映画評「厨房で逢いましょう」

☆☆☆(6点/10点満点中)
2006年ドイツ=フランス映画 監督ミヒャエル・ホフマン
ネタバレあり

今でこそ料理をフィーチャーした作品は少なくないが、世界的にその先鞭を付けたのは案外伊丹十三の「タンポポ」(1985年)ではないかと思う。料理を物語の要素としてではなくテーマとし、かつ視覚的にも中心に据えたのだ。その後デンマークで「バベットの晩餐会」(1987年)という秀作が作られ、ここに本格的グルメ映画というジャンルが確立されたような気がしている。本作はドイツ製のグルメ映画である。

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母親の妊娠姿に憧れて太る為に料理マニアになった名料理人グレゴア(ヨーゼフ・オステンドルフ)が、5歳のダウン症の娘レオニー(レオニー・ステップ)を助けたことから主婦エデン(シャルロット・ロシュ)と親しくなる。娘の誕生祝いに作ってくれたケーキにぞっこん惚れ込んだ彼女は毎週通いつめて料理を嘗めつくす。
 その様子を見る彼の楽しみはやがて愛情に変わっていくが、それに気付かない彼女は夫との間に新たな子を妊娠する。それでも嫉妬深い彼女の夫クサヴァーは怒り狂ってグレゴアの貴重なワインを粉砕し、彼を破産させてしまう。後日臆病で逃げ回っていた主人公は追ってきたクサヴァーと意外な方法で対峙する決意をするのだが、その方法は言わぬが花。数年後エデン親子は話題の一つ星軽食店に向う。

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本作は典型的なグルメ映画で、作る過程がじっくり描かれ、クロースアップで舐めるように料理が撮られているが、不思議なもので料理は撮る人が接写すると妙にエロティックである。本作でも同様で、ヒロインが料理により性欲を高め、新たな子を宿すという展開上避けられない官能性がうまく醸成されている。
 グルメ映画としての責任は十分に果たしたと言える一方で、恋愛映画としては主人公の片思いが次第に痛々しくなってくる辺りが見どころ。ずうずうしく鈍感なヒロインへの非難は無粋で、だからこそ主人公の哀れが深くなり、幕切れでの情感が高まるのである。

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彼のレストランの客が逮捕される一幕など独善的で解り難い箇所が散見されるのはマイナスだが、一種のフェチ映画としての美味しさは十分堪能出来る。

♪あなたを待てば げんこつの雨が降る ♪腫れて来ぬかと 気にかかる (略)♪厨房で逢いましょう

この記事へのコメント

2008年10月23日 19:41
こんにちは♪
お料理系映画のTBを二ついただきありがとうございました。
「しあわせのレシピ」のお料理は全然美味しそうに見えなかったんですけど、こちらの映画のお料理は、食べる人の食べっぷりがみごとだったのと食材を丹念に映してあったのでとても美味しそうに見えました。
ヒロインは同性の目から見てもちょっといただけない人物。
でも、ああいうつかみどころの無い人って異性には人気ありそう!?
オカピー
2008年10月24日 01:41
ミチさん、こんばんは。

>「しあわせのレシピ」のお料理は全然美味しそうに見えなかった
真のグルメ映画は食材や料理に対して接写するのが肝要ですから、あの撮り方では物語の要素にしかならないですね。^^

>ヒロイン
性格が悪かろうと何だろうと、映画を面白くしてくれれば僕はOKですよ。彼女と実際に付き合うわけではないのだから。^^
ちょっと変人なので、僕はご勘弁願う口かな。
2008年10月25日 07:52
おはようございます。
本作は初見ではわたしも彼女にいらつきましてね~~。
なんでこんな女にイカレてるわけ?と・・・
彼女の自己中心的なわがままに振り回されるの?って思いました。
グレゴアは巨漢でハンサムでもないし、料理を作ってる姿はすさまじくて嫌悪感を抱いてもよさそうなのにそんな彼にすっかり感情移入していく、させていくあたりがうまいと思いました。
彼女を思うあまりにいいように利用されていると思って同情できるんですよね。
そしてあのおいしそうな料理の数々・・・・
2回目観ると、今度は彼女の気持ちもちょっと分かってきて、本当に子どもや夫を愛するあまりの行動だったのかと思えるように・・・・
けして自己中心的な女性ではなかったのかなと・・・(でも感情移入できないんですけどね)
そういう意味ですごく隠し味のきいた不思議な作品だと思います。
オカピー
2008年10月26日 01:42
しゅべる&こぼるさん、こんばんは、でございます。

ヒロインはいきなり押しかけて料理を戴いてしまう変人ですが、自己中心的とは思わなかったですよん。^^

>彼女を思うあまりにいいように利用されていると思って同情
料理人たる彼としては、自分の料理をあのようにおいしそうに食べて、皿までなめてしまう姿は最高の褒め言葉ですから、社交性がなく恋愛にうぶな為に、簡単に思い込んでしまうのでしょうね。
完全にプラトニック・ラブです。

>子どもや夫を愛するあまりの行動だったのかと思えるように・・・
僕は最初から(くどいって、笑)。

>感情移入
が重要なのはストレートなジャンル映画や恋愛映画なので、こうした人間ドラマや変則的な恋愛映画には必ずしも必要ない、と思いますですよ。^^
2008年11月06日 01:59
折しも10月27日にフランク永井氏が永眠されました。
ご冥福をお祈りいたします。

最近観た金沢を舞台にした『しあわせのかおり』でもこの映画を引用しましたが、料理は接写を中心に見ただけでヨダレが出てくるようなものがいいですね~中谷美紀も食べるときにはちょいと色っぽかったり・・・


なんだか料理映画にも職人技を競うものと官能的なものとに分かれそうな気がします。『たんぽぽ』なんてのもエロチックでしたもんね~
オカピー
2008年11月06日 22:37
kossyさん、こんばんは。

フランク永井氏はその昔映画に出たこともありますし、あの声にはしびれましたねえ。
あの事件があって生の声が聞こえなくなったのは寂しかったです。

「タンポポ」以前でも「シェフ殿、ご用心」といった作品もありましたが、まだ要素のレベルであって、それが主題であるとまでは言えなかったですからね。
「タンポポ」にも体のトレイに見立てる場面があってエロティックでしたよね。
2008年11月15日 02:52
この映画の終わり方怖かったですね。
オカピー
2008年11月15日 14:26
みのりさん、コメント有難うございます。

えっ?
僕はハッピーエンドと思いました。
確かにヒロインはシェフを不幸に陥れましたが、童貞君の彼はあの事件により精神的童貞から抜け出て新しいステージに上がったわけで彼女は言わば恩人、彼にはバラ色の未来が待っているはずです。

本作は方や家族を幸福にしようとする主婦と横恋慕するシェフのお話ですから、本来怖い存在はシェフなんですけど、定石とは逆に、ストーカーになる可能性のあるシェフの許に主婦が押しかけるという展開にしたところがブラック・ユーモア的だと思いましたね。

観客には怖さが残るかもしれませんが、登場人物は幸福いっぱいだと思っております。

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