない。
第八夜は原作とは殆ど関係ない上に、全く意味不明。期待の山下敦弘としては空回り的な一編と言うべし。
第九夜は原作では戦争前で背景となる時代も違う。正統派だが些か退屈。西川美和監督。
山口雄大が監督した第十夜は原作の第八夜と第十夜を併せた一編だが、夢らしい出鱈目さと言えば言えないことはないし、喜劇として楽しめるかもしれない。本上まなみはあの役をよく引き受けましたな。
夢だから意味が掴めなくても当然、原作に拘らずに監督独自のイマジネーションが楽しめれば良いわけだが、与えられた自由性が大きすぎて却って焦点を合わせることが出来ずに面白さを出し切れなかった挿話が半分くらいあって、結果的にベテラン監督の仕事ぶりばかりが目立ったのが残念。
2007年日本映画 監督・実相寺昭雄、市川崑、清水崇、山下敦弘、ほか
ネタバレあり
黒澤明の「夢」を観た時僕は全く夏目漱石のオムニバス小説集「夢十夜」を思い出さなかった。漱石ファンとして不覚であった。本作はその「夢十夜」をベースに10人の監督により作られたオムニバス映画である。
同作が発表されたのは1908年だから寧ろ今年が100年に当たるわけだが、漱石自身が「100年経てば解る」と言ったとか言わなかったとかで、100周年を記念して作られたらしい。原作は極めて短いので、夢を見る人物と夢の中の主人公を別にするなど夫々工夫を凝らして10分程度に仕立てている。
第一夜は本作が遺作となった実相寺昭雄の手になるもので、アングルショットを多用するタッチは江戸川乱歩映画にこそ真価を発揮しそうな感じだが、幻想ムードは抜群。文学史的に面白いのは、原作から離れて漱石の弟子にあたる内田百間を主人公にしたことで、彼の書いた恐怖小説「サラサーテの盤」のモチーフになったサラサーテ自ら奏でる「ツィゴイネルワイゼン」を音楽に使っている。知る人ぞ知る面白さに富んでいるのはこの一編。
第二夜はこれまた遺作となった市川崑の作品で、モノクロの歯切れ良いタッチが崑ちゃんらしい。漱石の分身である登場人物(うじきつよし)が和尚の首を取ろうと無の境地を悟ろうとして果たせないというお話で、サイレントなのに一部付けられた音が効果的。やはり才気煥発で映画としては一番出来が良い。
ホラー映画の専門家・清水崇が監督した第三夜は原作にかなり忠実。そういう意味では好感を持ったが、原作の怖さには遠い。
第四夜は、原作との共通性は「手拭いが蛇になる」という台詞くらいなもので、若い頃の漱石が出てくるが、勿論彼の若かりし時代にはワンマンバスなどないし、飛行機が出てきたり高化学スモッグが絡んできたり時代がごちゃごちゃになっている。清水厚の監督で評判が良いらしいが、僕にはピンと来ない。
この説話辺りから自由奔放な改編が多くなり、続く第五夜も大幅の改編。共通するのは馬に乗った女が出てくるくらいで、こちらもピンと来ないが、夢らしい構成にはなっている。監督は豊島圭介。
第六夜の監督は松尾スズキで、運慶が彫り物をする様子を見に行った芸術家が真似をしてみるがうまく行かないというお話。ネット用語に拘って進行し、運慶の動作がブレイクダンスだったり、奇妙ではあるものの主題は原作通りで、ATG映画のパロディー的様相もあり面白い部類。
第七夜は天野喜孝、河原真明が共同監督したアニメだが、昨今のアニメらしい観念性が好きになれない。
第八夜は原作とは殆ど関係ない上に、全く意味不明。期待の山下敦弘としては空回り的な一編と言うべし。
第九夜は原作では戦争前で背景となる時代も違う。正統派だが些か退屈。西川美和監督。
山口雄大が監督した第十夜は原作の第八夜と第十夜を併せた一編だが、夢らしい出鱈目さと言えば言えないことはないし、喜劇として楽しめるかもしれない。本上まなみはあの役をよく引き受けましたな。
夢だから意味が掴めなくても当然、原作に拘らずに監督独自のイマジネーションが楽しめれば良いわけだが、与えられた自由性が大きすぎて却って焦点を合わせることが出来ずに面白さを出し切れなかった挿話が半分くらいあって、結果的にベテラン監督の仕事ぶりばかりが目立ったのが残念。
この記事へのコメント
漱石は晩年「則天去私」を理想としていましたが、ここでの侍はまだまだ修行が足りないということですかね。
漱石の小説の中でも「夢十夜」は大好きです。
若手の皆さんはすっかり胸を借りて好き勝手に撮ってますね。
運慶なんか面白かった!(笑)
>ここでの侍はまだまだ修行が足りないということですかね。
「低回趣味」が足りないっちゅうか(笑)。関係ないか。^^;
中学の頃「こころ」の感想文が学校代表になったりしています(えっへん)が、僕が好きなのは「虞美人草」「それから」「彼岸過迄」。
そろそろ読み直す頃に来ているようです。
>好き勝手
allcinemaの投稿者みたいに漱石をリスペクトしろなんて映画ファンとして未熟なことは言いませんが、鈴木清順みたいなイマジネーションはなかなか期待できないみたいですねえ。
結局、奇をてらいすぎるとあざとさが見えてしまうし、
やはり漱石好きであれば、あまりに改変されてしまうのも
納得が出来ないのです。勿論、おもしろいものもあるのですが。
「虞美人草」「それから」は私も好きです。そういえば
「こころ」を市川監督、映画化されてますよね。
やはり市川篇が一番ですよね。
>納得が出来ないのです。
どうもすみません。
映画と無関係な論点からくだらない文句を言う輩が多いので敢えてこういう言い方をしましたが、漱石ファンとしての僕は勿論「もっとしっかりやってくれい」と思っていますので、お許し下さい。
>「虞美人草」「それから」
一般的に有名なのは「猫」「坊ちゃん」といった戯作的なものですが、「虞美人草」以降の漱石の研ぎ澄まされた視点と文章には惚れ惚れしますね。本当の日本近代文学はここから始まると思っております。
>「こころ」
していますね。
今回WOWOWの放映を見逃してしまいましたが、以前観た時はきちんと作っているなという印象を覚えました。
TBの貼り間違え 大変失礼致しました。
改めてTBさせて頂きました。
いつも、参考にしています。
といっても、自分のは映画評というよりも、ただの感想ですが。
時々、TBを頂いたり、こちらから貼ったりしてましたが、
コメントはなかなかしづらくて、挨拶が遅れたこと失礼しました。
この映画では、第6話がお気に入りです(^-^)
あのダンス 鑑賞してからしばらくの間、頭の中で何度も繰り返し上映していました。
私のハンドル・ネームですが、 友人・知人から ミハイル・バリシニコフに ”雰囲気”が似てると言われたことがありまして、それで、”みはいる・B”としました。
実際 本当に雰囲気が似てるのか、私にはさっぱりわかりません(^^;
では、これからも、どうぞ宜しくお願いします。
どうぞ宜しくお願いします。
いやあ、どうもこのブログは、断定調で書くことが多いせいか、敷居が高いと思われている節がありますが、そんなことはないですよ。
お気軽にどうぞ。
>ミハイル・バリシニコフ
ああそうか、気付きませんでした。
しかし、映画関係がハンドルネームの由来とは嬉しいですね。
僕のほうからもコメントを残すようにしたいと思います。