映画評「スプレンドール」

☆☆☆★(7点/10点満点中)
1989年イタリア=フランス映画 監督エットーレ・スコラ
ネタバレあり

イタリア映画界の実力派エッコーレ・ストラが自ら脚本を書き映画への愛情を表明した佳作。

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借金で首が回らなくなり閉館せざるを得なくなったスプレンドール座の経営者マルチェロ・マストロヤンニが、人々が取り壊しの作業をしている間、回想に耽る。
 少年時代父の巡回映画館を手伝ったこと、戦後父が築いたスプレンドール座を引き継ぎ、ネオ・レアリスモが話題になっていた1950年代に一目惚れしたレビュー・ガールのマリナ・ヴラディを座席係に引き抜いたこと。彼女に一目惚れしたのは青年マッシモ・トロイージも同じで、二人はすっかり恋仲になるが、彼は彼女以上に映画そのものを愛するようになり、勉強して同館の映写技師にまんまと納まってしまう。
 暫く映画人気が続いた後、やがてTVの台頭があり、マリナも中年になり、映画館はガラ空きが続くようになる。トロイージの企画もソビエト映画週間などマニアック過ぎて逆効果、経営難を加速させ、遂に今日に至るのだ。

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と、ここで終わっては、「野いちご」「フェリーニのアマルコルド」「アメリカの夜」「木靴の樹」といった僕が☆☆☆☆☆を進呈した傑作中の傑作が紹介されるのが嬉しいといった程度の感慨で終わったかもしれないが、終幕の展開が鮮やかで、滲み出る映画愛に涙が出そうになる。即ち、

彼が復員した時、映画館にはフランク・キャプラの「素晴らしき哉、人生!」がかかり、雪が降る大団円を迎えていた。再び現在。座席を取り除く作業が開始されたその瞬間、町民が現れて座席を占領、作業が中座する。主人公には「素晴らしき哉、人生!」幕切れの奇跡のように思え、町民の頭の上に幻想の雪が降りかかる。映画の中のスクリーンには少年時代の主人公が映し出される。

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長く幅広く映画を観ていないと作り得ない作品である、と膝を打った。同時期に作られ似た趣向の「ニューシネマ・パラダイス」のほうが遥かに大衆的感興に満ちているので親しみやすいが、映画への愛情では甲乙つけがたい。

ただ、同じ時代でも統一されていないので、モノクロとカラーが使い分けられる理由がよく解らない。カラー映画が登場するところはモノクロにできないのは解る。単にメリハリを意図したものか? カラーとモノクロの使い分けは本来解り易くする為のものであるからこれは逆効果であるように思う。気になってお話に集中できないことがあるのだ。

「素晴らしき哉、人生!」から「木靴の樹」まで戦後35年の映画史総覧の趣。

この記事へのコメント

2008年11月11日 21:15
さきほど観終りましたので
お寄りさせていただきました。^^
たしかに映画ファンならば見逃す
はずのない佳作ですが「ニューシネマ~」
ほど話題に上らないのもなんとな~く
わかる気もしますの。
スコラさんて、絵が小さいというか
箱が狭く感じるというか・・・
男女の機微も単調路線ですし。
映画愛への豊かさはたっぷり感じられましたが。

でもぜひ観たい「ル・バル」のスコラさん、
「星降る夜のリストランテ」は素敵でした

カノンが耳に残る「夫婦」ぐらいしか
記憶にないM・ヴラディ、
相変わらず肉感的でしたね。
あのモナリザに似てる女優とか
一時、映画雑誌に書かれていたような。
オカピー
2008年11月12日 01:51
viva jijiさん、こちらへのコメントも有難うございます。

>男女の機微も単調路線
思うに、スコラ氏は、戦後35年自分が評価してきた作品を並べて映画史としたかったのでしょう。僕が満点をつけた作品が多い。やはりな(笑)。
で、後の描写は、まあ体裁みたいなものじゃないかな。

「素晴らしき哉、人生!」のオーヴァーラップさせた映画館の中に降る雪は付け焼刃ではない素晴らしいアイデアでした。
「ル・バル」もある意味この作品の系列なのかも。素敵でしたよ。

>M・ヴラディ
それは、1964年か65年に「モナリザの恋人」という映画にモナリザに似ている女性の役で出演したからです。ジョージ・チャキリスが主演で、「モナリザ」を盗む犯罪映画でした。
僕はまだまだ子供だったけど、呑気な良い時代でしたね。

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